花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

忌野清志郎さん葬儀式

2009-05-10 03:30:48 | Weblog
5月9日、青山葬儀場で行われた忌野清志郎さんのファン葬儀式に行ってきた。


会場看板

午後1時前に乃木坂駅に着いたのだが、既に延々と参列するファンの長蛇の列が続いており、その列は根津美術館前交差点を折り返し地点とし、また乃木坂に戻るという壮大な迂回路を呈していた。ファンたちは炎天下の下辛抱強く立ち続け、のろのろと進む。

列の中には頭をピンク色に染めた青年やら子連れのご夫婦やら…ファン層の広さが良くわかる。まわりには関西からの駆けつけ組みも多く、北海道から来た方もいた。清志郎だからこそ参列するので、ファン葬はこれが最初で最後だと言う方ばかり。清志郎を慕うファン各々の強い想いが延々と続く列に込められているのだ。

列の中で私は昔観たライヴ・シーンを色々思い出していた。いつのライヴだっただろうか、珍しく初期の「ヒッピーに捧ぐ」を演奏したことがある。せつせつと感情を込めて歌う姿には凄みが漂い、会場は息を呑みながら歌の世界に引き込まれていた。清志郎のヴォーカリストとしての深さを強く印象付けられた曲だった。いつもは元気いっぱいエネルギッシュなロック・ステージを見せてくれるだけに、バラード曲が返って心に残るのかもしれないが…。

さて、ようやく会場に入場できたのは午後5時半ごろだった(5時間ぐらい並んだことになる(^^;;;)。ロック葬ということで会場にはRCの曲が流れ、清志郎(イマーノ)のイラストで有名な「ヒトハタウサギ」の巨大な風船人形が出迎えてくれた。


ヒトハタ(一旗)ウサギ

献花式の行われる屋内に入場するまでの間、流れる清志郎の歌声にあわせ、皆それぞれ歌っている。その時、「雨上がりの夜空に」になった。すると歓声があがり、一際大きな合唱になった。私もなんだかウルウルしてくる。

屋内会場に入場すると、最後の遺作になったラジオ局用の曲が流れ、祭壇には清志郎の遺影と御位牌、御骨、そして、全国を廻った自転車、愛用のギター、ドラム…今は形見となってしまった品々が並ぶ…。
でもね、一番ショックだったのは御骨になった清志ちゃんを見たことで、もうステージでジャンプしたり、マイクを振り回す姿が見れらないのだと、まるで最後通告されたようで辛かった。

遺影の清志ちゃんはネクタイを締め、ちょっぴり照れたような微笑を浮かべている。シャイな清志ちゃんらしい素敵な写真だ。


参列者は会葬カードと引き換えに遺影と同じ写真カードを頂戴した

献花し、ご冥福を祈りながら、心から「ありがとう!」と手を合わせた。去年の武道館に行けなかった私は、この一言だけでも最後に告げたかったのだ。

会場を出ると、乃木坂駅からのファンの列はまだ続いていた。凄いなぁ、清志ちゃんは。こんなに沢山の人々を魅了し、心だけでなく、行動として動かすことができるのだもの。忌野清志郎は日本一のロッカーだぜ!