Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

やめました

2006-07-31 22:21:23 | ウツ記
今日でひとまずカウンセリングをやめることにした。

話すことがなくなってきたのだ。
というか、何を話していいのかさっぱりわからなくなってきたから。

そもそも期待が大きすぎたと言うか、
本人すら与り知らぬ人格の謎を解きあかし、
心の芯に潜むどうしようもない弱さをえぐり出し、
それを克服する術を与えてくれる、
そんな神懸かり的神通力的劇的衝撃的な効果を期待していたのだが、
それはムリということだったのか?

毎回「どうですか?」からはじまり、
どうしても朝起きてメシ食ったらきもちよ~く眠くなってしまって、
結局時間ギリギリまで寝てしまったりして、
起きるのが辛いんです。
とか言う話になって、
じゃあ、あさ散歩してみれば?
とか、お子さんと一緒に家を出てみれば?
とか、仕事に行きたくない具体的な問題が職場にありますか?
とか、そう言う話になって、
はあ、じゃあまあいろいろやってみます。
とか答えて、
で結局大した変化はなく一ヶ月が過ぎ、
また「どうですか?」で始まる・・・

う~ん、毎回これの繰り返しで1回1万円をとられるのが、
どうしても空しくなってきたのだ。

ここで、さらにいろいろなことを持ちかけてみれば良かったのかなあ・・
仕事が詰まってくると、どうしても最後までやり遂げるパワーが湧いてこなくなっちゃうんです。基本的に人と会うのが恐ろしいんです。
特に仕事がらみで人に会うのが恐ろしいんです。
批判的なことを言われると必要以上にしぼんじゃうんです。
などなど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

といろいろ言えばよかったのかもしれない。
でも「他に言いたいことはありませんか?」と聞かれると、
「基本的には問題ないです」
とか答えちゃう。
何が問題なのかわかってないのだ、自分で。

ああ、このひ弱な精神
パソコンにダウンロードしてあちこちパッチ当てして強靭な精神力に仕立て上げたいな。
そう言う時代が来るのをひたすら待つか。

**

歌恋さんのところで「マルホランド・ドライブ」を購入したのが届いた。
レンタルで観たけど結局購入。
子供には見せられないな。

結局現実世界はあいまいなままごまかして、
バーチャルに逃げ込むしかないのか?>自分よぉ
マルホランド・ドライブ

ポニーキャニオン

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テリー・ギリアム「ブラザーズ・グリム」

2006-07-31 00:09:03 | cinema
ブラザーズ・グリム DTS スタンダード・エディション

ハピネット・ピクチャーズ

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2005アメリカ/チェコ
監督:テリー・ギリアム
出演:マット・デイモン、ヒース・レジャー、モニカ・ベルッチ

これも面白かったな。

グリム兄弟のことはよく知らないので、なんともいえないが、
民間伝承の調査をしつつ、素朴な村人をペテンにかけて商売も手堅く?やっている。
でもそうこうするうちに役人にとっつかまったり、人探しをさせられるはめになったり、ついには伝説じゃなくてほんまもんの超常現象に出会っちゃって闘うはめになるなんていう設定自体が私は好きだ。
なんというか、地味だし(笑)
舞台も1700年代だし、全体泥まみれ、埃まみれで土臭い。

この埃っぽさとか土っぽさという触覚と嗅覚がぞわぞわするつくりは、
ギリアムの映画の一つの魅力だと思うんだけどどうかな?
虫がぞわぞわ~~~~~~っと這い回ったり、
クモの糸がねぶわぁぁ~~~~っとのびたりする
そういう五感に訴える映画が撮れるっていいよなあ。
パゾリーニなんかもじつはそういう作家な気もする。

ストーリーにからめてときおり有名な童話、赤ずきんとかヘンゼルとグレーテルとか眠れる森の美女とかのエッセンスがちりばめられるのも、観ていて楽しい。
しかもブラックだし^^
あ、グリムだからもともとブラックか・・・

ヒロイン格の森の達人は、いまひとつ普通のひとっぽくてちょっと残念。
もうちょっと神秘的なところがあっても良かったなあ。

あと、兄弟の間の微妙な距離感がギリアムっぽい感じがした。
幼い時の「豆」事件は二人の間に暗い影を生涯落としているわけで、
一緒に旅をしながらも、決して結束するわけではなく、助け合いながらも、
お互いぎくしゃくしたところを捨てきれない。
この暗さのせいか、ヒロインとも無邪気に結ばれることはない。
ああ、なんていいぐあいに屈折しているんだろうw。

入り口のない高い塔がクライマックスの舞台。
高所恐怖症なので、塔にのぼる弟くんの勇気には感銘をうけたよ;;
塔の中には悲しい姫が、不死のみがあたえられて、若さは与えられなかった悲しい姫。
でもきもちわる~~のびきった爪が妙に説得力があったな。

