日頃、家事にばかり追われ、出不精の私が、昨日は珍しくお出かけ。
行く先は、渋谷の東急本店のBunnkamuraザ・ミュージアムで開催されているフェルメールからのラブレター展。
近年、フェルメールほど人気上昇の目覚ましい画家はいないらしく、これは世界共通の現象とのこと。
特に日本は著しいようです
新聞記事で、目にする度に、百聞は一見に如かず。
わが目で、この絵画の素晴らしさを鑑賞しなければ、との気持ちは募る一方でした。
私にとり、セザンヌやゴッホ、他の印象派の画家ほどの馴染みはなかったけれど、一見古典的な絵画の趣ながら、繊細な光と色合が織りなす品格に満ちた絵に、何か言い知れぬ魅力を感じていました。
私が若い頃、特に好きだった色、青が話題にもなっています。
しかし、酷い咳こみは相変わらず.
他でも体調が,万全とは言えなかった昨日。
みぞれ混じりの冷たい雨が降りしきる中、その思いを、よくぞ決行したものと、我ながら、自分自身を褒めてやりたい気持ちに。(笑)
展覧会観覧後は、余りの疲労感に、我が家までの遠い道のりを思い、無事に帰宅できるかしら、と不安を覚えたほどでした。
実は、展覧会に赴く前に、11時予約の駅前の歯科医院における診察がありました。
それが、出かけついでにと、行動を起こす、きっかけにもなってくれたようにも思います。
でも、そこから駅まで足を運び、電車に乗るまでも、なんと優柔不断なことだったでしょう。
診察を済ませ、同じビル内のレストランで、軽い昼食。
シートに身をゆだね、なお自分の体調との折り合いをつけようとしている私。
やはり、この体では、渋谷まで出かけるのは無理では、といった気持に次第になっていきました。
でもその展覧会は、3月14日まで。
震災の一周年も近づき、気持ちが揺れる日も多くなるでしょう、これから。
今日こそ、実行に移さなければ、私は見るチャンスをきっと逃がしてしまうとの思いに駈られていました。
その時、とっさに思いついた事は、「そうだ、M(次女)のマンションで一休みしてから出かけよう」と。
そのまま、マンションに直行。
無論、家族は留守です。
チョット失礼。無断で侵入でした。(笑)
そこで軽く仮眠をとり、元気を多少回復。
整理整頓をしたい親心を捨て去り(笑)、やっと渋谷行きを断行する事ができました
「展覧会に行きました」の出だしで始め、館内に展示された絵画の感動を綴れたなら、ブログの内容が、もっと高尚になり、良かったのですけれど、私って、変わりものなのかしら。(笑)
誠に変な出だしで、展覧会の記述の前置きがこんなに長くなってしまいました。
本題を綴るのが遅くなり申し訳ありません。
いよいよ館内に入り、私が受けた感動を、言葉足らずな表現ながら、ご紹介も兼ねて、多少綴らせていただきますね。
恐らくパンフレットの内容をかいつまんでお話しする程度のことしかできませんので、ご了承ください。
この展覧会の主旨は、なんと申しても、17世紀のオランダ美術黄金時代に活躍したフェルメールの傑作三点、いずれも手紙をテーマにした作品を紹介するもの。
その他、同時代に活躍した画家たちの、室内の日常を描いた作品が多く展示されていました。
絵画のテーマは、いずれも、郵便制度が整い、市民社会がいち早く確立されたオランダ社会での市井の人達の日常の暮らしにおけるコミュニケーションケーションの場です。
そして、この展覧会におけるハイライトは、最新の科学技術により修復され、本来の鮮やかなブルーが再現された、フェルメールの作品青衣をまとった女。
本展に際して修復がなされ、この度の展示が、その後の世界初公開とのこと。
さて、フェルメールのお話は後程とし、ガイドイヤホンも借りて巡った時の他の作品の印象は、いずれも、顔の表情、しぐさ、小さな調度品までが、実に生き生きと描かれ、そのリアリティーに圧倒されました。
恐らく絵の対象が、貴族や宮廷ではなく、庶民であるところによるものでしょうか。
絵画の雰囲気に、取り澄ました堅苦しさなど全くありません。
それは、フェルメールの人気が高い理由の一つでもあるようです。
描かれた人物のみならず、当時の絵画は、地図や楽器、その他の小道具までが、寓意となり、絵の物語性をや精神性を高める意図になったようです。
