本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

今週の言葉 6/25~7/2 「 人間とは、欲に、手足の付いたもの …」

2012-06-23 16:16:08 | 今週の言葉

    人間とは

      欲に、手足の、

            付いた物そかし。

                                       

                                             西鶴

 

 今週の言葉は 「 井原西鶴 」 言葉です。

なるほどと  ポ~ン  と膝を打ちます。

 また、西鶴は 

    「 世に銭ほど面白きものはなし 」

ともいっています。

 「 お金をもうけるのは簡単 !!

   使い方が難しい !

   ほんとうに生きたお金を使えるのは仏様 」 

ということを三浦先生から聞いたことがあります。

 人間 「 お金の使い方 」 で人生を誤ってしまいます。

だからお金を使うということはとても難しいのです。

お金も  『 銭 』  になれば、金偏に矛が二つ付き、

自分も他人も傷つけてしまいます。  

 

 仏教でも 「 欲 」 ということは否定していません。

欲といってもいろいろあるように思いますが、

仏教ではこれを五つに分けて考えます。

 「 食欲・性欲・睡眠欲・財産欲・名誉欲 」

前の三つ 「 食欲・性欲・睡眠欲 」 は人間が生きるために

必要な本能的な欲求です。

あとの二つが厄介です。

食べて寝て、という欲求が満たされてくると、

今度はお金が欲しくなってきます。

お金が少し貯まってくると今度は、勲章 ( 名誉 ) です。

 人間はなぜ必要以上にモノを欲しがるのでしょう。

仏教では、

 「 無始よりこのかた  … 」

生まれる前から、ちゃんと煩悩は持っている、と

  『 片乳房 握るは 欲のはじめなり 』

という歌もあります。

 赤ちゃんといえども、おっぱいを吸いながらもう片方の手は

しっかりと乳房をつかんでいるのです。

 また、お葬式が終わって、

  『 泣きながら よい方を取る 形見分け 』

という現実があります。

 亡くなって悲しい、けれども涙を流しながらも

頭のどこかでは、どっちがいいのかな ??  と

しっかりとそろばんがはじかれている。

 

 仏教では、人間のあり方を見るのに 『 十界 』 という考え方をします。

地獄から始まって、餓鬼・畜生・修羅、そして人間です。

人間より少し上の世界に 『 天 』 というところがあります。

人間が考えた最高の状態、ということです。

しかし、ここはまだ迷いの世界で、

『 天人五衰 』  ということがあって、

自分の境涯に満足しなくなって、衰えていくというのです。

 『 五欲 』  ということも、欲しいほしい、といっている間はいいのですが、

それが満たされた、果たしてそれで満足か ??

という、大きな問いが出てきます。

 

 欲望それ自体が間違いなのではなく、

求める方向性が間違っていたのではないか  …  と、

 

 人間の求める限りない欲望が、文化や経済を発展させていることは事実です。

しかし、人間を利し、人間に便利さを与えるための文化や経済が、

人間を否定し、害を与えて、住みにくい環境を作り出していることも事実です。

 

 迷いから悟りへの接点にいる 『 天 』 、人間を仏にもし、

またアニマル以下にもしてしまう欲望、

そこに 『 天 』 ということの意味する今日的課題もあるように感じます。

だから、天という世界は、

 「 人間の終わるところ、ほとけの始まるところ 」

という二面性を持っています。

 欲望を持った人間ですが、その欲望が方向を変えて

仏から見直されたときは、その欲望は

人間を讃嘆するものとなってくるでしょう。

 

 ここの点は微妙なところですが、

『 欲望 』  ということは常に考え続けていかなければいけない問題です。

仏さんのことを 「 チャリオット 」 ( 御車 )  ともいいます。

よく煩悩を乗りこなして制御した、ということです。

 

 今の時代だからこそ、考えなくてはいけない問題だと思います。

 

 

 

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小さな新芽が吹き出す !!

2012-06-23 10:46:36 | 住職の活動日記

 昨日はめずらしく晴れました。

また今日から      模様です。

明日は大雨とか  ???  

 日本人は、雨というと 鬱陶しい と感じるようですが、

外国の方は雨が好きな国民のようです。

 外国の方で傘を差しているという方はあまり見かけないようです。

インタビューでは、

 「 恵みの雨 」  とか  「 暑さを和らいでくれる 」

だから濡れることには抵抗がなく、もっぱら気持ちがいいそうです。

そういえば、

  『 雨に歌えば 』  というミュージカルもありました。

結構などしゃ降りのなかで、楽しそうに歌っている

その場面が記憶に残っています。

 

 今朝、 ふと気がついたのですが、

 

 

     

 

 

この 「 いのち 」 が芽を出していたのです。

昨年の暮れからの寒さはとても厳しく、たくさんのいのちが枯れてしまいました。

例年ですと、ビニールで覆いをしておくだけで、一冬持ちこたえてくれました。

今年はすっかりやられてしまって、

もういのちを吹き返す気配さえありませんでした。

  ところがです。

 いつの間にか、  ( 土の中深くで、じっと命を宿していて )

小さな芽を出していたのです。

 

 

    

 

 

 この 「 観音竹 」 も、とても立派に大きくなっていたのですが、

大きい幹はすべてやられてしまいました。

 この小さな 「 葉 」 も、寒さでやられたあとが残っているようです。

でも、根の部分はしっかりとしています。

 また、次々と芽を出してくれることでしょう。  

 

「 あじさい 」  も、雨に打たれて大きくうなだれています。

そして、色も変わり始めました。

 

 

    

 

 

 ブルーから、その色も褪せて、また違った趣を表現してくれるようです。

 

 

   

 

 

このアジサイも鮮やかな紫色が微妙に変化して、

旬を過ぎて、熟年に入っていくようです。

アジサイはすっかり色を落として、枯れた姿もまた風情があるものです。

 

 人はちょっとしたことがうれしいものです。        

                              

 

 

 

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