眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

スパイス・ボイス

2020-03-25 12:00:51 | ワンゴール

「いつになったらゴールは生まれるんだ?」

「それはきっと僕がゴールネットを揺らす時です」

「その時は訪れるのだろうか」

「訪れる時にだけ、時は訪れるはずです」

「時間頼みということか。他に打つ手はないのか」

「僕らの中でボールは回っています。近づいているのではないでしょうか。その時は」

「果たしてそうだろうか?」


「何か問題が?」

「我々の戦術は秀逸でモダンだ」

「はい」

「だが、いつの時代においても万能の戦術はない」

「優れていても、決して万能ではないのですね」

「それが優れているほど、深く広く研究される。そして必ず有効な対抗策が編み出されてしまう」

「いたちごっこですね」

「今の我々には停滞が見られる」

「そうでしょうか」


「持っているように見えるが、実際は持たされているのかもしれない」

「それが何か。持たされているとしても、僕らはボールを持っているんです」

「確かにボールを保持している。美しく回っているようにも見える。失点のリスクも低そうだ」

「良いことばかりです」

「だが、ゴールは生まれない」

「その責任の一端は僕にあります」

「私も同じように思う」

「でしょうね」


「ゴールではなく、生まれたのは無数の失敗ではないか」

「そうかもしれません」

「失敗と一緒に多くの課題を得た」

「そうかもしれませんね」

「確かにそれは人生のある一面ではあるだろう」

「はい」


「人生は難しいゲームだ」

「サッカーは更に難しいみたいですね」

「人生よりも大きいからな」

「はあ」

「一番大事なことは何だね?」

「ゴールを決めることです」

「そのためにはどうすればいい?」

「ゴールネットを揺らせばいいだけです」

「そのためにはゴールに近づかねばならない」

「あるいはそうかもしれません」


「今の状態は、言ってみれば堂々巡りだ」

「なるほど」

「言ってみれば、今の君たちは水槽の中の金魚のようなものだ」

「澄んだ水の中で生きているようだと?」

「狭いところを行き来しているだけだ」

「それが停滞だと?」

「本当は広い海に通じているというのに、誰もそこへ飛び出していくことがない」

「どうしてなんです?」

「できなくなっているのだ」

「安全な場所を選んでいると?」

「安定的な流れの中でまどろみが蔓延している」

「まさかそんなことになっていたとは」


「驚いたかね?」

「僕自身は完全に正気なのに」

「これは全体的な問題なのだ」

「誰だ? 足を引っ張っている奴は誰なんだ」

「目的地を見失っている奴がいるぞ」

「ちくしょー! いったい誰なんだ」

「冷静になれ!」


「みんな落ち着け! 冷静になるんだ!」

「我々はいつの間にか、敵の用意した巧妙な戦術の中に落ちてしまったのかもしれない」

「どんな戦術ですか」

「今では彼らは、自分たちの勝利を信じていることだろう」

「どうしてです?」

「疑う理由がないからだよ」

「それはなぜです?」

「彼らがそう信じているからだよ」

「信じられません」

「そうだ。信じるな。最後に勝つのは我々の方だ」

「信じます」


「我々の時間にも歴史がある」

「失敗と挫折の歴史ですね」

「反省と成長の歴史だ。眠れぬ夜と何度も戦って来た」

「寓話とメルヘンの海をさまよって来ました」

「愚かな隣人たちと渡り合って来た」

「幾多の他人野郎共を許して来ました」

「越えられない壁を繰り返し越えて来た」

「どんな壁も所詮は人間の作った壁でした」

「そうしてここにやって来た」

「だから今があるんですね」

「自分たちの歴史は、何度もそれを証明してみせた」

「はい」

「壁は幻想だった」

「夜は幻、他者はろくでなしでした」

「幻想の向こうには前進がある」


「夜をぶっ飛ばせ!」

「問題は、パスの中でまどろんでいる奴がいることだ」

「なんだって、いったいどいつなんだ?」

「だから、我々のパス回しは、停滞を越えて後退を始めているように見える」

「そんな。いつになってもゴールなんてできっこない」

「できたとしても、自分たちの失点になることだろう」

「そんな……」

「想像以上に相手の戦術は複雑で巧妙なものだったのかもしれない」

「……」