ほかにもウサギの皮剥ぎとか、猫のミンチとか、いっぱいギリアム味がした。
ダメな人にはだめそうですけどね。



そうそう、
レンタル版DVDは最初になが~~~い予告編がついてて、劇場で観てる気分だった。
SAW2とかタイドランドとか親切なクムジャさんとかいろんな予告編を観ちゃったよ。
映画の楽しみには予告編っていうのもあるよな。
まじめに観ると、いかに作品の本質を凝縮してるかってことだけど、
楽しみ方としては、いかにつまらない映画を凄いモノに見せるかっていう涙ぐましい努力を笑うっていいますかww

ああそうそう!
レンタル版、字幕がときどき変だった!
会話部分は大丈夫なんだけど、文字が出るところの字幕が
とんちんかんな字幕だった。
家の再生機の問題かなぁ(マックでみたからな)
急に字幕のときだけ英語力が必要になって、焦ったよ。
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テリー・ギリアム「バロン」

2006-07-30 07:42:03 | cinema
バロン

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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1989アメリカ
監督・脚本:テリー・ギリアム
出演:ジョン・ネヴィル、サラ・ポーリー、エリック・アイドル、オリヴァー・リード

有名な「ほら男爵の冒険」の話をベースに撮られた、壮大なほら話。

劇場でホラ男爵バロンの劇をやっていると、いきなりの闖入者、
なんと本物のバロンだという。
偽物をさしおいて滔々と話をはじめるバロン。
話に誘われて、映画も劇場の舞台からホラ話ワールドにスリップしていく。

この劇場ー異空間の行き来という処理が非常に気に入りましたね。
で、現実=劇場というのもしゃれているし、
異空間=夢物語の世界での逸話をはみだして、現実世界でもいきなり大砲の玉にとびのってしまって、「うっかり」?本物なんだぞと言う姿を見せてしまう。
これで異空間と現実との境界は曖昧で、何が嘘で何が本当だか??となる。
いいなあこの感じ。

DVD&21インチモニターで観たせいか、予想よりこじんまりとしたつくりに見えた。もっと壮大な冒険絵巻を期待したが、期待しすぎたか。
もっとも、仕掛け自体には相当お金をかけているなあというのはわかるし、そのうえでなおどこか嘘くさいチープなつくりというのも絶妙な味付けだったと思う。

ユマ・サーマンが、こんなにきれいだったっけ?という感じで出てくる。
89年の映画だからかなり若いはず。

モンティ・パイソンの盟友エリック・アイドルも出てくる。
エリックは音楽のマイケル・ケイメンとともに劇中歌もつくっているらしい。
(クレジットが細かくて良く見えなかったけれど)

あとスティングが出てるらしい。
あれかな?活躍し過ぎてすぐに処刑されちゃう兵士がスティングかな?

あと製作のレイ・クーパー、
ちょい役で出演もしてるし、その風貌からして、この人はひょっとすると、
ジョージ・ハリスンお抱えのパーカッショニスト/プロデューサの
レイ・クーパーと同一人物では??
「ラスベガスをやっつけろ」では音楽もやってるし、間違いない~かな?
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ドストエフスキー「白痴」

2006-07-29 11:54:45 | book
白痴 (上巻)

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白痴 (下巻)

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やっと読み終わる。

ドストエフスキイの世界は、一種離れがたい温度があって、読み終わってしまうと心寂しい感じになる。
もっと世界に浸っていたい・・・

で「白痴」
ドストエフスキーが「完全に美しい人」を描こうとしたこの作品、
主人公はムイシュキン公爵。
どうやらてんかん持ちで、スイスに治療のため長く滞在し、ようやくロシアに帰国するところから物語は始まる。

上巻の約半分を占める第1部がとても面白い。
たった一日の出来事、それも物心付いて初めてロシアの地を踏んだムイシュキン公爵の身の上に起こる出来事としては、異様に濃密な一日。
決して少なくない物語の登場人物ほとんど全てに一日で出会ってしまうのだ。
まったく出来事と感情のジェットコースターという趣で、圧巻。

公爵はとにかく人当たりが純粋で、しかも話が面白いのだ。
特にエパンチン家に初めて行ったときの公爵の話が興味深い。
処刑寸前で系を免れた男の過ごした5分間の話とか、驢馬の鳴き声で異国の環境に急に溶け込んでしまうエピソードとか。
初対面であれだけのことを滔々と話せるというのもすごい。

