実際にこの住宅で7ヵ月前から暮らしている倉富和子さんにお話を聞いた。若い頃前衛美術集団(九州派)の「追っかけ」をやっていたという倉富さんは、荒川さんの考えに共鳴し、「もう便利な生活はいいわ」とこの住宅に住み始めた。自らも「能」のように佇むなかに人間の持っている元来の力に目覚めていく(縄文ストレッチ)を主宰し、ここで教室も開いている。「とにかく不便なのよ(笑)昔の住宅と同じで、いろいろと手間がかかる。せっせと動き回るろうになったので、元気になっちゃった。(笑)60才を超えているとは思えない若々しいキビキビした調子で話してくれた。ストレッチ教室も平らな部屋でやるよりここでやるほうが効果が高いのだそうだ。
この住宅には「イン・メモリアル・オブ・へレン・ケラー」という課題が付けられている。ご存知の通りへレン・ケラーは三重苦に侵され、自らの手を耳や眼にして自分を再構築した人だ。そのヘレン・ケラーを荒川とマドリンは絶えず作品造りの念頭ぬい置き、彼女への敬意を込めているという。
建築とは命をつくりだすことのようだ。
荒川とギンズはその考えを、住宅だけでなく、街全体、社会全体へ拡げようと考えている。子供から大人になる過程で見知らぬものが「あたりまえ」になって行き世界が実感できなくなっていく宿命を文字通り「反転」させようという、壮大なしかしまじめな取り組みなのである。