眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

読書体験

2019-08-28 02:57:58 | 夏休みのあくび(夢追い特別編)

 面接へと向かう途中の道で水をかけられた。

「おーい! 今、水がかかったぞ!」

「あー。ごめんよ」

 自分の気持ちを前に出して言えるようになった。以前とは違う自分が誇らしかった。胸を張って、面接会場の公園に足を踏み入れた。

 専務は砂場の縁に腰掛けて待っていた。

 僕は慎重に名乗ってから、懐から履歴書を取り出そうとした。けれども、専務は手でそれを制して先に自分の鞄を開いてみせた。中から取り出したのは、自らが開発した自慢の新製品だという。

「昨日会社をやめてきたんだ。だからもう専務じゃない。ということは、もう君は必要ない」

 元専務は、わかりやすく立場と事態の変化を述べた。

「おじさん、何言ってるの?」

 素直に引き下がるのも、何か違う気がした。

 滑り台の頂上では鴉が列を作り、順番を待っていた。

 

 

 

 机の上で組み合う彼女の腕には思わぬ強さがあった。

「腕を鍛えているね」

 無惨な敗戦も頭を過ぎった腕相撲の勝負には、辛うじて勝つことができた。面目を保った部屋の空気は穏やかだったけれど、ゴミ箱の中にTシャツを見つけた。

「捨てたの?」

 まだ捨てるほどに草臥れてはいなかった。

「落としたの」

 奇妙な落とし物をする人がいる。人は、まあ色々だから。色んな人に会う度に、自分の感覚に修正を迫られてきた。何が正常かなんて簡単に言えず、人とつき合うことはすれ違うような経験の連続だ。時には、とても苦い。

「拾っておいて」

「僕が?」

「そうよ」

 どうしてそんな馬鹿なことを訊くのというように、響いた。昨日の僕なら、すぐに拾うことができたかもしれない。けれども、急に体が重く感じられ、腰を屈めることも手を伸ばすこともできなくなっていた。

「もう色々と嫌になったよ」

「そうなの?」

 驚いたように彼女は言った。ショックを受けた風ではない。

 

 子犬が迷い込んで来た。子犬だけではなく、少し離れたところに大型犬の影が見えた。

「来ちゃ駄目」

 おいで、おいで、と誘われているように、子犬はゆっくりと近づいて来た。周りを警戒する様子はない。手が届きそうな距離まで来たところで、突然、後ろの犬が猛ダッシュをかけて子犬の横に並んだ。

「六円貸してください」

 大きな犬は口を開いた。針と糸を買うために必要だと言った。

「そうなの?」

 事情はよくわからなかったが、深く問い詰めても仕方がないような気がした。犬の目には、どこか訴えかけるような力があった。庭先に待たせて、貯金箱を取りに行った。小銭くらいなら、用意できないこともない。

「お腹空いていない?」

 犬は並んで行儀良く待っていた。痩せこけているというほどでもないが、じっと待っていた二匹の姿を見ると何か心配になった。遠い街から、やって来たのかもしれない。断られ続けた末に、たどり着いたのかもしれない。あと少しで飽和に近づいていた貯金箱を庭先にぶちまけた。犬は、鼻先を五円玉の穴に向けて近づけた。これだよと教えるように、子犬の方を向いた。

「もっと取っていきなよ!」

 針と糸を買うのにだって、もっと必要だろう。一緒に、おいしいものでも食べればいいんだ。せっかく、ここまで来たんだからね。遠慮を解かれて、二匹は微笑みながら尾を振った。

 母は五百円、子犬は百円玉にキスをした。

 

 

 

 誰かの感想を自分の感想に置き換えて九月の教室で読み上げた。人の考えることはそう変わらない。これが自分の考えだとして何も不思議はない。声に出すほど自信が湧いて来るようだった。

「猫も魔女もこの話には出てきませんよ」

 先生、それは先生の感想でしょ。僕は僕自身の読書体験を今しているのです。先生のとは、まるで違って当たり前の。

 猫はたくさん出ましたよ。魔女ならその何倍も出たはずです。なぜかと言えば、猫の後ろにはそれぞれたくさんの魔女達が隠れるようにして、夢のような企みを秘めながら存在していたからです。

「ねえ、先生」

 先生は一つ大きなあくびをした。

 大きな大きなあくびの中に、みんなの夏休みは吸い込まれて行く。

 

 


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