犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

光市母子殺害事件差戻審 1・ この裁判が注目を集める理由

2008-04-01 18:58:32 | その他
光市母子殺害事件の大阪高裁の差し戻し審判決が近づいてきた。この事件が起きたのは、1999年(平成11年)の4月14日である。流れの速い現代社会で、これほどまでに1つの事件が注目を集め続けるのは、異例中の異例である。確かに、橋下徹弁護士(現大阪府知事)と元少年の弁護団との罵倒合戦、弁護団への懲戒請求の殺到の是非など、論点が裁判そのものから外れてしまったこともあった。しかしながら、金儲け一色の世の中において、人間の本質的な「罪と罰」の問題について激しく世論が盛り上がることは、間違いなく好ましいことである。

ところで、この事件が起きた1999年とはどのような年であったか。調べてみると、前半には『だんご3兄弟』の記録的大ヒットがあった。7月にはノストラダムスの大予言によって世界が滅亡するはずであったが、現実には何も起こらなかった。12月31日には、ミレニアムのカウントダウンが世界各地で催された一方、2000年問題で飛行機が落ちるのではないかと大騒ぎになった。芸能界では、モーニング娘。が『LOVEマシーン』で大ブレイク、ポルノグラフィティが『アポロ』でデビュー、嵐が『A・RA・SHI』でデビュー。どれもこれも大昔のことのようである。

ちなみに、事件のあった4月に限ってみても、隔世の感がある。
4月7日 西武ライオンズのルーキー・松坂大輔投手(横浜高校卒)が日本ハム戦でプロ初登板を果たし、8回2失点の好投でプロ初勝利をあげる。
4月11日 石原慎太郎氏が東京都知事に初当選。青島幸男氏に代わり、第6代東京都知事となる。
4月14日 光市母子殺害事件
4月20日 アメリカ合衆国コロラド州の高校で、生徒2人が銃を乱射し、後に自殺した(コロンバイン高校銃乱射事件)。

この事件が国民的な議論を巻き起こしたのは、間違いなく遺族の本村洋氏が軸のぶれない正論を語っているからであり、これに対する弁護団のピンボケ加減が国民の倫理を激しく揺さぶっているからである。そして、「少年法の精神」や「死刑の適用基準」といった抽象論と、本村氏の具体的な人間としての叫びが真っ向から衝突する形となり、多くの国民の血を騒がせたからである。あのような弁護団に「自由と正義」の言葉を与えてはならない、あのような少年を死刑にできないような裁判所は裁判所の名に値しない、このような人間の倫理観は、保守と革新の対立を超えて普遍的な形を採っている。従って、弁護団は間違いなく左寄りであるが、本村氏はあくまでも右寄りではない。

「罪と罰」の実存的な問題は、時代や場所を超えて万人に等しく妥当する。従って、この議論は、たまたま9年前に山口県光市で起きた事件を契機としているが、論じられていることは全地球規模で妥当するものである。9年経った今でも事件が風化しないのは、本村氏の執念を通じて、国民の誰にも当てはまる倫理を問う形になっているからである。これは、ベストセラーが短期間に売れては消えていく中で、『カラマーゾフの兄弟』や『異邦人』が末長く読まれ続け、思い出した頃にブームの波が起きていることと同じである。ここにおいては、「少年法の精神」や「死刑の適用基準」といった抽象論は、むしろ人間としての生き生きとした視角を鈍らせる。