そっと踵を起こして傾きをつけ、わずかに震える両膝の上へ偽書物を置き直す。無器用な指先で頁の縁を手繰って、復た件の絵図に行き当たる。目の下隅で捉える挿し絵には、描かれた人物が箱形の、書物と見える黒いものを左脇に抱えている。絵にある画像の腰から下、泳ぐようなかっこうをした半身は後方から照らす明かりを遮る黒い影だが、うつむき加減にねじ曲げた顔の表面には背後から光が回り込んで、にじみ出る内心の迷乱を黒絵式に隈取っている。意力を奮って常軌から踏み外すまいと腐心する儚い抵抗に関わりなく、その面貌は私と似寄る丰姿へ遷って行く。
「絵像の顔の変易するのが知覚の溷濁から発した現実に対する希望的錯覚、熱病出自の幻想であれば、変な話、愚直な理性に寄りかかって一安心できます。法外に図々しく卒爾な願い事で申し訳ありません、先生の観察される雰囲気をお聞きかせいただければ、切羽詰まりかけた人間にとって非常の助けとなります。ここでこうして椅子に座らせてもらい、賢しら口を利いている風の私ですが、ざっくばらんなところ、錯覚とか幻想とかの淳海の中で、潮の流れなりに尾ひれを靡かせる魚が吹いたあぶくのように見えたりしませんか。夢ともつかない夢にあやされてなお夢であると悟らず、土埃や雨の匂い立つ場面を次から次へと繋ぎ続ける鎖糸のようなものと驚きあきれたりしておられないでしょうか。」
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