「与えられた安全な槽の中で、正常な方向感覚を狂わされているのかもしれない」

「……」


「おい! しっかりするんだ! 敵の罠に落ちてはならない」

「ああ……。ここはどこです?」

「ここはここだ」

「だけど、だんだんと奪われて行くみたいです。時間も場所も、だんだんと失われて行くようです」

「そうだ。それは最初の笛が鳴った瞬間から始まっている。それは悪いことではない」

「どうしてです? 良いことなら、広がって行くものでしょう」


「美しいものは、終わりに向かっていかねばならない」

「嫌です。永遠の方がずっと美しい」


「失われた要素こそが、ファンタジーを生み出す条件だからだ。今がまさにそうなのだ」

「どうしてできるんです? 僕たちにできることは、とても限られています」

「果たしてそうだろうか」

「ここには何もありません」

「何も?」


「お菓子もなければ、漫画もない」

「ないものを挙げればきりがない。だが、そこに意味はあるのだろうか?」

「時間だってない。ずっと追われているんです。敵にも時間にも」

「公園もない。森もない。学校も、銀行も、映画館もない」

「コンビニもない。書店もない。海辺も、クラブも、遊園地もない」

「ないものならいくらでもあるのさ」

「それに加えて……」


「まだあるのかね?」

「厄介な決まり事ばかりがあり、挙げ句の果てには越えてはいけないというラインまでがある」

「そうとも。あるともさ」

「はい。その淵には番人が立っている」

「そうとも。いるともさ」

「あの男にいったいどんな力あるんでしょう」

「ルールがあるところ、人の目がなければならない」


「僕らはいつだって見張られている」

「見守られているのではないかね?」

「どう違うと言うんです」

「その向こうにあるのは何だね?」

「未知の世界」

「あるいはここにはない日常かもしれない」

「縁のない日常なら、やっぱりそれも未知に違いありません」

「いずれにせよ、いつかは越えねばならない宿命だ。だからこそ、それは今ではないのだ」

「見えない壁があるように、今は越えられない」

「そうだ。今ではない」

「それを越えていくための翼もなければ水掻きもない」

「必要もない」


「僕らにできることはあるのだろうか」

「追われているのは君が強いからだ」

「苦しいんです。ずっと追われているなんて」


「君だけではない。最初のゲームは生まれた瞬間に始まっている。すべてのものは、それからカケッコを強いられることになる」

「どうしてです?」

「時の嫉妬だよ」

「どういう意味です?」

「時は君を追いかける。そして、君はボールを追いかける。どうしてだね?」

「好きだから」

「憧れかね」

「憧れではありません。ボールはすぐそこに手の届くところにあるのだから」

「ボールが欲しいかね」

「欲しいです」

「飢えているのかね」


「いつだって、僕はボールが欲しいです」

「でも君はボールそのものになることはないだろう」


「僕はボールになりたいわけじゃない。何か誤解があります」

「君がヒョウになれないのと同じように、人はボールにはなれない」

「おかしな話です」

「なれようとなれまいと、憧れを追うことは自由だ」

「憧れなんてものじゃない」

「君はボールを愛す。そして、ボールを追いかけている時の自分を愛してもいるのだろう」

「それならそれでもいいや」

「時には自分を見失いながら……」

「……」


「なりたい自分を、あるべき自分を追い続けている」

「こんなはずじゃない」

「それも一つの姿である」

「もっと違うはずだった」

「見失ったことを恥じる必要はないんだ」

「どこへ向かえばいいのだろう」

「それは今まで探し続けていたことの証明でもあるのだから。見失うほどに、探し続けていたのだ」


「ああ、駄目だ。ピッチがひっくり返って見える」

「我々は追いつめられつつある。八月ならば三十一日に近づいているのだ」

「なのに。こんなことになってちゃ」

「焦るかね?」

「まだ何も描けていない。絵日記もスコアも真っ白いままなんだ」

「描かれる時は一息に描かれるものだ」

「まさか、このまま本当に終わってしまうんじゃ……」


「我々は昼寝の時間に呑み込まれている」

「……」

「そしてスタジアムは夏休みの中に包まれている」

「むにゃむにゃ」

「やわらかなタオルケットが敵の用意した巧妙な戦術だったのだから」

「ふぁー」

