遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『心霊特捜』 今野 敏  双葉社

2014-04-12 09:56:14 | レビュー
 今野敏がこんな特異な設定での警察小説を書いているとは知らなかった。
じゃあ、どこでこの作品を知ったのか。著者のホームページにアクセスした結果である。「今野 敏の作品リスト」というページをプリントアウトし、この「遊心逍遙記」以前から読み継いでいた本をチェックしてみたのである。いわば消し込み。そして本作品のタイトルを見つけた。3月28日時点では171冊がリストになっていて、171冊目が『アクティヴメジャーズ』である。本書のタイトルは140番目として出ている。本書を加えて95冊を読んだことになる。

 本書は「小説推理」の2007年2月号から2008年6月号までの期間に、6編の短編小説が発表され、それがまとめられて2008年8月に単行本化されたものである。
 単行本の表紙イラストの人物は、本作品集の一応の主人公岩切大悟だと思う。この作品集で描かれている彼のキャラクターがにじみ出ているようだ。大悟は神奈川県刑事部刑事総務課に所属し、刑事企画係である。刑事部のなんでも屋的存在。だから、捜査として活躍するのは彼ではない。
 活躍するのは県警本部のR特捜班である。Rは「霊」のRであり、別名『心霊特捜班』という。特捜班の係長は番匠京介、警部で40歳。いつ見ても眠そうな顔をしていて、よれよれの背広を着ていて、髪がちょっと乱れているという風貌の人物。少々のことでは動じない。彼自身は「霊」とは無縁。その番匠が係長なのだが、その理由は不明。
 R特捜班には3人の捜査員が居る。簡単にプロフィールをご紹介しよう。
数馬史郎(かずましろう):主任。35歳の巡査部長。長目の髪をオールバックにしている。スーツを着ているがノーネクタイ。古神道の伝承者の家柄で、神社神道では失伝されてしまった秘伝を知っている。
鹿毛睦丸(かげむつまる):32歳の巡査。短髪を整髪料で針のように固めたパンクな感じのする男。大きな鋲をあちらこちらに打ち込んだ黒革のジャンパー、細身のジーパンスタイル。実家は密教系の寺。鹿毛自身も密教の修行を積んでいるようなのだ。
比謝里見(ひじゃさとみ):28歳の巡査。沖縄出身。黒々とした長い髪と大きくよく光る目に特徴がある。沖縄の神事に関わる女性霊能者(ノロ)の家系の女性。
 という具合で、彼ら3人が霊感を持っているということになる。この3人の活動を番匠がとりまとめていることになる。
 
 彼らR特捜班はあまり表に出ることなくひっそりと行動する。現実主義の刑事たちにとって、R特捜班は奇異なうさんくさい存在にみえる。本気にしていないが、それなりに知られた存在。R特捜班はその霊感を発揮し、幾多のトラブルを解決してきた実績がある。 当初R特捜班は横浜の県警本部内に設置された。だが結果的に今は鎌倉署の一室を借りてそこに常駐している。なぜか? 「鎌倉は古都だけに怪談の類も多く、心霊スポットといわれる場所も少なくない。心霊現象に関する通報も多い」(p19)からである。
 著者は別に警視庁科学特捜班(ST)シリーズの作品群を書いている。このシリーズはけっこう事件の捜査プロセスの分析と解明における論理展開が興味深い。それと対極にあって、現在の科学捜査では対処しかねる事象を扱う特捜班を生み出したのだから、実におもしろい。こんな特捜班が実際に存在したら・・・・実に奇妙でかつおもしろいだろう。

 大悟は県警の一般捜査員とR特捜班との連絡係という役割なのだ。この男、なぜ警察官になったかわからないと本人が思うくらいに、おそろしく恐がりなのだ。特に霊などと聞けばそれだけで嫌悪するようなのだが、なぜか連絡係として、間接的に関わっていくとう役回りなのだ。ある意味、黒子的な役割を果たす存在である。

