眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ポエムバー

2009-06-16 18:34:10 | 猫を探しています
 壁という壁には誰かが書いたポエムが貼られていた。壁とは呼べない壁、またそれ以外のいたるところにポエムは貼られているのだった。
 「すごいですね」
 「ずっと、昔からのもあります」
 「捨てられないのでね」
 見ると確かに随分と変色したポエムもあったし、破れかぶれのポエムもあるのだった。
 「けれど、もうだめです」
 バーテンダーは、微かにため息を漏らすと雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。
 「こんな時代だから……」だめな理由を並べ始めたようだったが、その声はジューサーの爆音によってかき消され僕の理解を阻んでしまった。
 「今日で閉めようと思っていたところです」
 コマツナスペシャルを飲みながら、話を聞いていた。
 「けれども、そういう時に必ず一人やってくるのですね」

 「ありがとう」
 お金を置いて出ようとするとそれでは不充分だと言う。
 「ポエムを置いていってください」
 笑顔で手を振りながら、僕は出ようとしたが、その時どこからともなく風が吹き起こり壁という壁に貼られたポエムを一斉に目覚めさせた。店中のポエムが、横殴りに襲い掛かってきては行く手を阻むのだった。天井から降りてきたポエムが、ドアノブに貼りつきロックをかけた。顔にまとわりつくポエムを、払いのけ丸めて放り投げると、僕は席に戻った。ポエムは静かに自分たちの場所に戻った。

 バーテンダーのくれたペンは、インクが出なかった。こうして振るとまだ出る時があるんですよ、と言いながら振ったがやはり何も出てこなかった。ペンを返すとバーテンダーは、それをポケットにしまった。僕は自分のポケットからペンを取り出した。

 「実は、書いたことがないんです」
 バーテンダーは、詩の薬を調合するように雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。

 「あなたのポエジーをひとしぼりしてください」
 そう言いながら、バーテンダーは緑あふれるグラスにレモンをぎゅっと搾り入れた。

 「一行も書けません」
 「一行なら書けるでしょう」
 「一行しか書けないのなら、書いたって仕方ないでしょ」
 「ははーん」
 バーテンダーは、そういうことかという顔をしてみせた。

 目を細めながら、言った。
 「けどね、一行を笑う者は一行に泣くんですよ」

 バーテンダーは窓の外に目をやった。
 「これほどの人が行き交っているというのに、足を止める人は稀だ」
 人の流れを見ようと窓の外を見たが、人の姿は夜に埋もれてまるで見えなかった。

 「僕は猫を探しているんです」
 「だったらそれを書けばいい」

 ----猫を探しています。

 「見つかりますよ」
 バーテンダーは、他人事のように言った。

 「続きはまたいつか書いてくださいね」



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