眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ベガーズ・バンケット

2013-08-19 20:36:21 | 夢追い
 文具セールの通知がメールで届く。1300円のセットが780円に下がっていたものが、ついに0円になったとのこと。
「それにはちゃんとからくりがあるのよ」
 姉を中心とした家族が、うまい話に乗ってはいけいなと僕をセールから引き離してしまう。姉の説明を聞くと納得するが、少し間を置いて考えてみるとまたわからなくなる。とにかく0円なのだから、一旦手にしておけば、後で買うことを思えばその分だけ得であるように思えてくるのだが……。
 夜の間はおとなしくしていなければならず、PCを開くこともできなかったので家を出て行くことに決めた。店の前に座り込んで、ベガーズバンケットを抱いていると、見知らぬ男が近づいてきて僕のすぐ傍に座った。僕は意地でも動かない。そうしていつまでも店の前で場所取り合戦をしていると、とうとう店主か出てきて、僕にベガーズバンケットを譲ってくれた。歩きながら中身を確かめると、大きなレコード盤は既に傷だらけで、とてもちゃんとした音を出すとは思えなかったけれど、それに重ねるようにして透明な再生用のレコードが入っているのを見つけた。けれども、既に父は亡くなってしまい、レコード針を扱える者もいないのだと思うと、余計に空しくなるような気がした。

「曜日によって犬が来ますから」
 新しく空き家を使うという親子に、介護に来る犬の説明をした。
「火曜の犬には特に注意してください」
 それはまだ人間に完全に慣れていない犬で、人の物を勝手に盗んだり壊したりするので、本当はメンバーに入ってはならない犬だったけれど、急な欠員が出たため、仕方なく採用された問題のある犬だったのだ。ちょうどロケットが飛ぶ日に、僕は空港に向かって歩いていたのだった。
 青い風船ロケットが、ゆっくりと街の上を横切っていく。あまりにもゆっくりとした様子には、何か不穏な空気が漂っていて、上昇するというよりも大地に引かれているという感じに見えた。だんだんと高度を落とし、もう少しで工場の屋根の裏に消えてしまいそうだった。風船の頭から薄っすらと黒鉛が上がっているようにも見えた。
「ゴーン!」
 屋根に当たって、大晦日の鐘の音のように鳴った。こんなことは今までにあったことがなく、何か不吉な予感がして、家に引き返すことにした。



 妹がパジャマのまま屋上に駆け上がっている。
「とめろ!」
 母も、姉も、兄も、あたふたとして、何もできないでいた。それは一見して紛れもない異常行動に違いなかった。
「抱きしめろ!」
 飛び降りでもしたらどうするんだ。僕は遠くから必死で訴え、その声にようやく応えた姉が駆け寄って妹を抱きしめた。
 抱きしめていると小さな妹は姉の手の中でむくむくと成長して、巨大な男となり姉の体を弾き飛ばした。代わりに兄が駆け寄ってなんとかしようとするが、凶暴化した弟の手足によって返り討ちにされてしまう。顔も形も突然変異したそこにもはや可愛い妹の面影は1つもなく、完全な別人であったけれど、僕らの中の現実を捉え切れない何かが、彼を弟として認めさせていたのだった。それはもはや助ける対象ではなく、むしろ家族が団結して戦うべき相手になったように見えた。弟は筋肉質の裸体を真昼の月にさらけ出しながら、狼のように吼えた。

「サッカー一筋なんて、みんなうそだったのよ!」
 姉は、突然できた弟の歴史を振り返って責めた。
 兄は肘を押さえながら壁を背にして立っていて、そのすぐ近くで母と姉は身を寄せながらしゃがみ込んでいた。
「柔道でやっつけてやろうか」
 壁に向かって、兄がつぶやく。
「まだそこにいるよ!」
 生まれたての弟が振るヌンチャクが風を切る音が間近に聞こえていた。
「構わんよ」
 兄は、短く言った。


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