【小説風】竹根好助の経営コンサルタント起業2 思いは叶うか 2-1 初代アメリカ駐在所長が決定
■ 【小説風】 竹根好助の経営コンサルタント起業
私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。それを私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
【これまであらすじ】
竹根好助は、私の会社の後継者で、ベテランの経営コンサルタントでもあります。
その竹根が経営コンサルタントに転身する前、どのような状況で、どの様な心情で、なぜ経営コンサルタントとして再スタートを切ったのかというお話です。
1ドルが360円の時代、すなわち1970年のことでした。入社して、まだ1年半にも満たないときに、福田商事が、アメリカ駐在事務所を開設するという重大発表がありました。
商社の海外戦略に関わる人事案件なので、角菊貿易事業部長の推薦する三名を元に、準備は水面下で慎重に進められていました。その中に竹根の名前が含まれていることは、社員の誰もが思いもよりませんでした。
討議を重ねた結果、福田社長は、海外戦略にも関わる高度な人事の問題なので、専務と社長に一任してほしいと言って三者会談を終えることにしました。
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【過去のタイトル】
1.人選 1ドル360円時代 鶏口牛後 竹根の人事推理 下馬評の外れと竹根の推理 事業部長の推薦と社長の思惑 人事推薦本命を確実にする資料作り 有益資料へのお褒めのお言葉 福田社長の突っ込み 竹根が俎上に上がる 部下を持ち上げることも忘れない 福田社長の腹は決まっていた
■■ 2 思いは叶うか
私の会社を引き継いでくれた竹根が、経営コンサルタントになる前の話をし始めました。思わず私は乗り出してしまうほどですので、小説風に自分を第三者の立場に置いた彼の話を、友人の文筆家の文章を通して、ご紹介します。
◆2-1 初代アメリカ駐在所長が決定
アメリカ駐在員事務所開設に当たっての人事問題で、福田商事の海外営業事業部長の角菊は、社長室に呼ばれた。福田社長が机に向かったまま迎えたが、角菊はやや緊張気味のである。
「早速だが、一昨日の件、私に一任してもらった結果、竹根君を派遣することに決めた」
――やはり、佐藤君ではなかったか。納得はできないが、社長の逆鱗に触れるようなことは言わず、ここは温和しく引き下がろう――
「わかりました。では、早速内示を出して、本人に心づもりをさせます」
「期中の人事異動なので、人事部からも公表をするように指示はしてある。あとの準備等については、君に任せる」
それだけを言うと、福田は執務に取りかかった。「わかりました。失礼します」と言って、社長室を出た。自分の主張が通らないイライラは人一倍強い角菊である。
――とにかく、自分の気持ちを落ち着けてからでないと、仕事が手に付きそうもない――
机にいつ戻ったのか、秘書代わりの相本がいつお茶を置いたのかさえ覚えがない。お茶を飲もうとして、湯飲みが熱いことで我に返った。ぐるりと見回すと、誰も角菊の一連の行動に関心を持って見ている社員がいないことを確認して、ひとまず安心をした。
佐藤のことが気になり、姿を探したが見あたらない。竹根は、長池係長の横に立って何か話をしている。外は夏の日差しが強く輝いている。窓から見えるのは、通りを挟んだ向かいの八階建てのビルである。今まで、二十年近くもここにいるが向かいのビルに窓拭き作業員が作業をしているのを見たことがなかった。上から垂れ下がった一人乗りの作業いすに乗って、上手に窓拭きワイパーを使っている。左右の移動は、足で壁面を蹴って移動する。
<続く>
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