Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

お金がないのだぁ~

2006-02-28 12:52:25 | diary
職場復帰訓練も1ヶ月を越え、今週は週4日勤務、来週からは週5日になります。
昨日あたりからどうしたわけか妙に「やる気」というものが出てきて、アドレナリン値上昇の気配

まあ実際は仕事はしてないんで、こうしてブログってるわけですけどね。

それはそうと、今「来年度からうちのお子さまたちを塾に送り込もう計画!」を発動してるんです。

Aちゃんの4年生のときは私が主導して某N能研というところに送り込んだんですが、1年たっても先生と一言も口をきいたことがない!?という実績に唖然とし、あえなく挫折。

今回は真打ちのうちの奥さんが牽引役。
AちゃんもMちゃんも複数箇所で体験授業を受ける段取りをしてきました。

Aちゃんは今度中学生。Mちゃんは小4。
あとはがんばれ子供たちよ・・・

・・・と言いたかったんですけど、ここへ来て、なんと我が家にはお金がないことに気づいてしまった!

Tマスという受験塾は月謝いくらと決まってはいるが、入塾時に年一括払いしてくださいとのこと。
い・一括払い?ですか?
安くても月3万以上。できれば2教科で6万以上。
それを12ヶ月???

う~む、お父さんが休職中の家では、塾通いもままならないかぁ?
お父さんがろくでもない本やDVDにお金をつぎ込んだ報いがいまやってきた?のか?

これはもう俄然職場復帰を実現させねば・・・・
なにがなんでも職場復帰←これ最低目標!

ああ・・・収入格差が教育機会の格差にこんなに直結しているなんて・・・
直面して思い知る社会のひずみ・・・

しかしなぜ我が家は教育資金を貯めずにのほほんと暮らしていたのか?
一概に社会を責められない。
責めるべきは我が家のキリギリス体質・・・・・・(苦笑)

ああ・・・・・・・・・・お金がないです・・・・・・

**

S-Fマガジン 04月号 [雑誌]

早川書房

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といいながらこんなものを買っている懲りないお父さん。
なにしろグレッグ・イーガンの短編を掲載!

しかしSFマガジンってこんな高かったのね
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ロバート・J・ソウヤー「ヒューマン」

2006-02-27 02:41:59 | book
ヒューマン -人類-

早川書房

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前作「ホミニッド」に続く第2作。
前作で出会ったネアンデルタール文化とグリクシン文化。
今度は「穴」が恒久的に開かれることとなり、「文化交流」をはじめようと試みる。

ネアンデルタールの物理学者ポンターと、グリクシン(ホモ・サピエンス)の遺伝学者メアリの関係を軸に、相互の世界の現実やしきたりにそれぞれ直面して驚く。
前作は「出会い」を中心としたSFだったが、今回は「知り合う」を中心としたSFとなっている。
ああ、なんてわかりやすいんだ・・・

よきSFは比較文化論となる・・・とかレム辺りの言いそうなことだが、本作は、異質な(しかしかなり似通っている)文明の出会いにおいてもたらされる軋轢を、実に細かく登場させている。

大きい所ではベトナム戦争戦没者記念碑の前でかわされる、生と死の観点の違い。来生の生を信じているがために人類は殺戮を繰り返しているんじゃないか?というポンターの問いに、メアリは返す言葉がない。しかし、実際に記念碑に向かって語りかける遺族に対して、それは無駄なことだと言い切れないポンター。
宗教の根底にある超越者による想像と救済を理解できないポンターだが、実際に人々が生きる上での慰めや力になっているのを観て、考え込む。

小さな所では、ネアンデルタール世界でのトイレの使用法がわからない、とか、婚礼の儀式(狩りでしとめたシカを新郎が引きずってくる)とか、男配偶者と女配偶者がいるややこしい婚姻制度とか、移動用キューブを共同使用する社会とか、実にこまかく、ホモ・サピエンス社会との対比をしてくれる。

