我が家近くのバス停から、高速経由、呉まで27分で行けます。途中停まるのは天応西条だけ。
昨日、いいお天気だし、急に思い立って出かけることにしました。
音戸方面へ。左へ行きます。
美術館への坂道。
まずは入船山記念館へ。
チケット売り場に建物の来歴など。
コンドルに直接習った一期生4人の1人、あの辰野金吾の同級生、曽禰達三が設計したと考えられるけれど、地震で倒壊、今の建物は1906年に桜井小太郎の設計で再建されたそうです。
羽織袴姿のコンドルの写真が珍しい。
当時の工部大学校の講義はすべて英語と聞いたことがあります。
桜井小太郎はコンドルに習い、のち、18歳でロンドンに留学して本場の建築学を学んだそうです。
歴代の司令長官。勲章がたくさん。
海軍のマーク入りカップ。
建物は小さくて瀟洒、威圧感はありません。
広島の建築 arch-hiroshima|旧呉鎮守府司令長官官舎(呉市入船山記念館) (arch-hiroshima.info)
左右対象にしたら、平凡になるところをあえて左右でデザインを変えています。
屋根はスレート葺き。
玄関のステンドグラス。
見学者は裏口から入ります。
応接室。家具、カーテン、内装は復元。
メインの応接室。
ピアノは何かのイベントの時に使うようです。
食堂。
壁紙。
和紙に金箔を貼り、模様を型押しして作ります。日本で発明された作り方。
模様はウィリアム・モリス風。
天井も。
この建物は戦後占領軍が使い、その時ペンキ塗ったり、ベニヤ板張ったりしたそうですが、わずかに残っていたスイッチ裏などから復元したそうです。
建築当時の豪華さがよみがえりました。
食堂抜けるといきなり和館部分。長官一家の生活の場です。
こちらの方が広い。
毎日風を通すと建物はよく持ちます。
それにしても人がいません。学芸員と見学者一名だけ。
隣接する資料館で、金唐紙の版木が。
右を復元したもの。
金唐紙を使っている洋館は全国に12か所。
東京の岩崎邸など。中四国ではこの建物だけです。
続いて隣の美術館へ。
高橋由一から藤島武二まで 日本近代洋画への道ー山岡コレクションを中心にー
ヤンマーディーゼル創業者、山岡孫吉のコレクションだそうで、明治中期までのあまり知られていない作家の小品が多かったので、日本に西洋画が少しずつ根付いて行った流れがよく分かった。
西洋画はそれまでの日本画、浮世絵と違って、遠近感、陰影などを描き込んで一層リアルに見せる描き方。
画材、お手本が少ない時代に苦労した先人たちをしばししのぶ。
特に有名な鮭の絵、私は昨日までの何十年、背景の板は実際の杉板だって知らなかった。木目も描いたものと思っていました。
キャンバスも手作りしていた時代に、板に書いて、色も変わらずによく残ったもの。
やがて明治中期以後は、日本人の感性でこなれた表現ができるようになったのかなと。
印象派のように光を取り入れたのが大きい。濃い色の重厚なのばかりが洋画ではない。黒田清輝の人物画の輝く肌の色は新しい時代を象徴するものでした。
本展では父親の人物像が。忙しくて未完となったそうですが、顔はよく描けています。藤島武二、小磯良平と日本絵画のアカデミズムの流れがここに始まります。
他には浅井忠、青木繁など。
小山正太郎という名前は今回初めて知りましたが、名所旧跡でない風景画、軽快な色遣い、のびのびとしたデッサンの線など、今の時代に見ても全然違和感がありません。うまいなあと感動しました。
以前所属していた絵画サークルで、外国の世界遺産ばかり描く人がいましたが、題材が立派さと絵の良さは別。原爆を小説に書いたら無条件で褒められるのと同じ構造。
むしろ何でもないものを描くときにその人の力量が分かる・・・などと私の下手な解説はよろしい。解説はこちらをどうぞ。
高橋由一から藤島武二まで 日本近代洋画への道―山岡コレクションを中心に― | 呉市立美術館 (kure-bi.jp)
平日の昼間、美術館は数人しかいません。スタッフの方が多い。静かに鑑賞して静かに感動する私。
帰ります。帰るころ、数人の女性グループがやって来ました。
さて、帰りのバスまでまだ間があるので少し歩きます。
海上自衛隊の教育隊。昔は初年兵の教育施設があったそうで同じ場所を利用しています
。
鉄条網がアウシュビッツを思わせます。アウシュビッツはこれが二段構えで並んでいて、高圧電流が通してあったそうです。
橋渡って振り返る。
続いて桟橋前の建物の5階、展望室へ行きます。こちらも人は皆無。
海上自衛隊の船各種。向こうは造船所。
桟橋。
西方向。
隣は大和ミュージアム。
いまだ行ったことなし。今日も行かない。息子三人の母親は男の子が大勢で亡くなる話が嫌い。巨艦主義がもう時代遅れ、制空権もなくて沖縄に特攻出撃、途中で撃沈される。全然救いのない話。展示はそれだけではないと思うけど、見たくない。
広場のポセイドン像。奥は鉄の鯨館。潜水艦を利用。
遅い食事をして、しばらく待ってから帰宅します。
似島と金輪島。広島が近づいてきます。手前が海水浴場。
2018年の土砂災害で道が埋まった時は、砂浜に迂回の道路を臨時で作りましたが、今は元通りになったようです。
急な山が海岸にまで迫る土地の宿命。もうあんなことがないよう願うだけです。
牡蠣筏たくさん。右、マツダの工場。景色モードにしたら変な写真に。カメラ、まだまだ勉強中です。
毎日出歩いているので、夫が「ところで明日はどこへ行くん?」と聞きます。
お天気よくて気候よくて、用事もなくて、体調良くてという日は一年のうち、そうたくさんあるわけではありません。
と言いつつ、たまっている用事各種も頑張りましょう。