![]() | 時は乱れて (ハヤカワ文庫SF) |
フィリップ・K. ディック | |
早川書房 |
kindle版
![]() | 時は乱れて |
クリエーター情報なし | |
早川書房 |
解説によると本書はサンリオ文庫以来の30数年ぶりの改訳復刊ということです。
その間にハヤカワとか創元とて復刊なかったっけ?とちょっと意外な感じ。
ワタシも読んでから30年くらい経ったのかと感慨ひとしお。
再読して当然というか、内容はまるきり覚えてませんでしたー。
本書は大変ディックらしい主題、今ある現実は本当にリアルなのか、
何者かに与えられた虚構を生きているのではないかという問いを持つもので、
初期からディックはディックだよなー。
主人公とその地域に住む人々は50年代の平穏な時代を平穏に暮らしているのだが、
主人公レイグルと同居人ヴィックは、幻覚や錯覚を機会に、自分の住む世界は虚構なのではないかと疑い始める。
部屋にあるはずのない電灯のコードを探そうとしたというような些細なことから始まり、
鉱石ラジオで外界のものと思しき通信を傍受したり、廃墟でどこのものともわからない電話帳や雑誌を拾ったりして、
疑念をどんどん深めて行き、ついには外界への脱出を試みる。
ディックにしてはプロットのしっかりした堅い小説だ。
疑念が深まる一方で、こんな考えは自分のパラノイアの成せることではないかという逆の疑惑もまた深まって行き、
謎解きよりもその見当識のゆらぎが前景にくるのもディックらしい。
謎解きに繋がる手がかりを得る細部もとても豊かであり、ラザニアでお腹を壊す冒頭から、
マリリン・モンローを誰も知らないとか、ヴィックがスーパーマーケットで行う「心理テスト」や、
レイグルがある夫人の家でみた要塞の模型とか、バス乗り場で出会う兵士との顛末とか、
色々な技をみせていて面白い。
いよいよ疑念が確かなものになるあたりで、外界に出た彼らが陥る「異世界」での寄る辺なさの描写も面白い。
通貨が全然違うとか、出会う若者の言葉遣いがわけわからんとか。
いちばん面白かったのは、真相が明らかになったときに判明するのが、
レイグルは陥れられて虚構に封じ込まれたのではなかったということだろうか。
彼は重責に耐えかねて自ら退行したのだというところは、舞台(1997年)となった時代の
グローバルでストレスフルな社会を予見しているようで面白い。
この小説がSFらしくなるのは終盤だけで、ほとんどの部分は一般の小説のような佇まい。
これは解説にあるような50年代の終わり頃にアメリカでSF小説が市場的に低迷したことを反映しているのかもしれないし、
生涯純文学を志向したディックの創作態度によるのかもしれない。
サスペンス要素のあるまとまった読みやすい本です。
が、やっぱり中期以降のぶっ飛んだものが好きだなあ。
とはいえ、ラザニアでおなか壊してありもしない電灯のコードを探すのが、ディックの実体験によるものだとか、
後の幻視体験をベースに小説を書くディックの動機のあり方をすでに匂わせているのも興味深いのかもしれない。