花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

樂美術館「光悦と樂道入」 展

2006-12-14 02:34:14 | 展覧会
東京国立博物館「若冲と江戸絵画(プライス・コレクション)展」では展示後半に、照明の点滅により屏風を映し出す陽光の移ろうさまを再現する試みが見られた。夜の帳に蝋燭の明かりで映し出される風情も想像でき、ハレやケ、当時の日常のなかで屏風を置く暮らしを彷彿させる。照明の向きや強弱のなかで注意深く観ていると、金地や銀地は装飾だけではなく光の効果を高めるためであり、胡粉の白は薄闇に浮き上がる幽玄な趣を持つことにも気がつく。昔人の備えていた光への繊細な感覚を現代人の私はうっかり忘れるところであった。そのことを改めて教えてくれたのが樂美術館「光悦と樂道入 ― 二つの樂茶碗 二人の交友」展だった。





先にも書いたように私は長次郎の黒に強く惹かれている。光も闇も宇宙もすべて呑み込んでしまうかのような寂びた黒…。以前、長次郎の黒樂茶碗と道入の黒樂茶碗が並んで展示されたところを見たことがあるが、光を吸い尽くす長次郎の黒、艶やかな光沢を生む道入の黒、そのあまりにも違う肌合いに戸惑ってしまった。美術ド素人の短絡的な反応で、道入は軽明で好きではないとさえ思った。ところが、今回の樂美術館での展示照明により道入茶碗の光沢釉の意味がようやく了解できたのである。

楽美術館での展示照明は蝋燭の灯りを思わせる黄味を帯び、茶碗を照らすのも低い位置からのスポットライトだった。そこに見たのは黒々とした光沢釉の垂れる厚みさえも意図したかのように浮かび上がる茶碗の造形と艶の醸し出す陰影の面白さだった。道入の「幕釉(まくくすり)」は光沢黒釉の上に流下性の強いさらに艶やかな黒釉を二度掛けしていると言う。まさに光を意識し、その効果を前提にして掛けられていることに気がついたのだ。




やはり!であったのは、鑑賞後に購入した図録のなかで当代の樂吉左衛門氏も指摘しており、当時の茶道が利休好みの薄暗い茶室から古田織部の連子窓のある明るい茶室空間に変っていったことも起因にあるようだ。茶道の流れの変化に沿いながら、道入は長次郎や父常慶とも違う作風を創作していったのだろう。そして、そこには常慶・道入親子と本阿弥光悦との交流も存在していた…。


ということで、展覧会のお目当てはもちろん光悦の茶碗であった。「不二山」や「熟柿」などの斬新な造形と景色に魅了されていたので、この展覧会で光悦茶碗の多く並ぶ様はあまりにも嬉しくて胸はどきどきするし眼は寄ってしまうし…(笑)。そして、企画テーマである樂家の常慶・道入親子との交流によって作られたことも知ることになる。特に光悦の黒樂茶碗「東」「朝霧」「水翁」などは蛇蝎釉も見られ、道入の茶碗と同じ土・釉薬・窯で焼かれた作品であることがよくわかるのだった。三井の展覧会でも展示されていた“ちゃわんや吉左”宛の光悦筆の手紙等の資料からも、光悦が樂家父子、特に道入の才能を買い後ろ盾ともなり、可愛がっていた様子が伺える。そうした中でお互いの刺激と影響がそれぞれの茶碗に反映している、が、しかし、作陶の精神において、というのが樂当代の見るところであるようだ。

さて、今回、数ある光悦茶碗のなかで一際見惚れてしまったのは黒樂茶碗ではなく、赤樂茶碗「乙御前」だった!柔らかな桃の花のような赤楽で、丸みを帯びた御尻もかわゆらしく、手で包み込まれながら内に外に口部が形成されて行ったことが眼でも追えるのだ。展示ガラスに張り付きながら右から左から角度を変えながら眺めてみると、その胴部や口部のゆがみもそれぞれに絶妙で唸ってしまうほどだ。薄く削られているようで、持てば「熟柿」よりも薄く軽く丸く手に沿うような形だ。この愛らしい茶碗を益田鈍翁が「たまらぬものなり」と書き付けたのも頷ける。見ているだけで顔がほころんでしまうような茶碗だからお点前で頂いたらどんなだろう?きっと艶やかな桃赤と濃緑は美しく映え、一層美味しくいただけるにちがいない。こんな素敵なお茶碗でお茶を飲みたいものだなぁ~>持ち主さま(^^;




