京の四季 名勝散策 写真集

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真正極楽寺 真如堂 新緑 5/21/2011

2011年06月01日 | 洛中 

      

      平安神宮の東北、金戒光明寺の北側に位置する真如堂は、正式には鈴聲山(れいしょざん)真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)といい、比叡山延暦寺を

      本山とする天台宗のお寺です。 真正極楽寺とは、「極楽寺という寺は多いけれど、こここそが正真正銘の極楽の寺である」という意味で、一般には「真

      如堂」と呼ばれていますが、それはもともとは本堂の呼び名でした。
 

 

 

 

 

      

      今から、約1千年前の永観2年(984)、比叡山の戒算上人(かいさんしょうにん)が、比叡山常行堂のご本尊阿弥陀如来(慈覚大師作)を東三條女院(藤

      原詮子。円融天皇の女御・一條天皇の御母)の離宮があった現在の地に移して安置したのが、真如堂の始まりといわれております。 表参道の表門

 

 

 


 

      

      慈覚大師が30才過ぎの頃、滋賀県の苗鹿明神(のうかみょうじん)で根元が毎夜光っている霊木を見つけられ、それを割ってみると、座像と立像の阿弥

      陀さまの形が現れたといいます。大師はこの霊木の片方で阿弥陀如来座像を造立し、自坊に安置し、後に日吉大社念仏堂の本尊とされました。立像は

      そのままご自身で持っておられました。

 

 

 

 

 


      

      その後、大師が唐(中国)に留学された帰り、荒れ狂う波間の虚空より小身の阿弥陀如来が香煙に包まれて現れ、大師に引声念仏(いんせいねんぶ

      つ)の一節を授けました。大師はこの如来を袖に包み取り、日本に帰ってから、大切にしまっておいた霊木で阿弥陀如来を完成させ、その胎内にこの

      3センチほど如来を納められました。

 

 

 


 

      

      もうすぐ完成するという時、慈覚大師が「比叡山の修行僧のための本尊になって下さい」と眉間に白毫(びゃくこう)を入れようとすると、如来は首を振っ

      て拒否されました。「それでは都に下って、すべての人々をお救い下さい。特に女の人をお救い下さい」と言われると、如来がうなづかれたところから、

      「うなづきの弥陀」とも呼ばれています。

 

 

 


 

      

      永観2年(984)の春、開祖戒算上人の夢枕に、阿弥陀仏の化身である老僧が現れ老僧は、「我は叡山の常行堂より参った。京に出てすべての者に

      利益を施すであろう。わけても女人を済度するものである。急いで京に下山させるべし」と、戒算上人に告げました。
 

 

 

 

 

 

      

      比叡山の僧衆が協議した結果、慈覚大師作の常行堂の阿弥陀如来を下山していただくことを決定。ひとまず、雲母坂の地蔵堂に仮安置し、どこに遷座

      していただくかと協議していたら、また夢の老僧が現れて、「神楽岡のあたりに、小さな桧千本が一晩のうちに生えた場所がある。そここそ仏法有縁の

      地であり、衆生済度の場である。まさしく末法の世に、真正極楽の霊地なるぞ」とお告げになりました。
 

 

 

 

 

      

      その場所は、折しも同じ夢をご覧になった東三條女院(藤原詮子)の離宮でした。女院は寝殿を飾り、堂荘厳を施して、ここに如来を遷座し真如堂の始

      まりとなりました。

 

 

 

 

 

                

                表門を入り参道の右手に見えてまいる多宝塔(三重塔)は、寺内でも一番新しく1817年の竣工となっております。

 

 

 

 

 

      

      その後、一條天皇の勅願寺となり、また不断念仏の道場として、浄土宗の開祖法然上人や浄土真宗の開祖親鸞聖人をはじめとする多くの念仏行者、

      多くの民衆の厚い信仰を集め、ことに女人の非常に深い帰依を得てきました。
 

 

 

 

 

 

      

      しかしながら、応仁の乱(1467~77)の時、この辺り一帯が東陣となり、その戦火で堂塔は消失。ご本尊は比叡山の黒谷、滋賀県穴太(あのう)に避難。

      その後も京都室町勘解由小路(足利義輝邸)、一条西洞院(1477)を転々とした後、旧地にもどり再建されました(1519)。その後、秀吉により京極今出川

      下るに移転(1578)しますが類焼し、ようやく元禄6年(1693)東山天皇の勅により、再び旧地にもどり再建されました。今でも、寺町今出川下るには「真如

      堂突抜町」「真如堂前町」、一条西洞院(上京税務署近辺)には「元真如堂町」、烏丸二条に「真如堂町」として名残をとどめています。

 

 

 

 

 

      