「みんなの足はまだ完全には止まっていない。そこにヒントがあるし、希望を見ることができる」

「そうだ、そうだ」

「まどろみの中にあっても足は動いているし、カケッコはまだ続いているのだ」

「まだ試合中だもの」

「できることは限られていると言ったね?」

「思い返せばそんなこともありました」


「やりたいことはないのかね?」

「カレー食べたい」

「そう。それでいい。今はそんなところで十分だ」


「動いているくらいでは、勝てないんじゃないかな」

「本当にそうかね」

「僕たちには何もできないんじゃないかな」

「君はどうなんだ?」

「……」


「僕たちなんて言う君は、いつからシステムの中に取り込まれたんだ」

「システムなんてものを唱えているのは、いつもあなたたちの方じゃないか!」

「そうだ。それでいいんだ。君の無力感は、君自身が作り出した幻想だよ」

「どうしてなんだ!」


「何もしないでおくための口実としてね。それはふっと湧いた浮き球みたいなもんさ」

「どういう意味ですか」

「だから、まやかしの無を持て余すことは時間の問題だった。ボールは地に落ち着くのだから」

「買い被り過ぎじゃないの」

「君は君にしかできないことをすべきだ」


「今はカレーだって作れませんよ」

「時が熟してないためだろう」

「時のせいなら全部が片づけられる」

「時を見極めることこそが大事だ」

「大事なことだけを知って何になると言うんです?」


「知らなければ何も始まらない」

「知れば始まるということもない」

「だからといって知ろうとしないことはより愚かだろう」

「愚かかどうかなんて知りません。知りたくもないし」

「だったらどうする?」


「何がですか?」

「君がじゃないのか?」

「どうしてですか?」

「わからないかね?」

「わかりませんね」

「君だけが唯一私の声を拾うことができるのだ」

「ああ、そんなことか」


「ここには何もないかい?」

「時間もスペースもどんどん少なくなっていくばかり」

「君は多くのものを求めすぎる」

「もっともっと必要だからです」


「たとえ多くを得たとしても、ゲームが終われば手放さなければならないものを」

「もっともっと」

「存在しないものを思いすぎて、存在するものを忘れているのだ」

「何が悪いんです? 何があると言うんです?」

「ボールがあり、仲間たちがいて」

「みんなポンコツだ」

「ゴールがある」


「いったいどこにあるんです? 怪しいものです」

「向こうじゃないか」

「それこそが怪しい」


「ボールが動き、人が動き、ゴールも動く」

「動いてたまるものか」

「不動であって欲しいと?」

「そういうものでしょ」


「ゴールはたどり着くものではなく、探し続けるものだとしたら?」

「たどり着けないならゴールとは言えないはずです。ゴールを見失った者の言い訳ではないのですか」

「見失った者だけが探し続けることができる」

「最初から見失わなければいいのに」

「見失うほどに可能性は開けている。そして、探し続ける者だけがたどり着くことができる」

「やっぱりたどり着くんですね」


「たどり着かない限りは、探し続けることになるだろう」

「どっちなんですか?」


「ゴールとは常に不確かなものだよ」

「監督の言葉もその内にあるのでは」

「ありとあらゆる可能性はボールが持っている。そのボールは、君たちの足下にも転がっているではないか」

「どこだ? どこだ? いったいどこに……」


「今の彼らは一つの欲望も口にすることができない。システムに捕獲されてしまったからだ」

「みんなかわいそうに」

「だが、本当は彼らにもあったはず。チーズ、オニオン、コーン、ローストガーリック……。欲しいものは背番号の数ほどあっただろう」

「もっと他にも、フルコースだってあるはずです」

「そうだ。もっと他にもある。だが今は……」

「眠りの方に惹かれてしまった」

「そのために君がいるのだ」


「どうして僕なんですか?」

「君は私の声を聞き、先頭に立つことができるからだ」

「僕は一人のストライカーにすぎません」

「だからこそ先頭に立つことができるのでは?」


「でも孤立してしまうかもしれない」

「言い換えれば、それは個の力。離れているからこそシステムを迎え撃つこともできる」

「そういうものですか」

「だが、今までの君では駄目だ。君の中から新しい君を取り出してみせなければならない」


「変身ですか?」

