本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

伽藍堂(がらんどう)

2022-01-12 19:47:44 | 住職の活動日記

引っ越しも佳境に入り

大型ごみで出すものは出し

家具調度品も片付け

孫たちの写真もおろして

何だか部屋の中が

それこそ、がらんどうに

こういう品々がなくなると

途端に生活感というか

無機質な空間になってきます

何でもないような写真や

雑多なものが

生活を彩り豊かにしていた

ということを思い知ります。

 

何もない広い空間を

「がらんどう」といいますが

漢字で書くと「伽藍堂」と、

本来は仏教語で

それもインドの言葉を音写した

というものです

サンガーマーラという言葉を

僧伽藍と音写し、

衆園とか僧院と訳しました。

そこから、

お寺の大きなお堂とか

建物を伽藍というようになり

七堂伽藍という

お寺の荘厳を言うように

なりました。

 

昔のお寺はやはり

お釈迦さまのお骨を祀る

塔が中心に据えられました

五重塔や三重塔を中心に

その周りに金堂や講堂、

僧堂が建てられました。

塔という言葉も

インドのストゥパという

お墓という言葉が

卒塔婆になり、塔婆となって

単に「塔」と略されたのです

昔のお寺の古地図には

五重塔婆と表記されています

 

お釈迦さまのお骨・舎利が

中心です

舎利という言葉もシャリーラ

の音写でもともとの意味は

小さな粒という意味です

そこから「銀シャリ」と

子どもの頃はご飯は麦や

稗、粟、薩摩芋などが入り

それこそ銀シャリという

これだけで

何よりのご馳走でした

 

それがもとになって

お釈迦さまのお骨を舎利と

仏舎利といいます

今、後七日御修法という

天皇陛下の衣を御祈祷する

という行事が行われています

その法要の中心は

やはり、仏舎利です

それで、舎利守という

お役目もあるほどです。

 

その五重塔も時代と共に

本堂に当たる金堂が

中心になり五重塔は

お寺の東西に建てられました

東寺の場合は

羅城門を中心に東に東寺の塔

西に西寺の塔が建立され

平安京としてみれば

左右対称に五重塔が

建っていたのです。

 

五重塔は

どこから見ても変わらぬ姿で

美しくそびえる塔は

お釈迦さまの教えが

ここにありますよという

旗印になっていたのです

 

七堂伽藍ということも

時代や宗派によって違いは

ありますが

五重塔、金堂、講堂、

食堂(じきどう)、

お坊さんの生活の場である

僧房、

お釈迦さまの教えを護り

伝える経蔵、

そして時を伝える鐘楼

などがあげられます。

 

いよいよ明日には

色々な器具の取り外し

ネット環境も外され

ここでのブログは今日が

最後ということになります。

 

私たちの生活に合わせた家

であっても

家というのも時と場所

その時々に合わせた

移り変わりを

していかなければいけない

ようです

それでも、

孫たちも楽しみ

友人達もたくさん泊って頂き

楽しい時を過ごせたのも

この家の働きなのでしょう

また新しくこじんまりと

動きやすいような生活に

なっていくようです。

寂しさもありますが

新たな出発でもあり

その楽しみを願っての

片付けでもあり

日々奮闘の最中です。

 

 

 

 

コメント
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