      本堂は、元禄6年(1693)から享保2年(1717)にかけて建立。総欅・単層入母屋・本瓦葺で、木材にはことごとく「〇〇家先祖代々菩提の為」と記されて

      います。 正面「真如堂」の大額は享保11年(1726)宝鏡寺宮からの寄付によるものです。本堂正面の宮殿(徳川五代将軍綱吉公と桂昌院の寄進)の

      中には、ご本尊阿弥陀如来・不動明王(安倍晴明の念持仏)・千手観音がおまつりされています。 
 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

      本堂に上がりお参りをすませ、本堂内から書院庭園の拝観受付をして書院にむかいます。 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

             

                    不動明王(安倍晴明の念持仏)   御本尊阿弥陀如来      千手観音


 

 

 

 

 

      

      本堂北側から書院に向かいます。 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      

      廊下左手が、真如堂の大玄関になります。

 

 

 

 

 

      

      書院手前に清めの手水鉢が備わっております。 

 

 

 

 

 

      

      書院に入ると案内の方が、順路に従い、右手の南庭から案内をしていただけます。 

 

 

 

 

 

               

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

      この燈籠は、真如堂を菩提寺とする旧財閥の三井家から寄贈されたものだそうです。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

               

               燈籠の隣の小小坊(しゃしゃんぽ)とは、ツツジ科スノキ属の常緑樹で、7月頃に白色の馬酔木のような壺状の花

               が咲き、果実は小さい球形の液果で黒紫色に熟し、食べることができるそうです。この果実は同属のブルーベリー

               類と同じく、アントシアニンを多く含み、名前の「小小坊」は小さな丸い果実を意味すると説明されております。            

 

 

 

 

 

      

      書院東側には、涅槃の庭と呼ばれる庭園が、左手の大文字山と東山を借景に、北枕で右側を下にして横たわるお釈迦様の姿を現せております。借景

      の大文字山を お釈迦様の頭と見立てれば二重の涅槃図を表現しているそうです。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

      案内をしていただいている方の説明がとても詳しく丁寧なので、いろいろと勉強させていただきました。

 

 

 

 

 

      

       右手の島の中央の石は、涅槃図の中の右上に描かれているお釈迦様の母親の姿を現しているそうです。

 

 

 

 

                         

                         こちらの涅槃図は、毎年3月に一般公開されるそうです。

 

 

 

                

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      

       書院の北側には、隋縁の庭と名付けられた庭園が昨年の7月に完成しました。 作庭は、重森三玲氏を祖父に持つ重森千青の設計によるものです。

      正面の仏殿の蟇股に掛る四つ目の家紋をモチーフに作庭されたそうです。

 

 

 

      

     

 

 

 

 

 

       

      隨縁の庭の西側に建つ茶室

 

 

 

 

 

      

      茶室横の東屋

 

 

 

 

 

 

      

      内側から見た大玄関前です。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

       本堂裏側(東側)

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

       本堂裏側の釈迦三尊図  左から像に乗った普賢菩薩と釈迦如来と獅子の乗った文殊菩薩です。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

       本堂を回り南側から見た三重塔です。

 

 

 

 

 

               

 

 

 

 

 

 

      

       書院を回り本堂も一周してまいりました。

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

               

                本堂前の北側にある弁天池に浮かぶ島に佇む弁天堂

 

 

 

 

 

      

       本堂前北側に建つ伝教大師立像

 

 

 

 

 

      

       本堂を下りて北側から本堂裏に回り一周してまいります。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

       本堂裏の東庭園には、渡り廊下の階段の下を潜り裏側に出ます。

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

     

      先ほど伺った書院庭園の南門です。

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

  

               

               本堂南側の石に囲まれた桜は、「たてかわ桜」と言い徳川家光の乳母・春日の局が、父・斉藤内蔵介利三の菩提

               を弔うために植えた桜といわれております。 斉藤内蔵介利三は、明智光秀の重臣でしたが、秀吉軍に敗れた後、

               粟田口の刑場で斬首された首を友人が、奪い返し真如堂に葬られたことから、この桜につながります。現在の樹は、

               伊勢湾台風で倒れた樹から接ぎ木をして根付かせたものだそうです。



 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

      阿弥陀如来露仏 本堂の南側に、大きな金仏さんが鎮座されています。その台座の蓮弁の石には、「木食正禅(もくじきしょうぜん)造立」と刻まれて 

      います。 「木食」とは米穀などの五穀を断ち、木の実を生のままで食べる修行をすることで、そのような修行をする僧を「木食上人」と呼ぶそうです。

 

 

 

 

 

      

       仏像前の藤棚

 

 

 

 

 

      

      三重塔 

 

 

 

 

 

      

      真如堂で飼われている猫でしょうか、いつもこのあたりに二、三匹がくつろいでおります。       

 

 

 

 

 

      

       三重塔南側の参道です。

 

 

 

 

 

               

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

               

 

 

 

 

 

 

      

      参道南側の吉祥院の山門前 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

             

 

        こちらは、2010年の秋、紅葉の様子です。

       http://blog.goo.ne.jp/kappou-fujiwara/e/90982152362970ced0c627706af7d246 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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