眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

眠れない夜にワンルームで小説を

2024-08-14 19:17:00 | ナノノベル
 立っていられないほどに眠い。バックグラウンドで何かが鳴っている。赤いギターを抱いた謎の集団が夜明けのように浮かび上がっている。何の証拠を隠し持っているのだと言って犬が執拗にお腹をつっついてくる。違うんだ。これは本当の時じゃない。どれだけ努力してもパスコードはまだ認知されない。心細い待受画面が辛うじて入力を受け付けている。次は、まだ何かありますか? はっとして目を開く。ちゃんとしなきゃ。歯を磨いて安心してベッドに潜り込む。途端に目が冴えてくる。今度はどう頑張っても眠ることができない。眠れない夜がまた目を覚ましてしまった。
 ずっと立っていたがバスは止まらなかった。何かを引きつけるには僕の声はまだ小さすぎた。朽ち果てた椅子の上で優しい訪れを待つ間に、見知らぬ者たちの足音と冷たい季節が通り過ぎて行った。

「また春だね」
 おばあさんが隣に立っていることに気がついた。
「ほとんどのものは失われていく。けれども、それは消えてしまったのではない。どこか別の場所を見つけて移っていったんだよ」
 おばあさんはそう言って飛び立つと雀たちがくすくすと笑った。僕はずっと不機嫌なままだった。

(何が面白いの?)
 何かは別に決まっていない。ある時におかしみを見つけた者が面白く、見つからなければ、永遠に面白くはないのだ。
 吹き抜けた風が、多くの通り過ぎたもののことを教えてくれた。朽ち果てた椅子の上で、僕は訪れないバスを待ち続けた。ほんの一行でいい。ただ扉を開けて招き入れてくれればよかったのでは。真夜中になっても何も光らない。眠れない夜はもう始まっていた。果てしなく長い空白の時間。ずっと遅れてやってきた理解が、自分が作者であることを教えてくれた。待っているだけでは何も訪れはしない。

「ここはどこ?」

 最初の問いは永遠の問いだ。

「コーヒーは美味しいですか?」
「いいえ。コーヒーカップがとても白いです」
「バイオリンの演奏はありますか」
「いいえ。ゆるゆるとしたものが右脳に立ち上がるでしょう」
 枕がマグロに入れ替わったとして、会話は何事もなかったように続いていくのを僕はみた。終わらない枕投げの中を、マグロは平然と泳ぎ続けていたのだ。待合室にやってきた名探偵は客の懐に容易く入り込んだ。好みのタイプから白ワインを引き出すと悩める患者の心をミステリータッチに転がしてみせた。おかげで診察時間は終わって先生は家に帰ってしまう。
「とてもまとめることなんてできない」
 家の荷物が多すぎたのだ。守りを放棄して現状を打ち破るための方法を、彼はずっと模索していたのだった。
「自由への愛があふれるようになったらそれは私の望んだこと。みんな置いて行きなさい。殻を破って飛び立つ時がきたのです」

「美味しいお茶が入ったで」
 ゾンビが横から入ってくる。うるさい、向こう行け。父がわかりきったことを言うために降りてくる。わかってる。僕なりにちゃんと頑張ってる。猫が缶詰をパズルにして遊んでいる。うるさいな、もうみんな帰ってくれ。彼らは鍵がかかっていてもまるでお構いなしで入ってくるので手に負えない勢力だった。夜毎部屋の中に入ってきては、僕の精神世界を邪魔するのだ。だから僕は自分の部屋が嫌いだった。一刻も早くここから抜け出したい。エアコンの風で肩が冷える。窓を開けるとピアノの音が聞こえた。女が地上で演奏をしていた。すべての干渉が行く手を阻もうと企んでいる。出し惜しめば僕は小さくなって行くばかりだ。放出し続けなければ僕は生きられない。