というか、そういう際限ない純粋さというものこそ、実際面では白痴的な性質となってしまうのだ、ということなのだろう。

中盤は結構弛んでいるようにも思えるが、死を前にしたイポリートの独白など、
ドストさんらしい脇役の活躍でボリューム感がある。

主要人物であるナスターシャも激情の人。
絶世の美女であり、しかしどこか破滅型の精神を宿しており、公爵とロゴージンのあいだをひらひらと行き来し、男心を翻弄し、自らも悩み苦しむ。
結局は公爵と結婚かと思わせながら、さにあらず、衝撃的なラストシーンをかざってしまうのだ。

小役人のレーベジェフというのもなかなか興味深い人物である。
なんとなく卑しい存在として描かれているけれど、本書における精神論的なことはたいがいこのレーベジェフの口から発せられるのだ。
黙示録の茵陳星はヨーロッパの鉄道網だと思っているし(本人は否定しているが)ロシアの無神論者についていきなり議論したりする。
「鉄道ばかりじゃなく最近の科学や実際的な風潮をみんなひっくるめて呪うべきなのかもしれません。」とか
「無神論者は何を持って世界を救おうとするのか、科学、産業、組合、賃金その他もろもろを牛耳っても、結局個人のエゴイズムと物質的な必要だけを満足させて精神的基盤がない。」とか

ドストエフスキーの小説が「20世紀の予言書」といわれる由縁はこういう細部にあるのだな。

中盤存在感を発揮するアグラーヤも魅力的な娘だ。
高潔で自意識過剰、それでいて傷付きやすく、
最後は公爵に裏切られたかたちになって、傷心のうちにフェードアウト。

ロゴージンは粗野で直情的な人物で、公爵とはライバル関係になるのだが、
なんといっても物語の最初に公爵が出会う人物でもあり、中盤の公爵の発作にも関わり、ラストでも重要な役を演じる。
超重要人物なのだが、無口で、その人となりは謎に包まれている。
この謎めいた感覚が最後まで公爵の気持ちに、そして作品のトーンに暗い影を落としているような気がするのだ。

衝撃のラストで、ロゴージンが公爵に見せた打ち明け話の緊張感と、それに対する公爵の異様なまでの優しさは、この物語の両極に振れる幅そのものだ。

しかし、「完全に美しい人」って
高潔で聡明な精神を持ち、柔和で許容する心を持ち、で、結局白痴として扱われてしまう。そういう心の持ち主ってことでいいのかな・・・
傍役たちの、実際的だったり、ヨーロッパ的だったり、理性的であったり、独善的であったり、無神論的であったり、とそういう性質との対比で公爵をうきぼりにしようってことかな?


しかし、19世紀のロシアのひとは、こんなに激情的だったのかしら。
なにかというとすぐに人は叫ぶし、両手を打ち合わせ、椅子から飛び上がり、涙を流し、接吻する。
こういう激情はいまの日本にはないよな~
(いや、自分のまわりにはないだけか)
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読み終わる

2006-07-27 21:10:05 | diary
やっと「白痴」読み終わる。
出来事と感情のジェットコースターである第1部にはじまり、
ムイシュキン公爵を巡る、おかしな人間模様。

で、驚きのエンディング。

こんな終わりでいいのか?
ロゴージンとナスターシャの間にはどんなやりとりがあったのか?
でもそれに直面した公爵の、ロゴージンに対する優しい気持ちはいったいなにか?

これが「すぐれて美しい人」の心のありようなのか?

考える余地をいっぱいつくってある小説と言う感じだ。

「白痴」というと、
坂口安吾
とか
黒沢明
とかも思い出す。

ああ、黒沢版観たいな。

**

仕事復帰してから、読書時間が非常に少なくなって残念。
とにかく時間がかかるのだ・・・

次はレムの「砂漠の惑星」を読む予定。
でも、もうちょっとドストな雰囲気に浸っていたい気もする・・・・
「罪と罰」にしようかなあ(もう買ってあるんだよん)


白痴 (上巻)

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白痴 (下巻)

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テリー・ギリアム「フィッシャー・キング」

2006-07-24 13:08:55 | cinema
フィッシャー・キング

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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1991アメリカ
監督:テリー・ギリアム
脚本:リチャード・ラグラヴェネーズ
出演:ロビン・ウィリアムズ、ジェフ・ブリッジス


罪と良心と贖罪と再生の物語。

主人公はラジオのDJ?毒舌コメントがきっと売りのキャスター、ジャック。
彼が背負う罪の前に現れるのは、頭のいかれた地下ボイラー室に住む男パリー。

パリーは炎を吹く赤い騎士の幻影を見る男で、ある屋敷から「聖杯」を取り戻すという使命を帯びている、と思っている。
パリーがそんな状態になっちゃったのは、ジャックがラジオで放ったある暴言が原因なのだ。

