Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「母の記憶に」ケン・リュウ

2017-06-30 03:36:17 | book
母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリエーター情報なし
早川書房



ケン・リュウの日本編集短編集の第2弾を読了。

SFらしいガジェット続出のものもあれば、全然SFじゃないものもあるが、
いずれの作品も、設定を突き詰め、そこに生きる人間の心身のありようを生き生きと描き出すという、
良質なSF魂をガッツリと備えていて感動的。

一編毎に深くその世界に入り込み、うーんと唸りながら読む感じで、
ひとつ読み終えた後は余韻から抜け出すまでは次に進めないので、
読むのに時間がかかりました。




『草を結びて環を銜えん』『訴訟師と猿の王』は、清朝成立前夜の揚州大虐殺に材を取った非SF作品だが、
悲惨な運命に散りながらも矜持を失わない、強くしかし儚い市井の人々の姿をありありと描写していて心を動かされる。

辛い状況を描きつつ、中国故事らしい諧謔や幻想をしっかり織り込んであるのもこの2作の魅力で、
ルーツである中国の文化を何らかのスタイルで継承していこうと考えているのだろうと推測される。


アメリカと中国ということでは『万味調和-軍神関羽のアメリカでの物語』(これもSFではないね)で、
二つの文化の出会いをやはりそこに住む人々の心のありようにぐっと迫って描いている。
豊かな細部に満ちた力作で、異文化の衝突の一方で、
特に西部フロンティアを求めるタイプのアメリカ人と、逆境に耐える移民中国人との精神的な親和性を軸に、
共に尊重し共生する姿もあったのだということを、希望を持って伝える感動作。



非SF作品ばかり挙げたが、SFらしい他の作品でも、
儚く散る無名の人々の思いに寄せる姿勢が底流に感じられる。
この基本姿勢は賞嘆すべき点だ。

表題作『母の記憶に』や、作者が自身で重要作と挙げる『残されし者』などでは、
光速に近い移動やいわゆるシンギュラリティといった、我々がまだ手にしていないテクノロジーを得た世界で、
そこにいる人たちがどのような事態に直面し、何を思いどんな行動をするのか、
人のモラルや実存的な事柄がどう揺らぐのかを突き詰めて、優しく苦い人の性を描いている。


帯にあるとおり、卓越した作家と言わざるを得ない。
若いのに大した奴だ。

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「メッセージ」ドゥニ・ヴィルヌーヴ

2017-06-21 02:36:35 | cinema
テッド・チャン「あなたの人生の物語」を原案とした映画ということで、
楽しみにしておりましたが、やっと観ました。

*****

原作はいかにも映画化が難しそうなものでしたので、
いったいどうやって映像化しているのか?と興味津々。

原作では、異なる言語を習得することで、物事の認識の仕方も変化する、という、
「サピア=ウォーフの仮説」に基づき、言語学者がエイリアン(ヘプタポッド)の言語を理解するにつれ、
これまでとは違った認識を得るようになる。

ということの一方で、その新しい認識とはどのようなものかを、
変分原理の一つである「フェルマーの原理」により基礎づけ描写している。

この2点が小説の面白さの核であり、また特に変分原理による「なるほど!」感は、
一番映画化が難しそうだなーと思っていた。


本作では、その困難な部分は潔くバッサリ切って、
ヘプタポッドの認識においては時間という概念がないことを所与のものとして扱い、
ヘプタポッドとのコミュニケーション成立の過程、それにより主人公が自分の人生をどう再構築するか、
そしてそのような認識を得た後にどのようなことが起こりうるか、に絞って、
小粋なタイムパラドックス風味のエンタテイメントに仕上げている。

原作にないモチーフも上手く組み込まれており、よく考えられた作品になっている。
さすが。

****

原作にないものの一つが、ヘプタポッドに対する世界の各国の対応の描写。
そこに世界は協同してより良き世界を作る努力をしなければならないという「メッセージ」を込めている。
こういう発展の仕方もこの物語にはあるのだな。

あと、ヘプタポッドの文字の成り立ちについても、
彼らの認識様態を踏まえた面白い説明が原作にはあるんだけど
ここらへんもカット。
ここは映画に入れてもよかったかもしれないが
ちょっと冗長な感じはするかもね。

******

映像も、暗い色調をベースに、「現場」の殺伐とした雰囲気と、
それに対する主人公の「人生」を対比的に描き出してグッド。


音楽もよいねー。サントラ欲しいかも。
冒頭と終盤に使われるのはマックス・リヒターの「on the nature of daylight」で、
こういう曲は映像とともに流れると、なかなか来るものがあるねー

もう1曲既成曲があったと思ったが、クレジット読み損ねました。

ヨハン・ヨハンソンによるその他の音楽も、
ヘプタポッドの認識を表現するかのような不思議感があり大変に好み。

クレジットにはボーカル指揮にポール・ヒリアーの名があったけど、
ボーカルアンサンブルの曲ってあったかしら?