さて、館内をそぞろ歩きで巡るうちに、いよいよフェルメールの作品が、中ほどのブースで登場です。
今までの展示と異なり、三方の壁に一点ずつ。
観る者との距離感は、微妙に遠くなりましたが。
そのブースの空間の中央には、一休みしながら遠くから鑑賞もできるようにシートまで置かれ、実に恵まれたゆったりとした環境です。
悪天候のせいか、混み具合も、心配した程ではありませんでした。
まず最初の作品は、手紙を書く女。
割と小品で、一見地味な印象。
でもじっと見つめていると、作品の気品と香気に包まれるよう・・・・・・
何か語りた気な女性の表情に、次第にひきこまれていくようでした。
中央の壁に飾られた二点目の作品が、本展のハイライト、手紙を読む青衣の女です。
先程も触れたように、青の色に注目です。
しかし私が最初観た時には、全くそのことは念頭になく、柔らかな光に包まれ、手紙を読むことに没頭する妊婦の姿に、言いしれず魅了されました。
庶民の暮らしのありふれた光景ながら、静謐な光と精神性に満ち、まるで聖母のような趣です。
この絵画のために使用された青色は、マリンブルーと称される、非常に高価なラビスラズリという貴石が使用されているとのこと。
伝統的には、聖なるものを表すために使われてきた貴重な顔料のようです。
しかし、フェルメールは、これを庶民の絵を描く際に惜しげもなく使ったようでした。
その色に注目し、最新の技術でもって、本来の鮮やかな色に再現されたのが、今回の絵。
私は多少複雑な気持ちになりましたが・・・・・
目にあてられないような、今後に影響を与える欠落や欠損が作品にあれば、修復も止むを得ないことでしょうが、建築と異なり、保存次第では、絵画の現状維持が、今は可能な時代です。
果たして、その必要が本当にあったのか。
描き手の尊厳を傷つけることにならなかったかしら、などと・・・・・・
少々考え込んでしまった私ですが、そんなこと、きっと心配するには及びませんね。。
専門家により、あらゆることが検討された上での、判断だったことでしょうから。
いよいよ最後の三点目。
手紙を書く女と召使。
手紙を読む女と共に、既に一度、来日したことのある絵画のようです。
でも私は見るのは初めてでした。
フェルメールのこの度の三点の展示品の中で、私が一番気に入った作品に当たるかもしれません。
絵画に漂う清々しい空気感が、観る者の心を、実に心地よくしてくれます。
窓からさす光線が、絵の対象の一つ一つの輪郭を実にくっきりと浮かび上がらせ、その印象を際立たせているようでした。
召使の女の意味ありげな表情。
床に打ち捨てられた手紙。
興味をそそる、物語性にも事欠かない作品です。
私は長い時間、想像を膨らませながら、じっと見つめ続け、この絵を堪能することができました。
会場を後にしたのは5時過ぎ、日も暮れかけていました。
私は多くを語りすぎてしまったでしょうか?(笑)
これからお出かけになる方達には、私の言葉など、悪影響以外の何物でもありません。
私の勝手な個人的感想ですから、どうかお忘れになって下さいね。
そしてお暇のある方は、ぜひご覧になり、それぞれの思いで新たな感動に包まれ、この展覧会を心行くまで楽しまれますように。
心に焼き付き、私と同様、一生忘れない素敵な作品となるに違いありません。
今後まだ二回ほど、フェルメールの絵画がみられる機会があるようです。
特に、映画化までされた、真珠の耳飾りの少女は楽しみこの上ないですね。
30点しか現存しないフェルメールの作品を、生きている間にあと何点見られることでしょう?
すべての作品を観覧する事を、今後の人生の目標の一つに入れましょうかしら。(笑)
さて、帰途は、正直申して、足が何度もふらつきそうでしたが、何とか無事に我が家に辿り着きました。
夫にはなだ万のお弁当を買い求め、私は残りもので軽く夕食。
もうすべてを投げ出し、入浴後即、床に就きました。
出かけて良かった。
目的を果たした満足感でいっぱいです。
でも、昨日は朝から息苦しく、非日常の楽しみが、体の癒しになっていないようで、トホホ・・・・・・
でも心はリフレッシュし、元気づきましたから、素敵な想い出を紡げ、本当に良かったです。
今日もご訪問下さいまして有難うございました。
ランキングに参加中です。
60代のバナーへ、お気持ち一つ頂けますと、幸いです。