「そうだ。今までのすべての誤りを、身に降りかかったすべての経験を自分の中の深いところで変換して、全く新しい自分を構築するのだ」

「そんな大それたことができるでしょうか」

「怖いのかね」

「本当に僕にできるのだろうか」


「できるかではない。問題は怖いかどうかなのだ」

「恐ろしくて、それにとても面倒なことに思えます」

「人生は時に恐ろしく、とても面倒に思えるものだ」

「はい。まさにそのように思います」

「指示を送ることも、カードを切ることも面倒だ」

「なるほど」

「だが、面倒なものに真っ直ぐ手を伸ばしそこから新しい自分をすくい出せたなら、厄介だった過去のすべてを許すことができる」

「あれもこれもですか?」

「そうだ」

「あれもこれも、みんなみんなをですか?」

「そう。それには向こう見ずな勇気も必要だ」


「どっちにしろ、僕はそうするしかない」

「そうかもしれない」

「恐れ続けていることさえ、恐ろしくなって行くのだから」

「どっちにしても、今は君だけが頼りだ」


「僕に世界が変えられる?」

「私の声を聞くことができた君ならば」

「聞く他になかったのだけれど」

「理由は問題ではない。世界を変えるには自分の中から変えなければならない。君が動き出せば君のいる世界も動き出すだろう。君がファーストタッチになれ」

「世界はもっと遠い気がしていました」


「世界は君なのだ」

「なるようになれだ」

「そうだ。それが今こそ必要だ。みんなに」


「僕の声は届くでしょうか?」

「無数のパスよりも、君の声は通るだろう」

「僕の声にそんな力が?」

「今までここで何をしてきた? ずっと声の力を磨いてきたではないか」

「だけどもう枯れそうです」

「大事なのは心の声だよ。それさえあれば大丈夫」


「心の? いったい何を伝えれば……」

「今がどういう状況かを知ることだ」

「はい」

「今はどういう状況だ?」

「みんなすっかり取り乱したような状態です」

「そう。今の我々は傷ついて目的を失った昆虫のようなものだ」

「そのようです」

「無限ループの中に捕らわれて、空腹を訴える本能さえも忘れている」

「僕がその中に含まれていないことが不思議です」


「問題の中に答えが含まれていただろう?」

「いいえ。問題の中に問題が重ね見えました」

「それはうれしい悲鳴のようなものだ」

「どうして」

「答え探しほど楽しいものはないからだ」

「楽しさを通り越しておかしくなりそうだ」

「一つでいい。大切なことはいつも一つだ」

「それは……」

「レシピを忘れた者にはメニューを、コースを見失った者にはメインを見せてやればいいのさ」

「なんだ。そんな単純なことか」

「そうだ。やっと気づいたようだな」


「なんとか間に合いそうだ」

「さあ、それを。一番大事なことを君からみんなに伝えてくれ」

「おーいみんな! 今晩はカレーだってさ!」

「そうだ。それをもっと伝えてくれ!」

「カレーだぞ!」

「そうだ。君がスパイスとなってチームを救え!」

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霊感コーヒー(見届け人の誘い)

2020-03-25 03:22:00 | ナノノベル
 信頼を寄せていた仲間に裏切られた。仲間は友ではなかった。打ちひしがれた夜道で男と目が合った。
「人を見る目がないなら、その目を霊たちに向けてほしい」
 コーヒー1杯の誘惑に負けて私は喫茶店の中にいた。

「私にそんな特別な目は……」
「見届け人が不足しているのです」
 私の話を遮って男は両手を合わせた。

「見届け人?」
「ほとんどの人は見て見ぬ振りです」
「見えてないからでしょう」
「勿論それもあります。でも見えてない振りをする人もいる」
 私は目を逸らしコーヒーを口にした。

「映像として見てあげてほしい。ちゃんと存在を認めてあげてほしいのです」
「だから、私にそんな力は……」
「もう出し惜しみするのはやめましょうよ」
「別にそんなつもりは」

「力がない? それはまだ始まってないだけなんだ」
「いったい何が」
「隠さなくていい。7歳の時の記憶をずっと守っているのでしょう」
「あなたはいったい誰です?」
 男は伝票を持ちながら立ち上がった。

「今晩、現れますから」(あなただけが頼りなんだ)
 霊的な夜が始まろうとしていた。

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