Max Richter - On the Nature of Daylight


リヒターについてはこちらの記事がまとまっているかも。

あと原作についての昔の(超適当な)記事はこちら
コメント (1)
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YES Heaven & Earth

2017-06-17 04:08:52 | music
ヘヴン&アース(初回限定盤)
クリエーター情報なし
マーキー・インコーポレイティドビクター


YESの現時点での最新作、2014年のアルバムを聴いています。
YESのアルバムとしてはパッとしないのは揺るがし難い事実なので(汗)、
世間は酷評ばかりなのも致し方ない。

が、YESだからと言って常にYESらしくなければならないという感じ方は
ワタシは不自由だろうと思うし、あの名作アルバム「トーマト」ですら
リリース時にはその「変節」がうるさく言われたけど今となっては立派にYESのアルバムだし、
ビートルズだって「SGT〜」後にあろうことかホワイトアルバムを出すというすごいことをやっているし
、むしろ「変節」する人たちをワタシは愛してきたのである。

YESだって特に90125以降はプログレの意匠を纏わないソングライティングにも
興味を持っていることを、時折端々に感じさせてきたではないか。

したがって、本作については、もはやYESらしさは求めず、
2014年の時点で彼らが作りたかった音を無心に受け止めようではないか、
という決意?のもと、時折聴きかえしてみると、
なかなかいい曲たちではないかと思ったりするのである。




1.Believe Again (Jon Davison, Steve Howe)
とはいえ、パッとしない1曲目である(笑)。悪くはない。
ジョン・アンダーソンのあの細いのにパンチがある無根拠に説得力にみなぎるボーカルであれば良いのかもしれない。
メロディラインもジョン・アンダーソンを思わせる個性がある。
普通のサウンドにクリスのベースが入ってくる時の浮いた感じがたまらん(笑)
中盤から馴染んでくるが。

2.The Game (Chris Squire, Davison, Gerard Johnson)
しかしパッとしない2曲目である(笑)。
このアルバム、つかみは完全にしくじっている(笑)。アルバム中最も凡庸な曲かもしれん。
MTV見てたら質の悪い曲に出会った時の気分。
いやそんなに悪くもあるまい、と先ほど改めて聴き返してみたが、
やっぱつまらん(笑)
ちょっと長めの少しハウらしいソロが聴けるのが良いところかも。

3.Step Beyond (Howe, Davison)
いかん、このままでは酷評になってしまう(^^;
と焦ったが、3曲目はなかなか面白い。よかったー。
場面毎に曲想が変化する、軽いけどひねりの効いたポップソング。
イントロの軽薄なwシンセが背景を作り、クリスの1拍目がなかったりオルタネートきかせまくりのベースと、控えめなギターソロとかが入って重層的な感じがよい。

4.To Ascend (Davison, Alan White)
これはいい曲じゃん。いいねー。
2拍3連と3拍子の間を揺れ動くのはすごい好みだし、
サビの憂いのあるコード進行はなんとなくYES的な叙情をよく捉えているよね。
ボーカルも自然によくはまっていて、やるなデイヴィソン!
ボーナストラックもこの曲なので、もしかしたら自信作なのかも。

5.In a World of Our Own (Davison, Squire)
一聴してクリス臭い!
デイヴィソンとの共作だけどどういう作業なんだろうか。
近年のアルバムにはだいたい入っているタイプのクリス臭さ。
ウィキペディア等によるとクリスのソロ用の曲だったということらしい。
サビ?に向けての部分で少し60年代ポップな雰囲気のメロディになるところとか、
普通な曲でもちょっとした凝りをつい入れてしまう感じがなかなか好み。