へヴィーな課題からかる~い事実まで、なんだか比較文化学のレポートを読むようだ。
これに徹している本書は、SFとしての1冊としては物足りないが、文化人類学の軽い読み物と思えば、かえって一貫していて読みやすい。
9.11を含む人類の軌跡を批判的に考えさせるとともに、両種のあいだに共通して存在する「ヒューマニズム」の姿を追求するのが本書の目的だったのだと思う。


あと、前作で消化しきれなかった性的な描写。この巻でだいぶ見えてきた。
前作を読んだときは、これは物語を単に盛り上げるためなのか、異文化遭遇を描くための要素として不可欠と考えてのことなのか、あるいは「こちらの」世界の性と暴力への遺憾の意を表明しようとするものなのか、今ひとつ確信が持てなかった。
が、これは、物語を盛り上げるためであり、異文化遭遇を描くための要素として不可欠であり、ひいては「こちら側」の性と暴力の悲観的側面を浮き彫りにするためのものだったのだ。(まんま笑)
ショッキングなレイプの設定は、後に被害者の心や勇気の揺れ動きを通じて思わぬ展開をするし、ポンターがこちら側で起こす出来事の起因ともなる。意外に重要な横糸だったのだ。

しかしSF的にはだいぶ中だるみな第2作。
とってつけた磁軸の崩壊のエピソードは未解決だからこれからもりあがっていくのか?
3作目に期待が高まるな~

「ホミニッド」過去記事

↓第1作
ホミニッド-原人

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↓第3作
ハイブリッド?新種

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10年前バトン

2006-02-25 17:44:56 | diary
りつかさんからまわってきました。
10年前ってそんなに今とかわらないんだけれど・・・
ついこの間って感覚ですね。

Q1.10年前に愛していた人を、今でも一番愛していますか?
yes
もう結婚してましたし・・・

Q2.10年前に頑張っていた仕事を、今も続けていますか?
no
10年前と大体同じ仕事をしていますが、今は休職後なのでいいかげんにやっています。

Q3.10年前いつも一緒だった友達は、今も一番の親友ですか?
yes
今はほとんど交流はないんですけど、交流はなくても同志ですから。(多分)


Q4.10年前泣いた映画で、今でも泣けますか?
yes
というか、映画観て泣くことはまずありません。
でも10年前に好きだった映画はいまだに好きですし、感動します。
ってもタルコフスキーとかだと20~30年前の映画になりますが(汗)

Q5.「10年前楽しみだった誕生日」は、今も楽しいものですか?
yes
なんか意味なく楽しいです。歳はとっちゃって心身ともに衰えているわけですけど。


Q6.10年前星を数えた夜空を、時には見上げていますか?
yes10年前はあまり見上げなかったですね。ましてや数えるなんて・・・
今の方が見上げます。

Q7.10年前にしていた恋のように、今もときめくことはありますか?
う~ん、no
ウツ病ですから(笑)

Q8.10年前になりたかった自分に、今なっていますか?
no!

Q10.10年前の正義感や情熱を、今も持ち続けていますか?
no! だいぶ衰えましたねこれも。知らず知らずのうちに、どうでもよくなってきています。何事も。


Q11.この10年間、精一杯生きましたか?
yes
常に精一杯。というかイッパイイッパイというべきか(汗)

Q12.10年前の自分に会ったら何と語りかけますか?
自分のやりたいことを最優先して生きよ・・と


Q13.このバトンを回したい5人
例によって5人は無理なので、歌恋さんに。
もしやる気があったらお願いします。
コメント (3)
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フィギュアいいですね~

2006-02-24 12:46:44 | diary
このところ「ぼくの伯父さん」で検索してくる方が妙に多いと思ったら、BSで放送されたんですね。こんな記事で申し訳ないって感じですが。
誰もアルファヴィルなんかで検索してきません。あたりまえか。

**

というのはさておき、荒川静香さんの金メダル、すごいですね~
伊藤みどりさんのころからフィギュアスケートわりと好きでオリンピックはまあ欠かさずチェックはするんですけど。

