眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

車輪の下

2010-06-11 12:41:40 | 猫を探しています
 車輪の下の辺りを覗き込んで探してみた。いない。次の車輪の下へ移り、探してみた。いない。偶然に見つかったりするのは、お話の中だけなのだ。現実の世界では、都合の良い偶然などそう起こりえない。猫を探しに行く途中で突然に雨に襲われたり、バスと並んでいつまでも走り続けること、そんなことは不可能に違いない。そして、僕は次の車輪の下へ移り、そこに猫がいるかもしれないと思って探した。車の上に、怪しい人影が動いた。
 車上荒らし!

「何をしてる!」
「車上を荒らしているのだ!」
 車の上から、サルは言った。まるで怒っているようだった。
「何を怒っているんだ?」
「車上を荒らしているんだ!」
 サルは、繰り返した。けれども、動かなかった。
「下りてきて話したらどうだ?」
「おまえが上がって来い!」
 サルは、中指を突き立てながら叫んだ。声が金属的に響いた。
「そしたら、僕も車上荒らしになってしまう。だから、ダメだ!」
 と僕は言った。ミイラ取りがミイラになってしまうようにな、と心の中で付け加えもした。

「おまえは誰だ? こんなところで何をしている?」
 サルは、見下ろしながら問いかけてきた。
「僕は、猫探しだ。猫を探していたんだ」
「だったら何だ?」
 サルは、鬼の首を取ったように言った。歯を見せているが笑っているようでもない。
「おまえこそ何してる?」
「俺は、車上荒らしだ!」あまりにも堂々と言った。
「だが、それはおまえの決めたことで、真の俺ではないぞ!
おまえの方こそ、やまあらし、もりあらし、地上あらしだ!
おまえも、おまえも、おまえも、そして、おまえもだ!」
 サルは、車をだんだんと踏みつけながら言った。
「僕は、ひとりだぞ。今ここにいるのはひとりの僕だぞ! 車上を荒らすな! 言ってやるけどよくないことだぞ!」
 呼びかけるように、サルの眼を見つめて言った。

「そこに車があるから、上っただけだ!」
「山に登るみたいにか?」
「そうだ!」
「だが、山に登るのは自然だが、車に登るのは不自然だぞ。とても、不自然だぞ! 下りなさい!」
「おまえに自然を語る資格があるのか!」
「下りてきなさい! 下りて話そうじゃないか」
 だんだんと、首が疲れてきたのだ。それに見下ろされている感じが不快でもあった。けれども、サルは一向に下りてくる様子がなく、一層激しく車の背中を踏み始めた。手を叩きながら踊り始めている。どこかで覚えたタップダンスのようにも見えた。

「楽しいか?」
 サルは答えなかった。背中を向けて踊り始めた。
「でも、車のせいにするなよ!」
 僕は、もう半ば理解を求めることは諦めていた。けれども、一瞬の理解、共感の欠片のようなものが欲しくて言っているだけだった。
「車は悪くはなかったよな?」
「くやしかったら、上がってきて、踊ってごらんよ」
 友達のような口調で、急にサルが言ったので、一瞬馬鹿げた誘惑に駆られそうになった。
「おまえはどうなの? 猫は悪いの? どうなの?
猫のおかげで、猫を探していられるんじゃないの?」
 そう言って、サルはステップを踏むのを止めた。車の上であぐらをかいて、両手の指を組み合わせるとふーっと息を吹きかけた。
「それはそうだけど……」
 予想していなかったことに、サルの言葉の方におかしな共感を覚えてしまう。僕は何だか恥ずかしくなって、サルに背を向けて歩き出した。その時、突然雨が降り出して、僕は走り出したのだった。どこかで短くクラクションが鳴る音を聞いたような気がしたが、それはすぐに雨の音に呑み込まれてしまった。


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