圧倒されそうな大画面の密集地帯を意味もなく歩いた。
そこは自分には無縁の世界だった。歩き回った後、ようやくロニーは気がついた。それから小さなノートブックが背中を広げた世界を、何度も彷徨った。その果てに、あるいはその片隅に見つかるかもしれないと思ったのだ。
けれども、それは見つからなかった。ロニーはドライヤーが風を溜めいてる辺りを歩き、ジューサーが果実を探している辺りを歩いた。そうして出口付近まで近づいたところで、オレンジの衣を着けた男に会った。
「ポメラはどこ?」
「カメラですか?」
ポを握りつぶすように、コジマは言った。
「いいえ、ポメラ」
「それはどういったものでしょうか?」
「ポメラじゃなかったかな? ほら3文字で……」
急にロニーは、ポメラの名前に疑心を覚えたようにコジマの顔色を窺った。
思いつくことは何もないといった様子で、男は目を開いていた。
「メールとかネットとかできない奴ですよ。
小さくて、ぱっとキーボードが開いて、文字が打てる」
けれども、コジマは厄介な謎々を出題されたメガネのように動かなかった。
「はー……。
はっきりした名前がわからなければ、お答えできないのですが」
立ったままロニーは目を閉じた。背中のリュックをかすめて、人々は大きな画面が集う場所の方へと流れていく。
えーと。3文字なんだ。
「ポミ、メラ、ホイ、ポメ、ドメ……
ポトフ、ポト、パト、パペット……
ポメラ」
不思議な呪文を唱えても、劇的な変化は何も起こらず元の場所へ返るだけだった。ロニーが目を開けると、コジマもまた目を閉じて考えているのだった。
「あれは、家電ではないのかな? 何もできないから……」
コンプレックスを抱え込んだように、ロニーはつぶやいた。
「文房具かな?」
「どこにでもおともします。って、
テレビでよくやってるでしょう。
見たことありませんか」
「ないですね」
「問い合わせが、殺到しているでしょう?」
「ありません」
「ポケットに入るくらいの……」
ささやかな魅力を伝えるように、ロニーは左手を広げて見せた。
「……」
「ポメラはどこ?」
「翼竜は7階になります」
「ありがとう……。 翼竜?」
エレベーターを降りると、ノートブックが、それぞれのポテンシャルを歌いながら待ち受けていた。
赤い服を着た男に、ロニーは訊ねた。
「ポメラはどこ?」
「ポメラ? 少々お待ちくださいませ」
それは人目につきにくいフロアの片隅、ほとんど誰も通らないような場所だった。
翼を畳み、鎖につながれたまま、ぽつんとそこにポメラはいた。
珍しい生き物を見るようにロニーを見つめ、手が触れると微かに翼を震わせ、けれどもすぐに彼の言葉を受け入れ始めた。
「ようやく逢えた」
ロニーの言葉が、翼を伝わってポメラ自身の中で輝いた。
「わたしをここから助け出してよ」
ポメラは、そう言って鳴き始めた。
*
「ねえ、ノヴェル。それからどうなった?
ポメラは救い出されたの?」
けれども、猫は壮大や夢の翼に包まれて寝息を立てていた。
マキは、猫の手から奪い返したケータイを閉じて、ポメラに触れるロニーのように猫の背を撫でた。
その時、黒い塊は突然冷たい夜の空気に向かって右ストレートを繰り出した。
「ノヴェル?」
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