 つまり本作品は、R特捜班が直接間接に関わって、事件解決を促進した事件簿といえる。人が心霊現象、呪われた・・・と感じる状況をトリックとして利用した犯人究明といえる。霊が存在するのかしないのか・・・・さて。
 それでは、本書にまとめられた事件を簡略にご紹介しておこう。後は本書を手にとって楽しんでいただくとよい。STシリーズと比較すると、短編ということもあり、割合にシンプルなストーリーで軽い読み物にまとまっている。霊の登場のしかたとそれへの対処のしかたが興味深いし、おもしろい。

「死霊のエレベーター」
場所:港北区のマンション内の乗ってはならないエレベーター内
  (6年前にエレベーターの故障で、当時22歳の青年が死亡。
   エレベーターは作り直されている。別にもう1台エレベーターがある。)
被害者:死体で発見される。マンションの住人。鳥谷渡、65歳。無職。
  退職後悠々自適生活の人。医師の死亡診断書は、心臓発作が原因と記す。
状況:被害者は一人でエレベーターに乗っていた。
R特捜班は、1)遺体の検分のやり直し、解剖すること、2)マンション住民への聞き込みをすることを提言する。数馬はエレベータに霊の真剣なまなざしを感じる。

「目撃者に花束を」
神奈川県警捜査1課の刑事・細島慶太が大悟を介して、R特捜斑に持ち込む話が契機となる。話とは細島が何度も同じ夢を見るというもの。
場所:夢に出てくる景色が、1年前の未解決殺人事件の発生場所と判明
   住宅地と住宅地の間で、昼間でも人けのない林に挟まれたカーブ
被害者:35歳の営業マンが殺害された。死因は刃物による刺し傷。
    その会社員が乗っていたはずの営業車は現場から持ち去られていた。
細島、R特捜班、大悟は現場に行く。細島はカーブの場所に置かれている花束の近くに若い女の人がこちらを見ていたとつぶやく。大悟はいう。「誰もいませんよ」

「狐憑き」
場所:鎌倉署管内、自宅近くの林の中で遺体として発見
被害者:女子高校生。下崎亜里砂。頭文字A・S。
状況:鈍器による頭部の殴打。頭蓋骨骨折に脳挫傷。即死。遺体傍に赤ん坊の頭台の石。   石に付着の血液と頭髪の鑑定から凶器と判明。
   遺体発見者は被害者の母親。
   被害者の携帯には参考人からの着信記録がある。参考人は市原静香。
   市原は学校で下崎(首謀者)からいじめにあっていた。市原はブログにA・Sを
   殺したいという記述をしていた。
   市原静香は今、狐憑き状態に居るという。
事件の前から、市原静香は狐憑きの状態で、土蔵の中で祈祷師にお祓いを受けていたという。R特捜班は現地を訪ねてみる。

「ヒロイン」
場所:横浜みなとみらい署管内。特設の巨大円形テント内のミュージカル上演舞台
被害者:6日前の稽古中に、ヒロインがライトが落下してきて死亡。事故死と見なされた
   次に抜擢されたヒロイン(藤本あゆみ)が、脚を骨折。
状況:藤本あゆみの事故は、死亡したヒロイン(高野紅美)の呪いだとか、
   高野の死、藤本の骨折もこの舞台そのものが呪われているとの噂が立ち始める。
呼び出されたR特捜班は事故現場の舞台の検分をする。数馬は突然舞台でお祓いをする。鹿毛は入院中の藤本あゆみに会いに行く。

「魔法陣」
地域課長を介して、地元の訴えを聞くことになる。黒谷真佐子という女性が、近所の女子高生を悪魔から守ってやってほしいという話を持ち込んでくる。
場所:明淑学院高校(お嬢さん学校)の校庭。魔法陣を描き、悪魔召喚の儀式実施。
被害者:遠藤沙也香以外の3人が入院。1人は部活中に大怪我。1人は交通事故に遭う。
   1人は肺炎を起こして入院。
現地検分には少年育成課の捜査員沢渡が同行することになる。学校で聞き込みも実施。
沙也香と面談すると、魔法陣は好奇心からだと言うが、何かに怯えている様子である。
沙也香の説明は、沢渡にもヒントになる。

