遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『膠着』  今野 敏  中央公論新社

2014-04-24 16:56:29 | レビュー
 著者の作品を結構数多く読んで来ている。しかし、著者がビジネスものを書いていたことを知らなかった。本書が私にとっては著者のこのジャンルとのファースト・コンタクトである。他にビジネスものがあるかどうか・・・無知である。

 さて、「膠着」というタイトルは私の読後印象では違う局面を重ねていった掛詞だったんだ、ということになる。

 主人公は丸橋敬太。三流私立大学を出て、就活に苦労しようやく入社できた会社がスナマチ株式会社で、営業部に配属された新人さん。かつては砂町糊本舗という名前の糊の販売業者だった。それが伝統的な糊の他に、ラテックス系や合成樹脂の接着剤、瞬間接着剤なども手がける接着剤の総合メーカーになった会社である。まさに「膠着」を売りにする。
 丸橋が入社して1カ月の研修を終わり配属になったばかりで、この会社が敵対的TOBで狙われているという噂がたち始める。社内には現在の経営体質の改革を志向する役員と旧来の経営体質維持派がいそうなのだ。年功序列体制肯定派と能力主義肯定派の存在。TOBをかけて来そうな会社はスリーマーク。資本金は約200億で、スナマチのざっと400倍。TOBされてしまえば、能力主義が吹き荒れるのが必然。この噂の中で、社内にはTOBからみのスパイがいるのでは・・・という状況が出始めた。
 丸橋にとって営業の師匠は本庄史郎。やり手の営業マンである。丸橋がマルコウからの受注を一桁大きく間違えて伝えた結果、納品トラブルになった案件を本庄に尻ぬぐいをしてもらうところから、ストーリーが始まる。営業部には庶務担当の内田真奈美がいる。短大卒で敬太より4年先輩、年は2歳だけ上。彼女は本庄がスリーマークのスパイではないかと疑っている。現時点では真っ白の丸橋にそれとなく本庄をさぐってほしいと依頼する。一方、本庄は内田が能力主義賛成であり、現経営体質に不満を抱いていて、某役員とのつながりが有りそうだといなしている。本庄はやり手で何でも売る自信の持ち主で実績もあるが、現在のスナマチの雰囲気が好きなのだ。そして内田がスパイではないかと思っている。丸橋に、内田にそれとなく目を配れと指示する。両者の板挟みになって、丸橋はスパイあぶりだし問題に悩む立場に投げ込まれる。真のスパイはどちらなのか。社内にほんとうにスパイがいるのか。疑心暗鬼のまま、心理的に「膠着」状態に悶々とする。この悩みのプロセスがけっこう読んでいておもしろい。

 さらに、受注ミスの尻ぬぐいで助けられ、その対策で落ち込んでいる丸橋は、本庄の一言で、御殿場工場に舞い戻ることになる。西成澄雄営業課長から本庄は御殿場工場の会議に加わるようにと命令を受けたのだ。丸橋を一人にしえおいても仕事にならないし、課の方針で丸橋の面倒をみると決めているためだと言う。これが発端で、丸橋は本庄に同行し、プロジェクト・チームの一員のなる羽目となる。
 そのプロジェクトとは、新製品の開発が失敗したために、その打開策として利用方法を検討するというものである。新製品開発でできあがったものは、接着能力のない接着剤だという。この会議を招集したのは社長の息子である常務の園山ジュニアなのだ。開発失敗が公になれば、株価が下落し、スリーマークの公開買い付けを早める危険性があるという。そのために、なんとしても失敗ではなく、新規用途を発見するというのがチームに課せられた緊急課題なのだ。接着能力のない接着剤の用途があるか?それは何か? 会議が果てしなく続くが、精鋭チームメンバーとはいえ、良いアイデアが出てこない。会議進行は停滞し、「膠着」状態になっていく。この会議での応用用途のアイデア発想にプロセスが大きな状況展開への軸となっている。この会議がこの作品の主軸でもある。
 新入社員の丸橋は会議の進行につれて、その討議内容に少しずつなじみ始め、理解が高まっていく。頭の隅に何かひかかかるものを感じながら、それがつかめない、言語下できないというもどかしさ、思考の「膠着」状態を感じながら、会議に参加する。

 何重にも重なる「膠着」状態が続く。その過程でスナマチの株価が急落する。そして遂にスリーマークがスナマチの株のTOBを発表する。新製品開発失敗の情報がリークしてしまったのか。この危機的状況の中で、どのように、何がトリガーとなって「膠着」が打開されていくか、その展開が読ませどころとなる。
 
 表のテーマは新製品開発失敗と見える現状の打開作として新規用途を発見する。新製品開発成功の発表により、スリーマークによるTOBを妥当するということである。そのプロセスで新入社員丸橋がどんな貢献ができるのか、丸橋の活躍が読ませどころである。
 一方、この作品は、丸橋と同時進行する形でそれぞれの立場の企業人がそれぞれの思考を二転三転させていく流れを描き込むことが陰のテーマになっているのかもしれない。

 いくつかの意外性を盛り込みながら集結するビジネス・ストーリーである。けっこう楽しみながら読了した。

 ご一読ありがとうございます。


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


 この作品に出てくる用語のいくつかを検索してみた。一覧にまとめておきたい。

株式公開買い付け 事業再生用語集の解説 :「コトバンク」
株式公開買い付け :ウィキペディア
TOBとは? :「初心者の株式投資道場」
 
接着基礎知識 :「セメダイン」 
 接着のメカニズム 
 接着のプロセス
 接着剤の選び方 
 「画材教室 第3室」
にかわについて・・・  :「馬場建商店」
ゼラチン :ウィキペディア

瞬間接着剤 :ウィキペディア
シアノアクリレート :「日本化学物質辞書Web」
瞬間接着剤とは何なのか :「有機化学美術館・分館」
 
冬のエポキシ :「a-rchery.com」
重合反応 :ウィキペディア
 
粘着テープの歴史 :「Nitto テープミュージアム」
ヌーブラ  :ウィキペディア
高分子ゲル :ウィキペディア
グリース  :ウィキペディア
シリコーングリス :「IT用語辞典 e-Words」
 
JAXA ホームページ
 


  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)