罪の意識の前に、ジャックはホームレス同然のパリーを無視出来ない。
パリーに対して何らかの償いをしないと気が済まない。
ジャックはパリーの一目惚れの相手がいることを知り、キューピッド役を買って出る。
策はうまく回り、パリーの精神も復活したかに見えたが、彼の傷は深かった。

暴漢に襲われ入院し、精神後退の症状も見せるパリー。
ジャックは、途方に暮れ、パリーの使命である、「聖杯」を盗みに屋敷に忍び込む。

**

頭のいかれた男の持つ聖性と、その男の持つ非現実的な使命を肩代わりすることによって、自らの贖罪を得る。
という構図は、タルコフスキーの「ノスタルジア」に通じるものがあるんじゃなかなと思う。

「聖杯」は贖罪と希望の象徴。

ひょっとしたらアーサー王とか聖杯伝説について知っているともっと面白いのかもしれない。(ホントに面白いかということすらわからないほどそのへんには疎い)

ギリアムのなかでも異色といわれているようだが、なんというか、よくできたドラマだと思うし、ギリアムというキーワードでなくても十分に心に残る映画だと思う。

といいながら、いかがわしいビデオ店や、怪しいソプラノ歌手のオカマとか、十分にギリアムらしいテイストもあり。
そもそもラストに男二人ですっぽんぽんっていうのも考えようによってはすごいかもしれないな笑
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テリー・ギリアム「12モンキーズ」

2006-07-23 19:42:16 | cinema
12モンキーズ

松竹

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1995アメリカ
監督:テリー・ギリアム
脚本:デヴィッド・ピープルズ、ジャネット・ピープルズ
出演:ブルース・ウィリス、マデリーン・ストー、ブラッド・ピット、クリストファー・プラマ

いや~面白かった!
もっと早く観るべきだった。

タイムパラドックスを無理なくそつなく使いこなして、
現実と妄想の境界を曖昧にしていくあたりは、ただのSFネタ勝負ものとは違ってギリアムらしいところかもしれない。

劇中にヒッチコックなどの懐かしい映像が引用されるのも、過去の記憶、現実感、夢が曖昧になっていく主人公の意識の投影のようでなかなかのセンス。

とはいえ、自分は、これはやっぱり愛の悲劇、悲しい恋の物語なんだろうと思った。

未来の自分が死ぬところを見る、っていう設定も面白い。
それが愛する人との別れであるとともに、自分自身の原初体験の記憶にもなるという、複雑な設定。

エンディングは悲劇と見るべきなのかもしれないが、未来の科学者からすれば、またひとり任務に失敗した囚人が出た・・・ってだけのことで、次の囚人をまた1996年に送り込めばいいだけのことなのだな。
こんなに悲しいエンディングも大きな力の中で見失われるささやかな悲劇なのだ。

ギリアムの露悪的な趣味はほとんど全面に出ず、良質なSFサスペンスにしあがっている・・・
・・・とも思うが、やっぱりジェームス、実はこの任務をこなすにはちょっと不器用すぎたんじゃないかな(笑)
そもそも1990年に現れた時点で、いきなり乱暴して精神病院送りになっちゃうし、それじゃ任務どころじゃないでしょ。

そもそも空気がうまいからって異様にハイになったり、ラジオで音楽聞いて妙に喜んだりしたら、そりゃ挙動不審ってもんだよ。

ラストシーンだっていきなり銃ふりかざして走っちゃったら、そらやられちゃうぜ、もっと冷静になれよぉ・・・

それに、タイムトラベルに送り出される時は素っ裸になってるのに、服はどうやって調達するの?
第一次世界大戦中に送り込まれた時はいきなり裸だったのに、1996年ではちゃんと服着てたぜ・・きたない服だけど。

12モンキーズは実はな~んも関係ないっていうのも、タイトルなくせになかなかの肩すかしだよな~

なんてつっこみどころも満載な、楽しい映画でもありました。

この映画、「ラ・ジュテ」にインスパイアされたということらしいので、次はそれを観たいです。


そうそう、ピアソラの音楽が使われているというのでも話題になっていた。
大した使われ方ではなかったな。
何と言う曲か知っている人~~?