「人魚姫」
あるT字賂で頻繁に交通事故が起こる。T字賂近くの大木を切ったのが原因だという住人がいる。そのため、R特捜班に交通課から相談がかかる。
場所:鎌倉署管内。新興住宅地にあるT字賂付近。
被害者:大小合わせて5件の事故が発生。衝突事故、接触事故など。
R特捜班はその現場に案内してもらい、現地を検分する。同行した大悟は、そこで、林を背景にして佇んでいるきれいな若い女性を眺めることになる。トラックが通りすぎるとその女性はいなくなっていた。大悟はR特捜班の連中に、立っていた女の人のことを告げるが、誰も見えないという。その夜、大悟は夢を見る。その後、大悟に変化が現れる。
 この作品では、大悟が当事者の一人になっていく。「あんたは、ちょっとおかしい」と数馬に言われる立場になる。

 なかなかおもしろい事件簿に仕上がっている。軽く楽しみながら気楽に読めるところがよい。

 最後に心霊について、R特捜班が語る説明をいくつか抽出しておこう。これもひとつの説明方法か・・・・・。
*霊というのは、潜在意識がそのまま裸になって残留しているようなものです。霊自体が直接コミュニケーションしてくることはほとんどありません。・・・・ただ存在するだけです。 p29
*何か明確な意思を持った霊は、言葉を用いてその意思を伝えることはできませんが、示唆したり暗示したりすることはできます。・・・だから、宗教的体験というのは、暗示に富んでいるわけです。メッセージを受ける側の受け入れ準備が必要なのです。 p29-30
*もう一つの方法は、現世に生きている人間の肉体と脳を一時的に拝借するのです。・・・憑依現象です。しかし、これには危険がともないます。霊のメッセージは憑依した宿主の脳の制限を受けるのです。
 霊が何かのメセージをインプットしても、宿主の脳でニュアンスが変えられてしまったり、言葉にすることを拒否されたりすることがあります。宿主は、操られているわけですが、宿主にも自我がありまうから・・・・。霊の意思と宿主の自我がぶつかり合うこともあります。  p30
 霊媒師や憑依された人物の記憶や潜在意識によってバイアスがかけられる場合が多いのです。 p165
*霊障などというのは、ごく稀にしかない。  p58
*狐憑きなんて、そうそうあるもんじゃない。たいていは、精神的なトラブルを、周囲の人間がそう思い込むんだ。  p94
*血は霊の媒体になる。  p152
*人が大勢集まる演劇なんかのホール。人が集まるということは、霊も集まるということだ。 
 良くも悪くも、情念が凝り固まる。激しい思いが交錯するばしょですからね。人はその魔に魅せられるのよ。もともと舞台というのはそういうものなの。観阿弥・世阿弥の能の幽玄も言ってみれば、一種の魔よ。   p153
*魔はただの概念だ。人と人との関係性や、人と気候風土の関わりの中で生まれてくる忌み事だ。  p183
*魔法陣は霊能者や魔術使いの能力を増幅させる効果がある。本当に能力のある人が使えば、悪魔召喚だって不可能じゃないだろう。 p198


ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


心霊現象がどう扱われているか、少しネット検索してみた。
まあ、脇道への踏み込みであるが、一覧にまとめておきたい。

心霊現象 :ウィキペディア
憑依   :ウィキペディア
霊魂   :ウィキペディア
Spirit From Wikipedia, the free encyclopedia
幽霊   :ウィキペディア
Ghost From Wikipedia, the free encyclopedia

憑依現象と除霊について :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
悪霊に憑かれやすい人の性格と、憑依から脱却する為の心掛け
霊能者 :ウィキペディア
本物の霊能者とニセ霊能者の見分け方 :「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
霊能者 NAVERまとめ
 
ノロ :ウィキペディア
ユタ :ウィキペディア
イタコ:ウィキペディア
最年少のイタコが告白する知られざるイタコの世界  :「ダ・ヴインチNEWS」
日本三大霊場 恐山 :「むつ下北観光案内」
青森・イタコ信仰殺人事件 :「事件録」
 
超常現象 :ウィキペディア

 

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版