美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

無条件に頭が良いと短絡される学歴タグを手に入れ、何事にもけちをつけてやろうと茶化しておどける今様メフィストフェレス(関口存男)

2023年07月30日 | 瓶詰の古本

 此の Doch,guter Freund云々の皮肉も,俗人の俗見であるか,或ひは人生最後の真理であるかは,ちよつとなかなか見別けがたい。しかしいづれにせよ,一つはつきりと云へることは,此のMephistophelesといふ人物は,Faustを誘惑する悪魔ではあるが,ゲーテは此の悪魔なるものに相当特徴のはつきりとした実在人物的性格を与へてゐると云ふ事で,しかも其の性格は,『すこぶる常識的な,箸にも棒にも掛からぬ現実主義者』と云へばほぼ定義される。世の中には実際さういふ男の見本が沢山うろついてゐる。頭脳はすこぶる明晰で,むしろあまりに明晰すぎて温い人情の育つ余隅がない。くだらない意味に於て,裏を裏をと考へる事に於て此の男の頭脳は最も明晰である。自分もくだらないから,人もくだらないものときめて掛かつてゐて,其の間一点の感傷性の介入することをも許さない。また彼れの頭のよさは,あらゆる理想を土足にかけて踏みにぢつて見せる場合に於て最も其の威力を発揮する。自分の頭の好さと,自分の現実的明徹性でもつて世の中が全部割り切れると信じてゐるから,頭の好さだけでは解決のつかない或種の心の問題や,美しい事柄や,善い事柄となると,真向から反対はしないまでも,何とかしてけちをつけてやらう,滑稽化しよう,万人の眼に滑稽に見せようとかかつてゐる。

(「ファオスト抄」 関口存男訳註)

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