ん?クリストファー・プラマーってサウンドオブミュージックのトラップ大佐なんだそうです。へえ~
コメント (5)
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心配なんです

2006-07-22 14:39:58 | diary
そっっとしておいた方がいいなあとも思うんですけど、
大事なお友達の歌恋さん
結構心配な状況なんです。

たぶん今ははげましの言葉も重荷になってしまうんだろうと思うのですが、
気持ちはあなたとともにありますって言うくらいで、
みなさまお声掛けを・・・

<追記>
23日の時点で歌恋さんだいぶ持ち直したようです。
平穏と前向きな気持ちが持続するように祈るばかりです。
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テリー・ギリアム「ローズ・イン・タイドランド」

2006-07-22 06:44:52 | cinema
ローズ・イン・タイドランド公式ページ

2005イギリス/カナダ
監督:テリー・ギリアム
製作:ガブリエラ・マルチネリ、ジェレミー・トーマス
原作:ミッチ・カリン
脚本:テリー・ギリアム、トニー・グリゾーニ
出演:ジョデル・フェルランド、ジェフ・ブリッジス、ジェニファー・ティリー    ジャネット・マクティア、ブレンダン・フレッチャー

主な舞台は、テキサスのだだっぴろい草原。
そこにある一軒のあばらや。
ジャンキーなロックおやじノアと、娘のジェライザ・ローズは、
同じくジャンキーな母の急死を機に、ノアの生家であるこのあばらやにやってくる。

のはいいが、ノアはあるときヤクを打ってトリップしたまま帰らなくなる。
ジェライザ・ローズはひとりぼっち。
しかし彼女はファンタジーの住人。
隣人の、いかれた「魔女」とてんかんもちの少年ディケンスとともに、
底なしの永遠のようなグロテスクを爛漫に生きる。

ギリアム版「不思議な国のアリス」っていう宣伝は多分大きなまちがい、
おとぎ話でもなく、「少女の無邪気な想像力」なんてものでもない。
ファンタジーはある意味、状況を生きるための避けられない現実であるわけで、
仮想がゆえに、かえって底なしのどこまでも続く「リアル」なのだ。
ギリアムはそういうファンタジーの深みをしっかりととらえて離さない。
そこが並みのファンタジー映画と違って、R15指定になってしまう由縁なのだろう。

思えば自分もファンタジーの住人だった。
幼い時はそうだったし、かなり長じてすらそうだった。
もしかしたらいまだってそうかもしれない。
だから、この映画を観終わって、とても孤独になった気がした。
明るくなる館内を見渡して、誰も彼もが現実に帰ってゆくのをみて、
とても孤独だった。
永遠と現実の間に引き裂かれて、自分だけがここにいるような気がする。

そういう感覚を呼び起こす映画を、自分は「よい映画」と呼ぶのだろう。

なんといわれようともこの映画は私のために作られた映画であって、
私はこの映画を生涯大事に思って行くだろう。

**

ジェライザ・ローズを演じるジョデルは、中盤からほとんど一人芝居状態なんだけど、演じ過ぎず、冷め過ぎずの距離感が絶妙。
幻想と現実のちょうど狭間をしっかり生き抜いたと思う。

そのくったくない演技が鼻につくという人もいそうだけれど。

あと、偶然、右目を隠した魔女が出てくる映画を続けて観たのでビックリ。
(「ビッグ・フィッシュ」とこれ)

**

思えばモンティ・パイソンのテリー・ギリアムだったんだよなあ。
ギリアムはずっと精神的・抽象的なファンだった。
(ようするに作品はあまり観ていない)
こころのなかで、いつも応援だけはしていた。
けど、ジョージ・ハリスンも亡きいま、
すこしはちゃんとギリアムの作品を観てみようと誓う私なのだった。

ローズ・イン・タイドランド

東北新社

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暗い溝

2006-07-20 04:02:42 | diary
暗い溝がぽっかりと開いて
静かに横たわっている
事件でも事故でもなくて
日常にそっとよりそうようにそれはいて
静かに、待つでもなく、ただ口を開いている

そこにちょっと足を差し入れてみるのは
自分だ
決意するでもなく思いめぐらすでもなく
いつのまにか自分から入り込もうとしている

ちょっと待って
意識されない、自分の奥の奥の奥からやってくる自制の念のおかげで
かろうじて暗闇に顔をうずめ目を閉じ、思う
このまま土になってしまいたい
それだけで済む
そうして何時間か何日間かやり過ごせばいい

なんとか終わるだろう
暗い、静かな、ぽっかりあいた溝の傍らで
なんとか日常は続いて行くのだろう
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ティム・バートン「ビッグ・フィッシュ」

2006-07-19 05:40:52 | cinema
ビッグ・フィッシュ コレクターズ・エディション

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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2003アメリカ
監督:ティム・バートン
原作:ダニエル・ウォレス
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ユアン・マクレガー、アルバート・フィニー、ビリー・クラダップ
   ジェシカ・ラング、ヘレナ・ボナム=カーター、アリソン・ローマン

のっけから水中の映像。
スターウォーズさながらに画面の上後方から通り抜ける大きな魚。
なんだろうこの映画?

