美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

住吉・日吉の訓(喜田貞吉)

2010年01月27日 | 瓶詰の古本

近江の日吉(ひよし)神社はもと比叡山(ひえのやま)の神にて、即ち比枝(ひえ)神社なり。延喜式には日吉と書き、明かに「ヒエ」と傍訓す。又摂津の住吉(すみよし)はもと海岸の江の名にして、之をスミの江と称し、住の江とも、墨の江とも古書に見えたり。然るに、之を後世には日吉・住吉と書きて、尚ヒエ・スミノエと訓(よ)ましむ。蓋し好字を選びたるものにて、「吉」の字を「エ」の仮字として用ひたるなり。吉は善なり、ヨシと訓ず。善き事を一に「え」と云ふ。今も上方地方其の他関西一般に、「善き天気」を「えヽ天気」、「善き人」を「えヽ人」と云ふ。今東京地方にて「いヽ天気」、「いヽ人」と云ふはエとイとの発音の転訛したる結果なり。されば、好字を選みてヒエ・スミノエに当つるに日吉・住吉の漢字を以てすることは、もとより不可なく、随つて其の後も之をヒエ・スミノエと訓(よ)ましめたることは勿論なるが、後世仮字の使用法ほヾ一定し、文字の訓もまたほヾ定まりて、「エ」の仮字に「吉」の字を用ふる場合少く、「吉」の字は常にヨシと訓ずる様になりしがば、遂に今日の如く、俗にヒヨシ・スミヨシと訓みて、其の原名を失ふに至りしものなり。地名には此の類の転訛甚多し。今は其の一例として揚ぐるのみ。

(「読史百話」 喜田貞吉)

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