で日本初の金だそうで、すごいことですね~
ここへ至るにはすごい鍛錬と集中があったんでしょうね。

昔はほんとに優雅にターンしてスピンしてジャンプして、というのがフィギュアだったけど、今はステップを小気味よく踏んだり「いなばうあー」とかいうのがあったり、一層スリリングになった気がします。

でも昔のような、妖精のような選手は少なくなったかな。
転倒一つで十分話題になってたし。
ルールも変わっているようで、今回のオリンピックを見た感じでは、やはりフィギュアも「スポーツ」の世界のものになってきたなという印象を受けました。

まあ、どうなんでしょうね・・・・
(manimani@職場)
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ロバート・J・ソウヤー「ホミニッド」

2006-02-22 14:40:41 | book
ホミニッド-原人

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ネアンデルタール・パララックスと題されたSFシリーズの1巻目。

鉱山のなか、ニュートリノ検出器の重水タンクのなかにいきなり謎の人物がどこからともなく現れる。
いったい何者?
救出して検査してみると、驚くべきことにその男は・・・・っとネタバレ~

このとんでもない出会いが、量子コンピュータの実験中のハプニングに絡めて演出されるのは目新しいことなのかもしれない。

しかしこの「男」の属する社会、あまりにも現代の欧米文化に似すぎていて違和感。これなら、ヨーロッパ人ミーツアジア人の方がよっぽど異文化ショックが大きくドラマチックかつネタも豊富なんじゃないかなあ・・・・

と思いながらも、だんだんその違和感にも慣れてくると、「男」の社会が、ある意味現時点で考えられる理想の文明として描かれていることに気づく。
惑星規模での産児調整、資源を浪費しないテクノロジー、人権を蹂躙しない相互監視機能、環境を汚さないエネルギー、抑制のとれた男女関係、少ない人口等々。

一方で描かれる「こちらの」社会はなんともお粗末だ。動物の大量絶滅、環境破壊、犯罪、無計画な出産による人口爆発等々・・・

単純な文明批判をしたいのかな・・・
でも「あちらの」世界は逆に多様性に欠け、全体統治的にも写る。
翻って「こちらの」世界の多様性ときたら・・・いかに文明としての豊饒性にみちているかを考えさせる。


あと、どうも消化できなかったのだが、セクシャルな味付けが随所に見られる。
一番眼を引くのはレイプの設定だが、他にも生理のこととか、肉体的魅力、性的接触について書かれている。
これは物語を単に盛り上げるためなのか、異文化遭遇を描くための要素として不可欠と考えてのことなのか、あるいは「こちらの」世界の性と暴力への遺憾の意を表明しようとするものなのか、今ひとつ確信が持てなかった。

これは小説自体の問題というよりも、私自身が性についてイイカゲンな認識しか持ち合わせていないためなんじゃないかという気がした。

続刊でもこの辺を掘り下げていてくれるといいなあ。


随所に実在の人物や学説などが折り込まれて、面白い読み物になっているので楽に楽しめる。
どうしても「猿の惑星」を思い出しちゃうけど(笑)

2003年のヒューゴー賞受賞作だそうです。

↓続編たち
ヒューマン -人類-

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ハイブリッド?新種

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ジャン・リュック・ゴダール「アルファヴィル」

2006-02-22 13:59:12 | cinema
アルファヴィル

アイ・ヴィー・シー

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1965フランス/イタリア
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール
撮影:ラウール・クタール
音楽:ポール・ミスラキ 
出演:エディ・コンスタンティーヌ、アンナ・カリーナ

アルファ60というコンピュータが、理論と論理と計画によって社会と人々の行動を支配する都市、アルファヴィル。
そこに「外の世界」から潜入する探偵(?)レミー・コーション。
言葉も思考も統制される人々のなかで、社会の指導者フォン・ブラウン博士の娘、ナターシャと出会う。
計画性に満ちた全体主義的社会の裏で、同化できない人々には自殺か処刑の道が待っている。
レミーは対外惑星との戦争に備えた二重スパイとなるよう強要されるが・・・


