11月3日(文化の日)、炭鉱跡を見たく三笠の幌内炭鉱に行ってきました
泊村にある茅沼炭鉱の次に古い? 明治12年に開坑(音羽坑)されたとされている炭鉱跡です
まず、唐松地区の立坑跡を
これは昭和40年に建てられた北炭幌内炭鉱立坑です 最深部まで1,210m ここから多くの炭鉱マン
が地底に運ばれたのでしょう
この後、車で15分位走らせ幌内本沢地区に行く
う~、石炭鉄道跡だ! 何という光景! ここの写真を6枚撮りましたが、見た通りの素晴らしい光景
を表現できない・・・雰囲気だけ感じて下さい
きっと、こうした凸電の炭鉱電車が走っていたのだろう マニアの人にはたまらないだろうな~
ここから、歩いて選炭場施設跡を見に行くことに
直径が10m程の円形施設の廃墟だ、美しい! 20年前に仕事でイタリアに行ったとき見たコロッセオ
の時の感動を思い出す。 そして、何の為のコンクリート枠?それも崩れかかっている
この円形施設はシックナーと言って石炭を洗って不純物などを沈殿除去する装置らしい、廃墟になって
今なお内部を見れるなんて、まして向こう側にあるコンクリート枠と・・絵になるなぁ~
選炭場の施設跡なのですが、どの施設も何の施設だったんだろう? テンションがあがります!!
ところどころ、鹿と人の足跡が見れますがどの施設も雑草の中、またそれがいい!
この地区で最古の坑口(音羽坑・明治12年)だそうです、当然坑口はふさがれていますが最下部に水を流す溝が
赤レンガの朽ちた建物が坑口の側に、これは大正末期から昭和初期に建てられたとの事
坑口から100m程離れたとこにレンガ造りのモダンな変電所跡がありました、建設は大正中期とありますが
よくデザインされた建物です 中に入って見たかったがどこも施錠されていた。
とにかく感動して、12枚もの写真を使ってしまいました
廃墟がこんなに心動かす美しいものとは思いませんでした
これから、ちょっとはまりそうな予感!!
炭鉱といえば北海道の文化遺産と思われるのだが、施設跡をみている間
祭日というのに誰一人とも会いませんでした
今日訪れた中で1番山奥に位置した音羽坑辺りで
ひょっとして熊が出没するのでは? という雰囲気でした
泊村にある茅沼炭鉱の次に古い? 明治12年に開坑(音羽坑)されたとされている炭鉱跡です
まず、唐松地区の立坑跡を
これは昭和40年に建てられた北炭幌内炭鉱立坑です 最深部まで1,210m ここから多くの炭鉱マン
が地底に運ばれたのでしょう
この後、車で15分位走らせ幌内本沢地区に行く
う~、石炭鉄道跡だ! 何という光景! ここの写真を6枚撮りましたが、見た通りの素晴らしい光景
を表現できない・・・雰囲気だけ感じて下さい
きっと、こうした凸電の炭鉱電車が走っていたのだろう マニアの人にはたまらないだろうな~
ここから、歩いて選炭場施設跡を見に行くことに
直径が10m程の円形施設の廃墟だ、美しい! 20年前に仕事でイタリアに行ったとき見たコロッセオ
の時の感動を思い出す。 そして、何の為のコンクリート枠?それも崩れかかっている
この円形施設はシックナーと言って石炭を洗って不純物などを沈殿除去する装置らしい、廃墟になって
今なお内部を見れるなんて、まして向こう側にあるコンクリート枠と・・絵になるなぁ~
選炭場の施設跡なのですが、どの施設も何の施設だったんだろう? テンションがあがります!!
ところどころ、鹿と人の足跡が見れますがどの施設も雑草の中、またそれがいい!
この地区で最古の坑口(音羽坑・明治12年)だそうです、当然坑口はふさがれていますが最下部に水を流す溝が
赤レンガの朽ちた建物が坑口の側に、これは大正末期から昭和初期に建てられたとの事
坑口から100m程離れたとこにレンガ造りのモダンな変電所跡がありました、建設は大正中期とありますが
よくデザインされた建物です 中に入って見たかったがどこも施錠されていた。
とにかく感動して、12枚もの写真を使ってしまいました
廃墟がこんなに心動かす美しいものとは思いませんでした
これから、ちょっとはまりそうな予感!!
炭鉱といえば北海道の文化遺産と思われるのだが、施設跡をみている間
祭日というのに誰一人とも会いませんでした
今日訪れた中で1番山奥に位置した音羽坑辺りで
ひょっとして熊が出没するのでは? という雰囲気でした
11月1日のブログの1枚目の写真も、素敵です。
男性らしい写真だなぁ‥と思います。
真似できません。
私は、美唄生まれで、祖父や叔父達も皆、三菱美唄炭坑に勤めていました。
子供の頃室蘭から毎年、夏休みに遊びに行っていたので、炭坑鉄道、ズリ山、炭坑街や炭住、コークス工場、など思い出がたくさんあります。
美唄の炭坑跡へ行こう行こうと思いながら、なかなか足が向いていません。
変電所の建物は、開拓の村へ移設して再建しても良さそうな雰囲気ですね。
男らしいですか?
久々に言われた言葉です、ちょっと照れます、キヒッ!
崩れかけたコンクリートの廃墟が力強く美しく見えるのです・・・歳のせいかなぁ~
おまささんがブログにそれとなく挟むちょっとした風景、素晴らしいです
真似できません。
ここ1ヵ月前から何故か、炭鉱跡を見たくなり歩いています。
ノスタルジィーを感じるほどロマンチックな心を持っていませんが、初めて行った幌内炭鉱廃墟が力強く感じて・・男のロマンにも思われました
またまた奇遇です、私も美唄生まれで2歳で旭川に移りましたが、父方の親戚の多くは美唄の炭鉱にいたようです。
私も2歳で、美唄から室蘭へ移りました。
ただ、違うのは、美唄は母方の方です。
え~、2歳で室蘭へ・・摩訶不思議な共通項ですね。