「痛かったら左手を上げてください」
 歯科医は僕を椅子にくくりつけてから語りかける。まだ何もしてませんよ。フライパン返します。お父さんみえてますよ。はい猫が横切ります。明日は雨ですよ。自転車左です。ちくっとしますよ。次はギリギリしますよ。ドリルがねじ込まれ奥歯にサイコロが埋め込まれようとしている。歯科医は僕を運任せの人間に改造するつもりだ。
「やめろ! 痛い! もうやめてくれ!」
 叫んでも声にならない。延々と続くギターソロの中で風が僕の頬に触れる。お餅が入ってぷくっと膨れた頬だった。

 母星から遠く離れた場所に僕らは残された。船は近くを度々通り過ぎるが、最接近し着陸する様子は見られなかった。ここは関心の座標に含まれていないのだろう。持ち合わせのソースが、救出までのタイムリミットとされていた。楽観的だった初期は、先も考えずにまっすぐにソースを使った。時が経つにつれて徐々に慎重に放出するようになったが、補充なきものの先は決まっている。
「空っぽになるまでに来なければ、そういうことだ」
 先に尽きたのは友の方だった。
(すべて終わったよ)
 そんなことがあるものか。忘れられるには、僕らはあまりに惜しいのだから。

「まだあるはずだ!」
 振り上げたソースはもう下ろせない。君が出ないとしても、僕は違う。
「あきらめろ。僕らは同じ時に来たのだからね」
 空っぽになったのはソースじゃない。胸の中の希望なんだ。
「おみくじは待つもの。ソースは自ら絞り出すものだ!」
 僕は最後の力を込めた。
 別に多くを望むわけじゃない。たった一日が輝いたなら、人生は大事にとっておくこができる。(ここにしかない)一握りの実感を求めて僕はここまで来たのではなかったか。
 宇宙の果てに近いから、きっと発見が遅れているだけだ。
 遠くを見つめた時、終わりは始まりのように光るだろう。

 窓を開けると女が下から布団を積み上げて僕の部屋まで迫ってきていた。ピアノの女だ。
「何をしてるの? ここは僕の部屋だぞ」
「わからない。だから人生はわくわくするのよ」
「僕の好みじゃない。他でやってくれ」
「いいえ。この布団はあなたのプロットです」

 不愉快な女だ。
 ゾンビの入れたお茶を飲んで落ち着こう。
(お茶じゃない)
 アップルジュースだ!
 カテキンじゃない。食物繊維の方だ。

 どこから吹いているのだろう。
 閉め忘れたのか。確かめてみてもどこにも隙間は見当たらない。僕の感覚は正常で、確かに冷たく感じられるのだ。それでは、いったい。
「あなたの知らないところからよ。あなたは全方向を同時に見渡すことはできない。振り返った刹那、今見ていた方は疎かになるの」
 見渡せないからどうだと言うのだ。
「君は誰だ?」
「好きだったでしょう」
 女はすーっと息を吐いた。けれども、僕にはそれが言葉として入ってくるのだった。
「苦痛が上回った時、みんな離れて行ってしまう。それでも好きは元の場所には残ってる。昨日できたことが今日はできない。今日できそうもなかったことが明日にはできる。人間は気まぐれなものよ。だからあきらめないで」

「ここはどこ?」

 最初の問いは永遠の問いだ。

 眠れない夜が明けることを夢見る内にとうとう僕は息絶えてしまった。ゾンビも父もドロボー猫ももういない。代わりにもっと多くの部外者たちが土足のまま僕の部屋の中に入り込んできた。僕の詩の深層を突き止めたいという欲望を抑えきれなかったからだ。

「心臓マッサージを!」

 胸にはパイロットが突き刺さっている。次の瞬間にもありふれた未来を拒みながらあらぬ方向を求めて駆け出していきそうだ。胸にはまだ強い意志、あふれるほどの未練が感じられる。

「その必要はない! 生きている!
インクが滲み出ているじゃないか。
だからこれは遺書じゃない。小説だ!」

 最期の時がきてようやく僕はみつけられることになった。

 ありがとう。
(やっと報われたんだ)







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