ゴダールによる未来SF映画といわれる映画。
ゴダールらしい言葉と映像のせめぎ合いは健在。
しかもスリルとサスペンスと愛のドラマ仕立て。

論理的思考のつくりだす、未来も過去もなく現在のみを認める行動様式。
「意識」や「愛」という言葉を失った世界の閉塞感。
それを象徴するような、螺旋階段と無数のドアからなる重苦しい建造物。

対して、感情と情熱に基づく言葉と行動で枠組みを逸脱して、その円環を断ち切ろうとするレミー。
そしてレミーに寄りそうことによって、失った言葉を取り戻し、その意味を恢復しようとするナターシャ。

これぞ「愛」の物語だ。

ラスト・シーンでのナターシャのたどたどしい言葉
Je/vous/aime
ナターシャは言葉をとりもどすだろうか。
ことばの意味する感情と心にたどりつくだろうか。

希望を載せながらも、車にのってハイウェイを飛ばして、他の惑星にたどり着こうというナンセンスなラストは、その先行きが決して安泰ではないことを自嘲しているようにも思える。

二人に生きるべき未来はあるか?
(場違いと思いながらも「卒業」のラストを思い出してしまった私・・・)


アンナ・カリーナ

・あとアルファ60のナレーションの重くしわがれたヴォイスが腹にこたえていい。
・それから「赤い星ホテル」というのが出てくるのが猫沢ファンにはいい。
・そうそう、「コインをどうぞ」と書いてあるのでコインを入れると、「MERCI」と書かれたプラスチック板が出てくるだけの自販機に大笑い。
コメント (4)
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4 days a week

2006-02-21 12:55:44 | diary
今週から週4日出勤+15時まで出勤です。
通常勤務から考えると大名生活。
だけど実際は一気に肩が重くなる感じ。

今朝ははうっかり「自分に声かけ」を忘れて、
出勤ぎりぎりまで家でだらだら。
ちょうど出ないとまずい時刻になると異常に眠くなったりして、
体というのはやはり正直。

なんとか体をごまかして出勤する。
5分くらいの遅刻だった。
自分、この5分遅刻、くらいの生活態度が非常にしっくり来るんだけどなぁホントは・・・・

大した仕事はしていないけれど、ちょっとばかり仕事が込んできて、
今日は昼休みもちょっと仕事。
なにしろ明日は非出勤日だし・・・

とりあえず4days a weekをのりこえるというのが当面の目標。
でもその先は?
普通の勤務人生に戻れるのか?
形は戻っても心のどこかは戻りきらないような気がする。
宇宙から地球を見た宇宙飛行士が、それ以前の自分には戻れないというような感覚に似てる。
ウツの秘密を知ったからには、元の世界にはもどれないぞぉおぉぉぉ~~~~
~~~~
~~~~

あぁ、仕事しよ。
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フランスの出生率

2006-02-20 12:51:41 | diary
猫沢エミさんの「パリ季記」を読んでいたら、
フランスでは未婚のカップルが多く、
しかも未婚で出産してもそれをサポートする社会があること、
それから、子沢山の友人がいること
などが書いてあり、フランスはカップルになるのも妊娠も出産も人間の基本的な営みであり、自然なこととして捉えられるんだ、というような主旨のことが書いてあった。
それから、女性も普通に自然に職業に就くものということも。

ふうん、と思っていたら、しばらく前の朝日新聞に似たような記事が載っていて、
あとこんな調査もあった。

フランスの出生率はなぜ高いか

この調査から勝手に引用すると、

○高い出産期女性の労働力率(80%)と高い合計特殊出生率(1.89)
○手厚くきめ細かい家族手当
・第2子以降には所得制限なしで20歳になる直前まで家族手当を給付
・子どもが3歳になるまで育児休業または労働時間短縮が認められ、第2子以降の育児休業手当は3歳まで受給可能
・保育ママ、ベビーシッターの利用に関する補助金も利用可能
○子どもをもつ家庭に有利なN分N乗方式の所得税制
○多様な保育サービス
○35時間労働制で男女とも短い労働時間
○同棲による婚外子が一般化

