眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

僕は壁(猫の道)

2022-09-06 11:45:00 | ナノノベル
 僕がセンターを歩くのは通りを横切る時だけだ。
「ちょっとこっち向いて」
 不気味な道具を突き出しながら興味本位な人間が近づく。
「嫌だね。ただでモデルはやらないんだ」
 すぐに壁沿いまで避難する。壁にピタリと身を寄せて歩く。

(壁沿いを行け)
 遠い昔、母からしつこく言われた教えだった。
 壁は泣かない。何も馬鹿にしない。どこからも引き抜かれない。世間に関わらない。壁は簡単に飛ばされたりしない。壁は母だ。僕は壁だ。
(壁に身を寄せて。どんな時もそれを忘れないように)
 何者も入り込まないように、ピタリと体をくっつけて。広い世界を捨てることが生きていくコツだ。壁ある限り僕だけの道が続く。

「おいでよ」
 優しげな声に決してなびくことがないように。
 あいつが一歩一歩近づいてくる。
 ゆっくりならば騙せるとでも思っている。
 右も左にも逃げ道はなくなった。

(上をみろ)
 それなら僕は僕を越えて行くよ。

「残念だったね」
 あんたら人間には、とても越えられない壁さ。


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