『大失敗(フィアスコ)』スタニスワフ・レム
面白かった!予想以上に。
レム最後の長編小説。87年発表ということで、50年代からのSF小説やメタミステリ小説、60年代の高みを極めたSF小説群、70年代のメタフィクション的挑戦と各種の研究書、そういった歩みを踏まえての、まさに大団円となるすばらしい小説でした。
文章が韜晦で読みにくいとの前評判を聞いていましたが、そんなことはありませんでした。
****
レムのSFをすべて読んだわけではないが(というか読んだほうが少ないが)、レムに惹かれる理由は、彼のSFが一貫して科学的であろうとする姿勢をとっていることの帰結として、異星の文明とのコンタクトの不可能性、本質的な他者との意思疎通の不可能性を描くことになるというあたり、このなんとも楽観的でない姿勢にある。
宇宙人の存在を描くならば、華々しくファーストコンタクトの感動を描きたくなるのがエンタテインメントとしてのSFの衝動であろうに、レムはそんなことにはまったく興味がないらしく、徹底的に意思疎通が不可能であることを説き起こすなんて。
しかも分厚い本で(笑)
というわけで、平たく言うとそのひねくれた(まっとうな?)根性がすごい好きなのである。
でももっと好きなのは、科学的であろうとする一方で、細かい妙なところで未来像を捉え損なっているのが散見されるところだ。(笑)
『大失敗』にしても、宇宙船が光年の彼方へ航行するに関連し、航行の原理から乗員の日常生活にいたるまであらゆることをくどくどと描きこむあたり、そこらのハードSFにはまったく負けていないのだが、そのくせ、GODという超コンピュータが吐き出すデータが「テープ」だったり(あの紙はどうやって調達するんだ?)、タイタンの風景がすっかり現実の観測内容と違ってたり、宇宙の状況を検討するのに膨大な「写真」とにらめっこしてみたり、実はなんだか茶目っ気たっぷりな結果になっちまっているところもすごく面白いと思うのだ。(確かに87年頃はまだテープ出力の時代が終焉を迎えたばかりかもしれないが・・)
科学的でなければならない、と科学の守り神を自認しつつもスカッとはずしてしまうレムの立場は、しかし60年代に夢のような未来像を振りまいた凡百の科学的予言者達にくらべればまだまだ真摯だったというべきでありましょう。
***
・・・・話をもとに戻すと、この『大失敗』も基本的には絶対他者とのコミュニケーションの根本的な困難性を扱う。
異星に赴きそこに文明を見出したとき、侵略の意図でなく友好的訪問であることをどのように伝えたらよいのか。それ以前に友好、侵略という概念自体共有できるのか。また、相手が持っている技術に応じた相互で利用可能な通信手段とはいったいなにか。
絶対他者を前にして、我々の前提とする認識や理論や理解がことごとく無効であることを、レムは無数の事象を通じて次から次へと示してくれる。
う~む、これぞレムだ。
が、・・しか~し・・・
この小説、物語も終盤になって、
驚くべきことが起こるのだ。
書くとネタばれになってしまうし、これから読まれる方はぜひ前知識なくこの結末を味わって欲しいと思う。
「不可能性」のレムが突如その殻を打ち破り、一歩踏み出したところは、しかしなお不可解な世界であり、その不可解さを理解することすらかなわず「大失敗」を迎えることになるこの小説は、レムの変節ではなくその不可能性の果ての可視化まで突き進んだまさに最後の小説にふさわしい袋小路なのだ。
****
もうひとつレムの面白いところは(ことさらいうまでもないが)作品に様々に思想を織り込んで見せるところだろう(まあ多様な思想を反映させない小説というのもありえないのだろうが)。
先に述べたようなコミュニケーション論を読み取るもよし。
球体戦域の理論に戦争論もしくは冷戦体制をモデルとした現代文明論を読み取るもよし。
搭乗した司祭を契機に展開される宗教哲学を読み取るもよし。
GODによって行われる心身管理に心療的問題の困難性を読むもよし。
もちろん80年代の時点で考えられる遠宇宙航行法のテキストとして読むもよし。
しかもその上で、読むものの心身にダメージを与えるような総合芸術<小説>としての力を持っているのだから、これは面白くないわけがなかろう。
中盤、小説中小説として披露される蟻塚の情景が、ラストにありありとよみがえる様は、それまで繰り広げた理屈の数々をはるかに凌駕してエキサイティングだったよ。
****
ポーランドでは「レム著作集」34巻が刊行されているという話だ。
日本はレムの紹介が進んでいる国だといわれているが、その実常に入手可能なものは少なく。
各出版社にはぜひこの著作集全訳出版に踏み切ってもらいたい。売れそうにないけど、シュルツ全集よりは売れる気がするが、どうでしょう??
**son*imaライブ8/21@吉祥寺マンダラ2**
人気blogランキングへ
↑なにとぞぼちっとオネガイします。
son*imaポップスユニット(ソニマ)やってます。
CD発売中↓
詳しくはson*imaHPまで。試聴もできます。
↑お買い物はこちらで