いや、細かい所は別にしても、ここに挙げられた事柄って、猫沢さんが肌で感じとって書いたこととほとんど重なるじゃないですか。

いや猫沢さん、サスガ・・・って話。

**

日本ではどうかというのはいろいろとあるでしょうけれど、
行政の態度が、少子化と高齢化の二極の問題をいいように使い分けているような気がしてならない。

少子化対策の観点から見て不十分な施策については、「今は高齢化社会なのでそちらに予算を回さざるを得ない」と。

で、反対に高齢化社会対策で不備な点があると、「今は少子化対策が重要だから」と・・・

どちらも実際に末端の住民対応組織である区市町村との会話で聴いた言葉である。

やれやれ。

少し考えると、この両極の問題は表裏一体なところがあって、どちらか解決すればよいという問題ではないということがすぐわかる。

行政よ、せめてもうちょっと気の利いた言い逃れを考えておくべきなのだ。

**

しかしまあ、日本は子育てには冷たいですね。
女性が働きながら育てることにはまだまだいい顔されないし、
保育園は空きがないし、
児童手当はちょっと子供が大きくなると切られちゃうし、
育児休業だってとりにくいし、
住宅は狭いし高いし、
子供をねらう悪いやつもいるし・・・

などと失望しながらの勤務中です。

パリ季記―フランスでひとり+1匹暮らし

地球丸

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フランス語その後・・・・

2006-02-19 04:25:53 | diary
猫沢エミファンならばフランス語のひとつやふたつ、
読めねば!
という動機ではじめたフランス語独習。

初級文法書を読破したところで、あとは怒濤の実践に身を置けば何とかなるんではないかと思い、手ごろな易しそうな洋書を購入しページを開く。

が・・・が・・・・
うぅ~~~
1パラグラフでさえ読めない。1行読むのにああでもないこうでもないと数時間。
牛よりも蝸牛よりも歩みがのろい。そのくせ脳はフル回転。しまいにゃ挿絵から文意を推測してたりして(^^;)
くくく~くやし~!

よくよく辞書と相談してみると、どうやら、知らないことが山ほどあるらしい。
luiってなに?ん?ilの強勢形・・・「強勢形」??知らんよ
ん?「半過去」?なんじゃそりゃ??

・・・なわけで、入門書と洋書のあいだには、まだまだ架け橋が必要なんだということが身に沁みてわかったのでした・・・
あわてて中級の文法解説書を手にいれました。

Quel genre du musique aimez-vous?
J'aime la musique populaire.
あってる???

ちなみに読めない洋書はこれ↓
Le Petit Nicolas

Gallimard

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ラベルには「洋書・絵本」とあったので、甘く見てました。
読める日はくるのか??(イラストがかわいいっす)

世話になっている本たち↓
しっかり学ぶフランス語?発音と文法と練習問題

ベレ出版

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しっかり学ぶフランス語文法 CD book

ベレ出版

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manimani@work/netholic

2006-02-17 12:53:44 | diary
今日は無事出勤してオフィスです。
職層にふさわしくない、軽作業ばかりをやらせていただいております。
合間にネット三昧。
バレたら始末書かなあ・・

今日はカウンセラーに言われた出勤法を実践。

まず「よし出勤するぞ」と声に出してみること
自分の頭の中で考えるだけでなく、自分の声が耳から入ってくることで、人から言われたことのように作用するとのこと。
これは前からも無意識にやってはいたけれど、今日は意識的に「行くぞぉ」と連発。

人間、五感というけれど、現代人は実際使っているのは8割までが視覚だという話がある。
で、生体としてのバランスを保つためには、視覚以外の四感への刺激も必要なので、現代人は意識して四感を使うようにということらしい。
自分の声でもいいから、思考を耳から入ってくる情報に変換してやることで、いい具合にバランスがとれるのかもしれない。

