神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!

ー神田川水系、支流はもちろん、旧水路、廃水路、全部 「まる歩き」ー

千川出張所と千川水神

2015-09-14 05:50:22 | 千川用水6

 千川上水が右カーブで都道420号線と再び接するところに、千川上水出張所がありました。武蔵高等学校報国団民族文化部門編「千川上水」は、前回引用した田留水車の記述に続けて、「府の千川上水出張所が直ぐこれに接してゐる。構内で千川が開渠となり、人夫が晝夜塵芥を揚げてゐる。一坪半程の小屋に一日で塵芥が半分は溜るとか。」と書いています。出張所こそ廃止されましたが、鉄板で覆った開口部が最近まであり、都第四建設事務所が管理していました。

 

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    ・ 千川上水跡  都道420号線の拡幅、整備に伴い、その右手に接していた上水跡は、幅広な歩道の一部のようになっています。

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    ・ 千川上水開口部  数年前の写真で、上掲写真とは反対方向からの撮影です。この当時開口部は大きな鉄板二枚で覆われていました。

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    ・ 千川上水跡  千川上水出張所跡地の先でさらに右カーブ、都道420号線を離れ、右手奥にある田崎病院の敷地に向かいます。

 <千川上水水神>  上二枚の写真に写っているのが、千川上水水神です。前回の「千川上水」の引用文中に、「道路に沿うて埋立てた後を少しゆくと小さな辨天があり」とあったもので、当時は上水の右岸の傍らに祀られていましたが、反対側の出張所跡地に移転しました。「千川上水と水神様」の解説プレートには、昭和初期に周囲に建物が増え、水難事故が相次いだことから、直径6尺のコンクリート管で暗渠化、その際、事故供養と上水の安全を祈り祀られた旨、その由来が書かれています。周囲の宅地化に伴う水質汚染とともに、水難事故の多発も深刻だったようで、毎年数名が犠牲になったといわれ、武蔵高校の「千川上水」も「(暗渠化の)最も主要な原因」としているほどです。