遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『スクープ』 今野 敏  集英社文庫

2014-05-22 08:52:42 | レビュー
 『クローズアップ』(2013.5)、『ヘッドライン』(2011.5)と遡り読み継いだ原点がここにあった。2009年2月に改題し文庫本化されたのである。原題は『スクープですよ!』(実業之日本社)として1997年9月に出版されていた。このスクープものシリーズの原点は短編小説7篇から構成されていたのだった。

 主人公は「東都放送ネットワーク・報道局・布施京一」である。TBNテレビ報道局の看板番組『ニュース・イレブン』の遊軍記者である。直属の上司はこの番組のデスクの一人、鳩村昭夫。報道畑一筋の生真面目な男。布施京一のような行動をとるタイプを理解できないと普段から思っている。このニュースショウのメインキャスターは鳥飼行雄でベテランのアナウンサー。女性キャスターは契約ベースの香山恵理子で、美人でスタイルがよく、物腰もやわらかで、セクシーな女性のため、番組の人気に大きく寄与している。布施は香山のスタイルや服装などをさらりと褒めるので、香山は布施を気に入っている。鳥飼と香山は布施がしばしばスクープをものにするので、その実力を買っている。鳩村が布施の行動に不満を言い、批判すると、彼らは布施の実力を認め、布施をかばい支援する側に立つ。鳩村は布施に対しては管理職として憎まれ役になる。文句を言いながらも、布施という人間が気になって仕方がないのだ。こんな人間関係の中で、布施がどのような状況から『ニュース・イレブン』にスクープを時折もたらすのか、それを語るのがこの短編集である。

 事件において報道記者に対するのが警察。このシリーズでは警視庁捜査一課の黒田祐介部長刑事が主な登場人物になる。刑事は記者を毛嫌いし近づけさせないものだ。なぜなら記者は刑事から情報を引き出し、スクープを得られることを狙っているだけだから。しかし、黒田はこの布施だけは近づいてくることを毛嫌いしない。どこか引きつけられるところがある憎めない男なのだ。時にはある意味で相棒的存在にすらなる。そんな不思議な関係性として作品化していくところが、ちょっとおもしろい。刑事と記者の癒着ではない。良い意味のギブ・アンド・テイクの関係である。
 そこにちょっと三枚目的役割で配されているのが東都新聞社会部の遊軍記者・持田豊である。黒田刑事からみれば持田は毛嫌いしたいタイプの記者。ネタがほしさに黒田に夜回りをかけてくる。布施を介することによって、なんとか黒田に少し近づける存在として描いて行く。布施と持田は同系列にあるマスメディアであり、布施は映像、持田は活字という報道畑の違いにより、直接的な競合ではない。そのため時には持田の情報ルートが有益な場合がある。そんなところがこのストーリーに広がりと奥行きを加える情報提供者の役回りにもなっている。
 
 一応本書では、第1章から第7章という風に章立てになっている。しかし、それそれが独立した短編でありどの章から読んでも支障が無い。短編なので筋はストレートで比較的シンプルである。スクープを獲得するための裏話集といったところか。布施京一がときにはちょっと危ない橋を渡っていると思える場面もある。一遍ずつで見れば、短時間のすき間時間をうまく楽しむ手段になるエンタテインメント作品と言える。

 短編の筋を語れば、おもしろみが半減するので、簡単なご紹介を要素風に記しておこう。
1.スクープ
 When : 解散含みの政権奪回が政治面でニュースになっている頃
Who : 友坂涼35歳独身。かつての人気アイドル。今は比較的地味な役者。離婚あり
Where: 友坂に誘われ、布施はとあるマンションまで同行する。
What : 覚醒剤所持及び使用
Why : 現行犯逮捕。だが実は、友坂が利用していたマンションの所有者こそ狙い目
How : 布施は独自の取材網から六本木での芸能人の覚醒剤パーティの情報を入手
 布施も時にはさりげなく仕掛けていくというストーリー展開の妙味

2.傷心 HEART BREAK
 When : 深夜2時過ぎ。保守系新党の再編が画策されている時期。
Who : 若手女優沢口麗子。元婚約者Jリーガー加瀬陽一は別の婚約者と結婚式挙行。
Where: 東名用賀インター付近での車5台の玉突き事故。
What : 事故の負傷者の一人に関東興志会組員・南雲俊二がいた。
Why : 沢口は失意のどん底? 事故/自殺? 南雲に布施は目をつけた。
How : 芸能畑の連中は失意の自殺という線で殺到。布施はそれをクールに傍観する。
 見落としがちな事実に目を留めた布施がたぐり寄せていく情報の結末の意外性

3.遊軍記者
 When : 深夜。
Who : 東都新聞記者持田豊。中国人娘ミンミンと遊ぶ布施。
Where: 新宿歌舞伎町の雑居ビル1階の中華料理店。
What : タレコミで警察の手入れがあった。
Why : 持田は麻雀賭博の現場への潜入取材を意図。
     ミンミンが布施に言う。「明日は、歌舞伎町に来ないほうがいい」と。
     布施はその裏の意味をくみ取る。布施は黒田にあることを伝える。
How : 持田は流氓の人脈を見つける。布施は中国美人と知り合いになっていた。
潜入取材に力む持田と自然体でどこにでも入り込む布施のコントラストのおもしろさ