もうひとつ、早めに家を出て、職場に着く前にお茶すること。
今日は出勤時間の一時間前に職場近くに着き。
で郵便局やらコンビニやらの用事を朝のうちに済ませてしまった。
そしてラテで一息してから出勤。
う~んこれは気持ちがいいかも。毎日これが出来たら言うことはないな。

しかし、出勤してからはちょっと緊張気味。
近くで外の人が結構シビアな仕事話をしているのを聞き、自分が渦中にいるわけでもないのに手が震えてきた。
自分はその世界に戻って行けるのか。今の状態では無理かも。

**

そうそう、最近手が震えるんだよなときどき。
父もそういえば手が震えるみたいだから、そういう体質なのかなあ。
パキシルやアモキサンの副作用かもしれないと思ってるんだけど。

**

で、関係ないけど、MISIAのファンクラブ限定ライブのチケットに当選したぁ!
3月12日はzeppでMISIAだ(^^)行くぞぉ!

つうわけで今日はなぜか好調だぜmanimaniさん!
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めとろぽりす的

2006-02-16 18:35:47 | diary
今日は診察日。
単価の高いカウンセリングと診察を受ける。

カウンセリングとはその実体が非常に計りがたい、その場限りの霧や霞のようなものである。こちらが何をどう話し出すのか、自分でもわからないところにもってきて、カウンセラーもそれにどう受け答えをするのかもわからない。出たとこ勝負。この不確実さを「会話」というのだろう。事前にプログラム不可。相互の有機的作用の結果の総体としてなにが残るかわからない。実りのあるときもあればないときもある。この不確かさが楽しみでもあるし、どうも気にいらないところでもある。

会話した結果なにがのこるのか。結局会話した結果を自分がどう整理するかにかかっているのかもしれない。
会話の記憶自体には整理された実体はない。曖昧模糊とした言葉の連なりの記憶があるのみ。それを整理するのは、会話の後の自分による自分だけの作業だ。
自分が一番働いている。

で、問題のカウンセリング料××円。
いったい何に対する対価を払っているのだろう。
話しているのは自分。整理しているのも自分。払っているのも自分。
なにか釈然としないのだ・・・・

**

先日家族で横浜中華街に出向き、豚まんを食す。
土産に豚まんを買う。
純粋に豚まんのためだけに中華街へ行く。

旨かった。

帰路、新しくできた元町・中華街駅を利用する。
切符を購入し、乗り場へ続くエスカレータを降りると、いきなり左右の壁がなくなり、アーチ天井のホームの天井部分に出る。
なんだかメトロポリス的興奮を覚えるなかなかの眺めだ。
おじさんの後ろ姿もうら悲しくてよい。

**

豚まんのあとは東戸塚に出て、ヴァイオリンアンサンブルのレッスンに行った。
当然なのだが、受講者はどうやらアンサンブルの経験がないようで、合奏すると、もうご勘弁願いたいほどに呼吸があわない。
旋律という旋律があわいヴェールをかぶったようにぼやけてしまい、くっきりした像を結ばない。他人の出す音を聴かない。音を小さく弾くところではなぜかテンポまで落ちてしまう。スコアの途中から弾き始めるとき、開始位置がすぐにわからない。ボウイングの変更指示が出てもすぐに内容を理解できない。
あああああぁぁ素人くさい。

あと4回のレッスンでアイネ・クライネ・ナハト・ムズィーク全4楽章を仕上げなくてはならない。
無理だろう・・・・・

**

思うに、自分は常に「無理」なところにいる。
仕事もそうだった。これは無理だと思った。
いつでもいっぱいいっぱい。
こんな人生はダメだ。なんとかせねば。
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manimani@work/体内チップ

2006-02-15 12:43:56 | diary
今日は無事出勤しました。
まずは出勤することを目標に、とよく言われます。
それ以上を望んではダメ。
まずは朝出て職場に着くこと。
それだけ。