と思っていると、ホラ話の得意な父親と、
なにかと言うと始まるホラ話に幼少の頃からつきあわされて
うんざりを通りこして、父親の真の姿を見失ってしまっている息子の物語だった。

病床につく父親。
駆け付ける息子夫婦。
しかしそんな状況でも相変わらず耳タコのホラ話を繰り広げる父親。
その内容はすてきなおとぎ話。

なにより大きな魚のはなし。(素敵な話なので書かない)
村にいる魔女の目を見るとそこに自分の死ぬ時の姿が見えるという話。
村に現れて家畜を殺す大男を言いくるめて都会へ出て行く話。
途中でであったスペクター(幻)という村でのユートピアン生活の話。
サーカスでであった運命の女と結ばれるまでの話。
戦争に行き、パラシュートで敵陣に乗り込み、下半身はひとりだけど上半身はふたりという双子の芸人に助けられ、はるばるアメリカまで脱出する話。

などなど

息子は、幼い頃はそうした物語を信じていたが、成長するにつれて、父親と本当の心で話し合うことがないという思いにとらわれ、内向的な性格に育ってしまう。

だが、息子は父の物置き小屋を整理しているとき、不思議な証文を見つける。
それはスペクターのある一件の家の権利放棄書。
スペクターは実在する村なのか?

スペクターへ向かう息子。
権利書の家を訪ねるとそこにはおとぎ話にとうじょうするジェニファー(だったっけ?)という女性が子供にピアノを教えている。
息子はジェニファーを父の浮気相手だと思うが、ジェニファーから、スペクターの本当の物語を聞かされる。

父のホラ話に含まれる真実に気づきはじめる息子。
しかし父は危篤に。
意識を失った父に付き添う息子。
ある朝、意識を取り戻した父は、息子に、自分が死ぬ時の話をしてくれとせがむ。
その話は聞いていないと答える息子。
でもしてくれと促す父。
息子は、思いを込めて父の最期の物語を語りはじめる。

ううう・・・泣けるんだよな~ここから。

父の葬儀では、ホラ話の住人たちがどこからともなく集まってくる。

ホラ話と真実の絶妙のバランスがとてもいい。
夢物語の中の真実に気づく時、父と息子は言葉を交わさずとも和解し、
その父に息子は最後の贈り物をすることができたのだ。
謎解きに偏らず、和解の物語に偏らず、
その両方をうまくからめて描いているあたりが、この映画のとてもいいところ。

庭いっぱいの水仙がとてもきれい。
主人公親子の名前がブルームっていうのもすばらしくおとぎ話的。
その父と息子の溝が決定的となったのがビッグ・フィッシュのホラ話だったとすれば、その逸話を一番最後に和解の印にもってきたというのも、実にうまい。泣ける。


ユアン・マクレガーはあの時代の好青年を演じてグッド。
ヘレナ・ボナム・カーターは美しいなあと思ったらびっくり、魔女役も演じているし。
個性的な顔立ちのスティーヴ・ブシェミも、本当に個性的な顔で出てくる。

おとぎ話のそれぞれが、本気で撮られていてみどころ満載なのも魅力。
ティム・バートンのブラックな側面はあまり出ていないのかも。


あ、そうそう、
サーカスの小人のピエロ、
どこかでみたことがある。う~~んどこだっけ?
ピークスかなあ?いや違うかなあ?



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シルヴァン・ショメ「ベルヴィル・ランデブー」

2006-07-16 20:29:05 | cinema
ベルヴィル・ランデブー

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

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2002フランス/ベルギー/カナダ
監督・脚本・キャラクターデザイン:シルヴァン・ショメ
音楽:ブノワ・シャレスト

軽いタッチのアニメ・ノワール・コメディ
(そんな分類あるか~っ)

内気な孫シャンピオン。
なんとか孫の人生への目を開かせようといろいろ模索するおばあちゃん。
ひょんなことから与えた三輪車?に強烈に執着したシャンピオン。
成長し日々のトレーニングの甲斐あってツール・ド・フランスに出場するまでになった。

しかしその晴れ舞台に、怪しい男たちの影が・・・
レース中に男たちにさらわれてしまうシャンピオン。
孫の危機を察知したおばあちゃん、愛犬のブルーノを連れ、男たちを追跡。摩天楼そびえるベルヴィルへと単身乗り込むのであった・・・・・

とまあ、ストーリーはかなり分かりやすいのだが、アニメはほとんどセリフなし、説明なし。
映像の力というものをあらためて感じさせてくれるつくりである。

後半、おばあちゃんとブルーノ、そしてやはり年とったベルヴィル3人娘(元娘)が、怪しいマフィア?タチを手玉に取っての大活躍は、力も適度に抜けていて笑える。
このメインストーリーの感じはちょっとジブリでも通用しそうな・・というか、ちょっと「宮崎ルパン」の
ノリかもしれない。