4.住専スキャンダル
 When : 住専問題がトップニュースの時期。
Who : 元アイドル歌手の栗原弘美。立原美香(栗原と同じプロダクション)
Where: 新宿のラブホテルの一室
What : 栗原が遺体で発見される。
Why : 急性心不全。覚醒剤使用疑惑あり。
     栗原が高級デートクラブに関係していたことを布施は立原から聞く。
How : 布施は立原と仲良くなっていた。
 住専の不良債権の回収問題に絡めた色と欲の物語。ありそうな・・・・。

5.役員狙撃
When : オウム真理教の幹部に坂本弁護士の取材テープが流れた頃
Who : 狙撃されたカシマ電器役員、大手広告代理店の社員、新宿のポン引き
     クラブ「エルザ」のホステス、「ロココ」のソープ嬢
Where: TBN放送局、歌舞伎町、
What : 報道の綱紀粛正と報道姿勢
Why : 狙撃犯人の逮捕。そこには裏があった。
How : 布施が歌舞伎町で情報源・ゼンちゃんからあるネタを仕入れる。
 大企業の絡む事件には隠しておきたいウラがあるというお話

6.もてるやつ
 When : ビッグカップル折原沙枝と朝霞勇次の婚約発表の時期。深夜~明け方前。
    (元アイドル歌手で今は26歳の大物タレントと35歳の野性味ある二枚目俳優)
Who : 「ポルテ」のホステス・長岡由香里(その前は池袋のキャバクラ「ワイルドキャット」)
Where: 長岡の自宅・麻布十番のマンション
What : 殺害(絞殺)される。
Why : 容疑者として長岡の元彼氏・野島博史が連行される。布施は疑問を抱く。
How : 布施は「ポルテ」にボロルを1本入れて、ホステスのカズミの話を聞く。
     布施は黒田刑事からとんでもない役割を頼まれる。それが事件解決の鍵に。
 「もてる男の気持ちがわかるということかしら?」(香山恵理子)
 「他人の気持ちなんてわかりゃしない。でも、それが想像できなくなったら、記者なんてやめたほうがいいと思う」(布施京一)
 この短編の末尾の一行の布施の言葉、とこの会話とのコントラストが絶妙である。

7.渋谷コネクション
 When : 11時の待ち合わせ
Who : テレクラの少女リナ、間島憲久、少年シュウ(後日、死体で発見される)
Where: 渋谷、109の前での待ち合わせから事件が始まる
What : フリーライター・間島がオヤジ狩りに遭う。リナはオヤジ狩りに無関係
Why : 事件は援助交際が目的とみられたが、その裏には・・・・
How : 布施は、しばらく姿を消すと言い、潜入取材に入る。布施は間島の狙いを推測
     香山恵理子はニュースキャスターの枠を出て、現場取材活動をめざす。
 布施がヘッドハンティングに遭っているという噂が流れている中での、布施にはめずらしい潜入取材行動。間島が覚醒剤を追っていたことを知る布施。ドラッグの背景を見つめた短編である。

 意図的かどうかは知らないが、それほど時代背景を意識することなく読める短編集である。それどころか、季節感すらほぼ捨象されてしまっている作品群だと感じる。つまり、いまこの現在に発生している事件という感覚で十分読める作品集だと思う。
 布施記者と黒田刑事のもちつもたれつのスタンスが生み出す事件解決プロセスがおもしろい。布施にとって、スクープをものにするのが目的ではなく、関心を抱いた事件を解決に導くことに主体があり、結果としてスクープとなる。そんなストーリーを楽しめる。
 自然体の記者・布施京一シリーズが継続されることを期待したい。
 本来なら、第3作を読んだ後の文に書くべき言葉なんだが・・・・。


 ご一読ありがとうございます。


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短編作品群の背景に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

薬物の種類と害悪 :「内閣府」
薬物事犯の送致人員(年次別) 統計図表 :「警視庁」
覚醒剤事犯の送致人員(職業別及び年次別)統計図表 :「警視庁」
薬物乱用の恐ろしさ 薬物に関するデータ :「警視庁」
合法といって売られてる薬物の本当の恐ろしさを知っていますか? :「政府広報オンライン」
覚醒剤 :ウィキペディア
超凶悪メキシコ麻薬カルテルと並んで日本のヤクザが「世界最大の国際犯罪組織」に認定。山口組・住吉会に続き、稲川会まで。遂に「日本のタブー」にアメリカ合衆国が切り込むか? :「JAPA+LA MAGAZINE」
日本の裏社会~薬物ルート :「朧月夜Hazy Moon night」
日本の裏社会~薬物ルートpart2 :「朧月夜Hazy Moon night」
【閲覧注意】覚醒剤ビフォー・アフター顔写真20選 :「ROCKET NEWS 24」
 
住宅金融専門会社 :ウィキペディア
住専処理(住宅専門金融会社の処理) :「現代キーワードQ&A事典」
 


  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その点、ご寛恕ください。)




徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

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