で、道入の茶碗で一番印象的だったのは「稲妻」だった!その黒と赤との釉薬の激しく鬩ぎ合う景色は確かに稲妻を発しているようにも見える。特に黒釉に滴り滲む赤釉の燃え上がるような彩にはゾクッとするものがある。なんとも凄みを感じさせる異色の樂茶碗だなぁ、と思いながら解説を読んだら、なんと表千家代々の家元襲名の茶事にのみ使用が許される茶碗だと言う(・・;)。茶道知らずが勝手なことを言うのだが、この茶碗は手ごわくて普通に扱うのはきっと難しいかもしれない。この破格な存在感を御すのにはよっぽどの力量が無いと…だろうね。まさに道入の気魄が伝わって来る茶碗である。




今回の展覧会は前半に光悦茶碗、後半は道入茶碗がずらりと並び、実に眼に壮観であった。三井の展覧会の流れとしてもタイムリーで興味深い企画だったと思う。それに私的にも、千利休と樂長次郎が作り上げた樂茶碗が時代の流れに沿いながら、時代の新しい息吹を孕んで変化していく様をすんなりと受け入れられるようになったのは収穫だった。しみじみ思い出すにつけても、樂美術館の醸し出す美意識と、樂茶碗の持つ美が調和する、気持ちの良い展覧会だったなぁ...。


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6 コメント

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うらやましい… (ツマ)
2006-12-14 15:18:44
オットに、この秋は京都に行かないのかと訊かれ、春に行ってしまったし、来年の初夏にも行くだろうからこの秋はいいわ、などと殊勝なことを言ったのですが。花耀亭さんのブログを拝読して、行けば良かった~と地団駄踏んでます。
赤楽「乙御前」は名前の通り何とも愛らしい茶碗ですよね。手に馴染むまあるい形、あたたかみのある色、口縁の表情の豊かさ、私も大好きな茶碗です。うつしを買おうかと思ったこともあるほどです(買わなかった理由の一つは、飲むときは不便がなくとも、高台がほとんどない?ため指をかける場所がなくお茶を点てるときに点てづらそうだったから)。楽美術館には展示を観に行くだけではなく、特別鑑賞茶会というのにいつか行ってみたいものだと思ってますが。思うだけになってます。

五島の取合せ展は毎年やってるものですし、ごくごく普通でした(と小声で言ってみる)。李朝の絵粉引の徳利が出ていて、ちょっとだけ気に入りました。
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ツマさん (花耀亭)
2006-12-18 01:19:03
そーなんです、来年の春もあるんですよねっ!今回パスでも、きっとまた楽美術館も企画展をやってくれると思います。
で、展覧会図録がなかなか面白かったのですよ。樂館長(当代)自身が陶芸家なので、その視点から語る「私論」がとても説得力がありました。

>高台がほとんどない?ため指をかける場所がなく

なるほどです!確かに高台が薄くて埋もれているんですよね。お茶を点てられるツマさんの観点からのコメントはとっても貴重で大感謝です!

で、私も特別鑑賞茶会には興味津々なのですよ~!ツマさんと違ってお作法も知らないのですが、でも本物の樂茶碗でお茶を飲みたいっ!それこそ来年の春に開催日が重なったら...う~ん、憧れだけになるんでしょうか?(^^;

ところで、五島の小声情報、ありがとうございます(ひそひそ)。お庭拝見だけでもよさそうですね(^^;;;
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メリークリスマス! (RUN)
2006-12-24 10:47:46
http://iris1226.eolia.jp/2006-Xmas.html

ブログでいつも勉強させていただいています
・・・とはいえ到底おつむがついていけませんが^^;
来年もまた 勉強させていただきます
よろしくお願いいたします
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メリークリスマス!です♪ (花耀亭)
2006-12-25 20:59:17
クリスマスカード、ありがとうございました!
私のクリスマスカードはいつもワンパターンでスミマセン(^^;;;


で、勉強させていただいているのはいつも私の方です~☆
RUNさんの鋭い視点に刺激をビシバシいただいております。
こちらこそ来年もよろしくお願いいたします(^^)/
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とても・・・ (オット)
2006-12-31 18:04:47
いつも勉強させてもらっています。でも初心者な私にはとてもついていけない茶事の世界です。
来年は京都で若冲や楽美術館が行けたらなあなんて思っています。

本年もありがとうございました。少し早いですが、来年も引き続きよろしくお願い致します。良い新年をお迎え下さい。
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オットさん (花耀亭)
2007-01-04 02:21:07
新年明けましておめでとうございます!

で、レスが遅くなりましてすみません。仙台に帰省しておりました(^^ゞ。さかな家の金沢のお正月はいかがでしたか?

さて、茶事の世界は奥深そうですよね。でも、オットさんはツマさんから教えていただけるから羨ましいですよ~。樂美術館は樂茶碗について知り尽くしている美術館なので、お二人もきっと気に入られると思います。私も今春の京都が楽しみです♪
というとこで、どうぞ今年もよろしくお願いいたします!
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