**

というわけでネット三昧@オフィス(笑)

こんな記事が
とうとう人間が体内チップを埋め込んだという話。
前腕皮下にという話だけど、このチップ、意外に大きいな^^;と思った。


人間への適用という話は以前からあって、性犯罪者の話とかで。

ペットの世界ではすでに実用化されているようですし。

これが追跡システムとリンクするなど、いろいろ倫理的に問題のある方向に行くとイヤですけど、趨勢としてはチップ、行きそうですねこれから。

こうなると、脳内にモッドを当てるまでにはもう一歩!
世界よ、グレッグ・イーガンに追いつくか?
     ↑私が盛り上がってる理由は要はこれだけ(笑)
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猫沢エミ「パリ季記」

2006-02-14 13:21:54 | book
パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし

地球丸




猫沢エミさんが雑誌『天然生活』に連載していたものに、加筆/修正して出版された本。
猫沢さんのパリでの生活と思いが凝縮された本。

硬い表紙に,折り返し用の溝がついていて、いかにもペーパーバックを意識したしゃれた装丁は、思わず手に取って買ってしまうお客さん?もいることだろう。たくさん売れることをお祈りします。


フランス人はとかく言葉でのやり取りを好む、という。
言葉は彼等にとって最も大切な自己防衛のツールであり、場合によっては事の良し悪しを抜きにして興味深いことを言った人の勝ちになるとか。
言葉もまま成らぬ東洋人だから~といってここで引き下がっては完全に負けで、知っている語彙を総動員してがんばる必要があるんだと。

日本にいると、仕事をしている間は抜きにすると、下手をすると一日なにもしゃべらないでも過ごせてしまう。
買い物だって欲しいものを黙ってレジに持って行くと、会計してくれる。
スタバに行っても必要最低限「トールラテ」の一言で済んでしまう。
これは日本が集団的気遣い社会だからできることなのだろう。
ことさら何かを主張しなくても大概のものは自分の望む形で手近なところに用意されている。
こんな社会にすっかり慣れている私は、パリに住んだらさぞかしダメージを受けることだろう。

しかし銀行のキャッシュディスペンサーの逸話にはたまげた。
故障してカードが吸い込まれたので係の女性に訴えると、
ふ~ん、私には関係ないけどね」と言われたという話。
個人主義ここに極まれり。

でも
・・・・想像開始・・・・
その社会、慣れてしまったら意外と自分、気持ちいいかも。
組織がどうあれ私は私です。という主張が許される社会。
ウィはウィ、ノンはノン。これは自分に合っているかも
・・・・想像終わり。

でも無理だ~
考えてみると日本でさえウツにやられてしまった自分である^^;
パリに住むならまず日本人の精神科医を探してから移住だ。
ああパリはやっぱり遠かったか・・・・

***

パリにスタバができた!という話も面白かった。
パリにはいかにも非スタバ的雰囲気があるんだそうです。
マニュアル化した行動がいかにもパリには向かないそうで(笑)
破竹の勢いで店舗数を増やした日本とは、こういうところでも違いがあるんだなあと感心。

あとはマルシェの様子、映画館案内(行ってみた~い)
そしてお土産。
読者カードで応募すると抽選でパリ土産をいただけるそうです。
どうせ当たらないだろう・・なんてネガティヴなことを言わずに、
当たるかも・・というポジティヴな気持ちで応募してください・・・
とライブのときにご本人が仰っていたような気がします。

居住3年にしてしっかりとした文化論が書けていてすばらしいと思いました。
あと、猫沢さんのサイトでの日記も併せて読むと、本音的裏話も補えて面白いです。
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失速(+_+)

