僕がセンターを歩くのは通りを横切る時だけだ。
「ちょっとこっち向いて」
不気味な道具を突き出しながら興味本位な人間が近づく。
「嫌だね。ただでモデルはやらないんだ」
すぐに壁沿いまで避難する。壁にピタリと身を寄せて歩く。
(壁沿いを行け)
遠い昔、母からしつこく言われた教えだった。
壁は泣かない。何も馬鹿にしない。どこからも引き抜かれない。世間に関わらない。壁は簡単に飛ばされたりしない。壁は母だ。僕は壁だ。
(壁に身を寄せて。どんな時もそれを忘れないように)
何者も入り込まないように、ピタリと体をくっつけて。広い世界を捨てることが生きていくコツだ。壁ある限り僕だけの道が続く。
「おいでよ」
優しげな声に決してなびくことがないように。
あいつが一歩一歩近づいてくる。
ゆっくりならば騙せるとでも思っている。
右も左にも逃げ道はなくなった。
(上をみろ)
それなら僕は僕を越えて行くよ。
「残念だったね」
あんたら人間には、とても越えられない壁さ。
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