しかし、随所でちりばめられるちょっとブラックなエピソードなんかはやっぱりヨーロッパな感じだなあ。
カエルを手榴弾で大量にしとめるところとか、そのカエルを逃がしてやっても線路でプチュっといってしまうとことか。
3人娘の住処のかなりみすぼらしいとことか、おばあちゃんの家が線路の高架線のせいでかしいじゃってるとことか、その線路を列車が走る度に律儀にほえまくるブルーノとか・・・きりがないな。

キャラクターのデザインもかなりグロテスクな感じだし。

よくいわれていたけれど、ジャック・タチへの目配せがところどころあって、ポスターがあったり、のんき大将の引用があったり(やっぱ自転車だものね)。
そもそもセリフやナレーションには頼らず、身ぶりや出来事だけで勝負するっていう姿勢がなによりタチの世界に通じるものだと思う。

あとはいかにもジャンゴ・ラインハルトなギタリストが出てくるとか、グレン・グールドなみに低い椅子でバッハを演奏するピアニストが出てきたりする。
これは映画の製作国への配慮かしら(笑)

ちょっと全体短かったな。
もうちょっと引っ張れたと思うし、その力もあると思う。

シルヴァン・ショメはアニメのキャリアをイギリスでスタートさせたと言う話。
クエイ兄弟といい、イギリスはアニメの国?


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↑なにとぞぼちっとオネガイします。
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暑すぎる!

2006-07-15 13:10:56 | movelog

今日はイレギュラーながら通院日
駅から徒歩20分
朝から汗だくになる

朝のだるさについて相談してみるが
お医者様は特にコメントなし
う~む・・・・・
薬もまったくかわりなし
前の先生はすぐに薬変えたので、対称的。
今のほうがいいけど


昨日は昔の職場仲間と飲み会
懐かしい仲間ではあるが、
「お前、太ったなあ!」と言われまくってしまった(^_^;)
とことん徹底的にひたすら言われまくってしまった

まあ10年前との比較とはいえ、情けなくなり、ダイエットへの決意を新たにする。

つもりが、ついスタバでジャバチップフラペをたのんでしまう。
ダメだ。
ダイエットは明日からだ


ドストエフスキィ「白痴」があと250ページというところまできた。
公爵とそれをめぐる魑魅魍魎たちの運命やいかに
楽しみである。
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頭痛~~

2006-07-13 12:32:08 | diary
9時~5時の生活が7月から始まる予定でしたが、
朝1時間の勤務軽減措置の延長が出来るとのことで、
一挙に9月末までは朝10時出勤で勘弁してくれるということになりました。

って書いたっけかな?

しかしそれでも結局は遅刻寸前、ぎりぎり出勤。
すこしも朝余裕感はありません。
って言うか、余裕ありすぎで朝ご飯のあとすこし寝ちゃったりするのがいけない。

お医者さんは、「朝じゃ無くて夕方1時間を軽減してもらえば?」と仰ってたなあ。

で、やっぱり疲れます。
4月から一応正式復帰して早4ヶ月目、
だんだん疲れがたまってきているなあ。
週の後半にはほとんどへろへろ
月の後半には力尽きてさらに遅刻出勤が増える。

で、今日は頭痛~~
昨日の夜から頭がガンガン、夜中に頭痛くて目が覚めたし・・
朝もガンガン
朝出かける前にちょっと寝て、少し軽くなったけれど、
出勤はしたけれど、仕事への意欲なく、ブログなど書くのでありました。

ブログへの書き込みで減給になった人がいるから要注意!
投稿時刻が昼休みになるようにしなきゃ

**

最近aikoちゃんばっかり聴いている。
なかなか名作だって曲もあれば、まあクリシェに陥ってるなって曲もある。
iPodにいれてずっと聴いているので、曲名がまったく覚えられないのが難。
「カブトムシ」は覚えた。
アルバムとしては、「秋そばにいるよ」がなかなかいいと思う。
曲の水準が高い。「マント」「赤いランプ」「海の終わり」といい曲が続く。

aikoに惹かれる男ってどういうんだろう??
と思っていたら、mixiでそういうトピが立っていた。
「女心がわかる」とか「男でも共感出来る部分がある」とかいう意見が多かったな。
自分的には、「自分のなかにある女の部分がびびっと反応する!」という感じなのです。

性同一性障害とまではいかないけれど、自分の中にはかなりの程度女っぽい部分があって、そこが自己主張したがっているのです。
だから女性ボーカルの曲に惹かれるし、女性の歌詞に惹かれる。
自分でも女性が歌う前提の歌を作るし。

