歴声庵

ツイッター纏め投稿では歴史関連(幕末維新史)、ブログの通常投稿では声優さんのラジオ感想がメインのブログです。

田中彰著 「幕末の長州~維新志士出現の背景~」

2007年07月11日 20時32分30秒 | 読書
 日本近代史の大御所が幕末の長州藩について物心両面について書いてくれた力作ですが、約四十年前のマルクス史観全盛期に書かれた事もあり、経済の発展及び民衆の同行重視というマルクス史観の強い内容になっています。
 一般的に現在も長州藩の内訌を正義派と俗論派の争いと語られる事が多い中、四十年近くも前に両者に本質的な違いはないと語るなど、その見識の鋭さには敬意を払わざるを得ません。また当時の馬関海峡(下関)の経済的な重要性に注目し、下関の経済的利潤が幕末維新に与えた影響についての記述は、流石は経済を重視するマルクス史観だと感心する内容でした。
 上記の経済重視の説明はマルクス史観の良い部分が出た内容でしたが、元治元年十二月に始まった長州藩の内戦について、高杉晋作のクーデターが成功した理由を、流通の発展によりブルジョワ化した山陽地方の豪農・豪商達の支援だけに求めるのには民衆の動向を重視するマルクス史観の悪い部分が出ていると感じました。確かに山陽地方の豪農・豪商達が支援したのは、高杉一派勝因の一つだとは思いますが、それだけに答えを求めて高杉一派の軍事的優性を無視するのはマルクス史観の悪い部分だと思いました。その後の幕長戦争の勝利についてもその原因を民衆の動向に求めるなど、王政復古史観に対するため民衆の動向を重視するのは良いのですが、却ってその民衆の同行を過大評価している嫌いがありました。
 この様に本書は良い意味でも悪い意味でも、マルクス史観の特徴が顕著に表れている内容だと思いました。