6.Light of the Ages (Davison)
ワタシ的にはこの曲が一番好きかも。
暗く浮遊するコード進行に乗る隙間多めのドラム、ベースとギターが、
ちょっと『海洋地形学』の雰囲気を思わせる。
ああ、この人たちはあのアルバムを作った人たちなんだなあ。。
とクレジットをみると、なんとデイヴィソン単独作。
YESの持つこの辺りのニュアンスを汲み取ってくるのは、偶然なのかもしれないけど素晴らしいと思う。
しかし、イントロの長めのインストパートが、遠目のミックスになっていて、
まあわざとなんだろうけど、なかなかかっこいい演奏なのでドーンと前に来てもいいんじゃないかなーと思う。

7.It Was All We Knew (Howe)
ハウ先生による明るいポップチューン。サビが大きなのっぽの古時計なのだがw、
歌はそのメロディをフルには歌わず適宜間引きしているところが彼らのセンス。
この古時計の素朴なテイストを求めるあたりもとてもハウらしい気がする。
間奏のYESらしいリフ攻撃も心地よし。

8.Subway Walls (Davison, Geoff Downes)
多分往年のYESファンが許せるのはこれだよねー。
ボーカルのバックでもとんがったリフとリズムをスリリングに組み上げて変拍子もキメる。
その格好良さがあって、キャッチーなサビも開放感がドーンときて映える、みたいな。
ダウンズ頑張ったかしら。
しかしイントロのシンセオーケストレーションを聴くと、ダウンズはなんというか、
普通な人なんだろうなーと思ったり。
なかなかこの素朴の極みのコード進行にバロック風味の刻みとかやらないよね。
アウトロに再現する部分みたいに7拍子にしたりとか、ついついしたくなるもんじゃないのかなーw

9曲目はボーナストラックで、To Ascendのアコースティックバージョンということで、
主にアコギのバッキングで、控えめなシンセが入っている。
ベースがかすかに聞こえるような気もするが、幻聴かもしれん。
曲がいいので聴けるが、サビでギターは3拍子でドラムは2拍3連みたいなアレンジの妙がなくなっちゃうので残念。




ということで、聴きこんでみるとなかなか楽しめるアルバムです。
繰り返しに耐えるアルバムというか。
今並行してASIAを1枚聴いているのだけど、それよりはこっちの方がかなり良い(苦笑)

歌詞には全然踏み込んでないので、歌詞も見てみたいですね。

冒頭YESらしさは追わずと宣言したけど、YES臭いところがあるとやはり燃えるな!ww

R.I.P. Chris

YES - Subway Walls - from HEAVEN & EARTH

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「クリーピー 偽りの隣人」黒沢清

2017-06-10 19:02:57 | cinema
クリーピー 偽りの隣人[Blu-ray]
クリエーター情報なし
松竹


録画していたのを観ました。

香川照之のやばい人オーラに押され気味であるが、
主人公的な西島さん演じる高倉も、2回も「面白い」とか言っちゃうし、
趣味でやってますとかいうし、若干のサイコパス風味アリ。
奥様も明るいふるまいの奥に闇をため込んでいっているようであるし、
隣の田中さん?の他者を極端に拒絶する振る舞いといい、
記憶と証言がとにかく怪しい日野市の少女といい、
出てくる人みんなが怪しい感じの作りは好み。

そういう怪しさに加え、随所に場の個性をじっくり映像に刻み込むやり方も素晴らしい。

西野の家の玄関手前に謎の増築部分と工事の囲いみたいのがある殺伐とした状況とか、
増築部分入口にビニールシートが下がっていていつも風に揺られているとか。

高倉の妻が西野の家の玄関に踏み入れた時に、わずかにカメラを引くことで、
妻が感じた禍々しさを表現するあたりはさすが。

日野市の「現場」の空家感や配置のヤバイ感じや、
終盤の廃墟風の元ドライブイン風の建物といい、よくロケハンしたなー。

日野市の現場に感じとるヤバさを、高倉が次第に自家の周辺に適用していくのも、
怖さのひとつの軸。

冒頭の警察署の廊下から始まって、西野の家の廊下の暗い感じもこだわりあり。

大学の風景ではむやみにオープンな作りのキャンパスに、
背景に常に過剰に学生たちが集うのが映るのも面白い。


ストーリー的には、西野の怪しさが暴露されていく一方で、
高倉の妻のようにサイコパスワールドに引き込まれていく人々のあり方が怖い。
このまま西野の勝利で終わっても少しもおかしくない。
取り返しのつかない世界に目覚めてしまった自分の
不穏な立ち位置を思う妻の絶叫で幕を閉じるのが素晴らしい。


16号をひたすら北上するワゴン車のこの世のものとは思えない情景は、
もう手を叩くほかなし。


@自宅録画鑑賞

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