女々しい・・・とひとことで済まさないでくださいね^^;

aikoに戻るけど、今のところの最新アルバム「夢の中のまっすぐな道」は、最初聴いたときはなんだな変わり映えしないなあ・・と思ったけれど、重ねて聴いてみると、なかなかよい。
若さとノリで突っ走った初期作にくらべて、ちょっと大人っぽい抑制ができることも示している。1曲目の「青い光」はめずらしく男目線の曲だけれど、なかなかよい。
曲の中盤まで、言葉を紡ぐように歌はぐっと押さえて、やさしい声を生かしている。
コード進行もaikoちゃんのなかではかなり普通。
普通でもいい曲。

次のアルバムは、どうやら8月に出るらしい。
買うかな~
(実は1枚を除き全部レンタルで済ましているわたし・・)

夢の中のまっすぐな道
aiko, 島田昌典, 吉俣良
ポニーキャニオン

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**

ああ、頭いてえよお・・・
有給があまりないので休めないが、
月2日くらいは休むかな~(贅沢)

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ブラザーズ・クエイ「ストリート・オブ・クロコダイル」

2006-07-09 18:05:48 | cinema
Brothers Quay: Shorts

Kino Video

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アメリカ1983~88
監督・撮影:ティム・クエイ、スティーヴ・クエイ
原作:ブルーノ・シュルツ

5つのアニメーション小品からなる短編集
・レオシュ・ヤナーチェク(83)
・ヤン・シュバンクマイヤーの部屋(84)
・ギルガメッシュ/小さなほうき(85)
・ストリート・オブ・クロコダイル(86)
・失われた解剖模型のリハーサル(88)

製作年によってテイストは異なるが、基本的には、
ヨーロッパ、それも東ヨーロッパ的閉塞感溢れる、
薄汚れて錆び付いて誇りまみれで脂ぎった暗い人形アニメである。

つまり私の古巣である。

幼い頃にかいま見て堅く小さく心のなかにしこり続ける幻想の種。
奇想に溢れる人形アニメには、そういうものになる独特の力が宿っているように思える。
日本でいうならば、毛色はやや違うが辻村ジュサブローか。

クエイ兄弟の作品は、師シュヴァンクマイエルのようにアニメーション自体に驚きと奇想を封じ込めるタイプのものではない。
その影響を多分に受けながらも、異なる方向を向いている。

クエイはアニメーション技法自体は驚きではないが、それによって作り出す空間の全体から細部にいたるまでを奇想とナンセンスで貫く。
抜きん出ているのは表題作となっている「ストリート・オブ・クロコダイル」。
キネトスコープの覗き窓の中に展開する幻?の街、
妙な滑車と細いワイヤーが謎めいたうごめきを続けるがその意味はまったく定かではない。
掃きだめのような街。
意味ありげに横異動するカメラのとらえる先は、まったく説明のない人物の不可思議な動きだったりするし、
水がいきなり氷になったり、内臓をもつ時計がいたり、
脳味噌が空洞の少年たちがでてきて、肉片で型紙をとってみたり、男の顔をすげ替えてみたり。

まったく意味不明の幻想空間が繰り広げられるのだ。

心惹かれるのは、人形たちの「目線」がとても意味ありげに撮られていることだ。
首をほんのすこしかしげ、ふと隣の人形を見るまなざし。
ふと手もとの綿毛を見るまなざし。
従順に視線にそって動いて行くカメラによって、
光景はさらに不思議な重層世界に見る者を誘い込むのだ。
その視線のなまめかしさに圧倒される。


でもどこがシュルツ原作?
ストーリー的には原作を反映した部分は全くないのではないか?
とはいえ、そこに表現されている閉塞感はまさに原作の描く街のイメージにぴったり。
思いきり原作を読み返してみたくなる。
その意味では実に出来がいいのかもしれない。


クエイ兄弟はアメリカ生まれ。
アメリカでこんな作品が生まれるのか??
と思ったが、どうやら移民文化の中で育ったらしい。
イギリスに渡り、アニメの勉強をし、コマーシャルやビデオクリップなどを製作し、
一連の監督作品をつくるに至ったらしい。
ピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」のビデオの一部も
クエイ作とのこと。

ビデオはイメージフォーラムから(だったかな?ダゲレオ出版か?)
出ていたけれど
現在は入手困難
上に挙げたのは海外版。

TSUTAYA新宿店でレンタルしました。

ブルーノ・シュルツ原作はこれ↓
「肉桂色の店」のなかの「大鰐通り」
(ながらく絶版だったので入手するなら今がチャンス!!)
シュルツ全小説

平凡社

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シュルツの過去記事はココ
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