物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

業績評価

2015-07-08 17:28:21 | 日記
一般の人の業績評価をここでは意味しない。私の関心のある武谷三男の業績評価ということである。

まだ全く彼の伝記の作成とかには取りかかれてはいないし、これからも取りかかれることになるのかもすらもわからない。だが、どのように取り扱ったらいいのかについては今まで少し考えてきた。

それでいま現代の科学思想の中で取り扱うのがいいのではないかと密かに思い出している。

すでにここでも触れたことがあるが、高木仁三郎氏が原子力調査室に関わるようになったときに武谷との論争があった。考えの違いが明瞭にあったのだが、そういうことを主眼にした描き方がいいのではないかということである。

私はまだ高木のように徹底した立場に立つことはできていないが、彼に代表される考え方を無視することはできないだろう。

しかし、もっと広く現代の哲学思想の中での位置づけも考えるのがよりいいのではないかと密かに思い出した。これは私が勝手に思っているだけで、もしこのような考えに沿って私以外の方が同様な思考と論理を展開されるのはかまわない。

武谷の生涯の、時代に沿った伝記的な研究はすでに地道な研究が N さんによって始められている。それに科学史学会でもぽつぽつと研究発表は数人の方々からされているようである。その内容はよくは知らないが、それらが大きなものになっていくのかどうか。

それからまだなお、しなくてはいけないのは資料の整備である。私は「武谷著作目録」と「論文リスト」をつくった。著作目録の第3版はwikepdiaの武谷三男の項目の参考文献にもなっているが、また改定をしなくてはいけない段階になっている。

それに実は以前から思いながらまったくできてはいないのだが、雑誌や新聞に武谷が投稿した論文やエッセイのリスト作りはまだ全くできていない。

しかし、こういう仕事はすでに誰かがしてもいいはずだが、されていない。地道な仕事の評価が低いからであろうか。


再録(助動詞の現在完了)

2015-07-08 12:13:23 | 日記
話法の助動詞の現在完了という題で数日前に書いた。これは6月28日に私の受けたドイツ語技能検定試験2級に出題されたものであった。それは次のようなものであった。

(再録はじめ)
次の会話の( )の中に入る最も適切なものを選びなさい。

A: Warum hast du so sauer ? 君はどうしてそんなに怒っているの?
B: Weil dieser Fehler nicht ( ). この間違いはしてはならなかったからだよ

この解答の選択肢はつぎのようなものであった。

1. h"atte d"urfen passieren
2. h"atte passiren d"urfen
3. d"urfen pasieren h"atte
4. passieren d"urfen h"atte

記録をきちんとは残していないのだが、私は 1 を選択したらしい。しかし、正解は確かではないけれども 2 ではないかと思う。
(再録おわり)

これについて昨日述べた在間先生の解説でも「みなさんできましたか」と書かれている。前にも書いたように多分項目1を私は選択したと思うので、正解ではなかった。

在間先生は最近若いドイツ語の先生に聞いたら、この規則を知らない人がおられたと書いてあり、昔はこういう細かな規則も覚えたものだがと書かれている。

ドイツ語のとても優秀な先生の、Fさんに昔この規則にしたがった文章を実際に見たことがあるかと尋ねたことがある。彼はもちろんこの規則は知っているのだが、このような動詞が3つ重なった文章には出会ったことがないとのことだった。

これは日本人が試験のためにつくったような文章ではない、普通のドイツ語を母語とする人の文章でということであったろう。

最近のドイツ語入門書ではこの規則をきちんと書いてあるのかどうか知らないが、早川東三先生の書かれた『ドイツ入門』(NHK出版)にはもちろんこの説明に1章を割いておられる。

この試験問題を見た、私たちのドイツ語のクラスのリーダーであるOさんは一言「文法書をもっと勉強せよ」とだけ言われた。まことに返す言葉がなかった。

お店の移転

2015-07-08 11:53:29 | 日記
長らく伊予鉄会館内にあった「伊予鉄愛新観光」が松近タウンに移転したと聞いた。

ここで、ときどきここで航空チケットやJRのチケットを購入した身にとっては寂しい。しかし、市内電車のICチケットのチャージはここに残った支店でもまだできる。

航空チケットはまだここでも買えるという。ときどき半年に一回くらいの頻度で最近はICカードのチャージをしていた。

そして店舗の大部分が陶器の展示場となっている。松山市も少しづつだが変わっている。

私たちがこの松山に住むようになってもう40年以上である。もっと正確には45年か46年である。

またラフォーレ跡にもビルが建っており、もうすぐオープンである。