眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

シャドー・ファイター

2019-07-29 23:24:00 | リトル・メルヘン
   誰にも会いたくなかった。
 俺は電灯の下で顔のない男と対していた。
 お前は俺の影。俺の繰り出すジャブもストレートも、お前には届かない。お前は俺ほどにしなやかで、俺にも増して素早い。何よりも従順な練習パートナーとなるだろう。
 俺が立つ限りお前は立ち、俺が倒れぬ限りお前も倒れないだろう。思えば俺の敵はお前だけなのかもしれないな。
 さあ、こちらから行くぞ!
 俺は強くなりたいんだ!
 俺は探りのパンチを繰り出す。フットワークを使い、お前との距離が常に適切であるように心がける。俺はコンビネーションを使い、お前を攪乱する。お前は容易に動じない。抜け目なく間合いを読んで、俺の変化に同調してみせる。先に乱れた方が負けだ。俺は引くべきところで引いて、もう一度動き直す。何度でも何度でも。それが俺のチャレンジだ。俺は自分からタオルは投げない。俺とお前の戦いは、世界に光と闇がある限り続くだろう。どうだ? お前からも打ってこい。度胸があるなら、お前からも打ってくるがいい。そうか。無理か。だったら俺から行くぜ。お前は永遠に俺を超えられまい。もしも超えられると言うのなら……。

 痛い!

 お前のパンチが俺にヒットした。
 (どうせまぐれ当たりだろう)
 それは思い過ごし、あるいは俺の自惚れだった。
 お前のパンチは俺よりも速く伸びしろがあった。
 徐々に正確に俺の顔面をとらえ始めたのだ。

 痛い! いてててて!

 おかしいな…… どうして俺ばかりが打たれるんだ。
 俺のパンチは一切当たらない。なのに打てば打つほどパンチは自分に返ってくる。俺は一方的にダメージを受けた。得意のカウンターは決まらない。俺はついにガードを下げ、一切パンチを出さなくなった。それでも俺の影は攻撃の手を緩めなかった。助けてくれ。俺が悪かった。何がとは言えない。だから許してくれ。(お前を甘くみたのが悪かったのかな)
 俺は命辛々に自分のジムまで逃げ帰った。


「誰にやられたんだ」
「ううっ」
「こてんぱんじゃねえか」
「会長……」

「おー、いったい誰に……」

「俺は自分にやられました」
「お前……」
「……」

「とうとう腕を上げやがったな!」
「何だよ。どういうこった」
「強くなりやがったな!」
「会長。どうして……」

「わかんねえのかよ」

「わかんねえ。俺にはさっぱりだ」

「お前はお前を超えちまったんだよ」


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