美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

世の勝者と敗者(杉山茂丸)

2010年01月11日 | 瓶詰の古本

   俗戦国策は青年の為めに書くのである。
   今の青年は、就学難と戦うて、夫れだけで終る者もある。又父兄も子弟の就学を以て、父兄たる義務が了へたかのやうに心得て居る者もある。又千辛萬苦して、ヤツト得た免状は、其父兄子弟共、衣食の通券でも得たかの心地をして大安堵をなす者もある。
   夫から又就職難に入るのであるが、此就職難と云ふ戦争で、大概は戦死者となるのである。
   夫から偶ゝ就職して勝利者となつたものは、此多くの戦場の勇者であるやうぢやが、一方人間精神上の論功行賞から云へば、全部敗北者許りである。其全身に充満する物は、恐怖と杞憂許りで、天下国家は申に及ばず、社会民衆の上に往来する、人類一人前の思想さへ維持するの力もなく、此貴重の生涯を、又生活難と云ふ戦場で、殆んど悉く全部敗北者となるのである。
   夫では此勝利者成功者は、飯を喰うて、生きられる丈け生きて居たに過ぎぬ。他の動物と少しも選ぶ事の出来ぬ者許りとなるのである。斯る敗北者に限りて、勇気と云ふ者が少しも無い。為めに自己の生存以外に、智力も体力も、一切の活動が停止されるのである。随つて自己以外、他に及ぼす力が無いのみならず、自己を制する勇気さへ全部消耗して仕舞ふのである。人間自己の欲望をさへ制する力がなくなるのであるから、真に獣類と少しの差もない事になるのである。

(「俗戦国策」 杉山茂丸)  

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