2006-02-13 15:30:33 | movelog

離陸一ヶ月にして失速。
今日は出勤できず。
風邪と称して休む。

何に・誰に気兼ねして詐称しているのか自分でもわからない。
家を出るだけのことなのにこの重圧感。
最悪だ。

昼過ぎまでバンド用の曲の譜面起こしをする。
いくらも進まず。

体が冷え切ったところで出かける。
フランス語の構文集と原語の易しそうな本を2冊買う。
お勉強用にフランフランでノートを買う。

勉強にかこつけて浪費してるだけに思えてきて萎える。

仕事が起動に乗るとフランス語なんかやっている余裕はなくなるだろう。
この人生に対するプライベートタイムの割合の少なさが全ての元凶じゃないのか?
世の中の人はこういう境遇にも皆自分なりの方法で折り合いをつけて暮らしているのに違いない。
自分はその方法をしらない。その方法をしらないということを自分のなかで隠しきれなくなってごまかしきれなくなってしまったんだ。
こんな自分はいまの社会ではよほど脆弱な存在なのだろうな。

しかし
くそ~!ようするに朝出かける時だけなんだ。パワーが必要なのは。

このままではダメだ
なんとかしろよ>自分
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グレッグ・イーガン「順列都市」

2006-02-12 14:41:37 | book
順列都市〈上〉

早川書房



順列都市〈下〉

早川書房




面白かったです。
イーガンの長編のなかでは一番読みやすかったかも。

まず、精神活動をソフトウェアとして走らせる=コピーとして生きると言う事態になったときに、どういうことが起きるのか、
短編でも追求されるこの課題に、じっくり取り組んでいるのがこの長編だ。

と言う意味ではイーガンの基礎文献と言えるかも。

朝目覚めたとき、自分が「コピー」であることに思い至り慄然とするオープニングから始まって、自分の外面を自在に設定できる界面ソフトによるコミュニケーションだとか、精神状態を修正して気分を変えるだとか、そういった「コピーライフ」のディテールが面白い。

****

でも、もっとおもしろいのが「塵理論」に基づく、「不死」の実現。
これがまた例によってどこかで煙に巻かれたような理論。

コンピュータ上でシミュレートされている精神活動を、粉々にタイムスライシングして、無数のクラスタ上で時系列もランダムに走らせる。その状態でシミュレートされている精神活動に一貫性は保たれるのか?
主人公ポール・ダラムはそんな実験から、スライスされた無数の「塵」を自己複製するセル・オートマトン上で再配列・再利用することで、永続し無限の規模を持つシミュレーション世界=宇宙を実現できると結論付け、不死を保証する世界を、コピーライフを送る富豪たちに提供しようとする。

なんて書いていても、なんじゃそりゃあ?な気分。

現実のコンピュータ上でシミュレートされるTVCセルの上でシミュレートされるオートヴァース上で展開されるランバート宇宙。その上で発生した知的生命体がモデリングする宇宙理論をシミュレートして接触を試みるエリュシオン人。しかし逆にランバート宇宙の原理がTVC宇宙の基本原理を浸食しはじめ、永続する宇宙という基盤が危うくなる。
そこでダラムたちの取った方策は、TVCセルに再度エデンの園配置をスタートさせ、その中の種子として新しい宇宙を生きることだった。

なんて書いてても、何じゃそりゃあ?な気分^^;

でも猛烈に面白いんだな。

**

マリアというランバート宇宙の種子をプログラミングした女性の内面の揺れ動きがとても感情移入出来る。(でもリアル彼女は果たして母を「コピー」することができたのか?)

主人公たちも、初めは生身の人間だったが、次第に「主人公性」がその「コピー」へと移っていき、さらにそのクローンの視点が出てきたりして、多重構造になっているのが面白い。

あと、各章の表題が小説のタイトルのアナグラムになっているのもミソだ。
塵理論=アナグラム宇宙と言えるから。

支離滅裂だけど面白いんです。

そうそう、フィリップ・グラスの「浜辺のアインシュタイン」を流すシーンがあって、これも、ミニマルミュージックという、塵理論的音楽であることとタイトルがアインシュタインに関連している点で、内容に密接に関連した参照になっていて、芸が細かいな~。

ニック・ケイヴ&バッド・シーズまで出てくるし!

とにかく面白いんです!!
コメント (6)
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