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記念艦「三笠」

2017年01月04日 | 歴史日誌

▲戦艦「三笠」のブリッジで日本海海戦の指揮を執る東郷平八郎ほか。東城鉦太郎画『三笠艦橋之圖』



日本の近代史において

最も有名な史実のひとつに

日露戦争における

「日本海海戦」

があげられます。




日露戦争は

ロシア帝国の極東進出によって

始まりました。





明治37年(1904年)2月8日から

明治38年(1905年)9月5日のあいだ

朝鮮半島とロシア主権下の満洲南部と

日本海を主戦場として発生した戦争です。




アメリカ合衆国の仲介の下で

ポーツマス条約により講和が締結されました。

講和の結果

ロシア領の南樺太は日本領となり

樺太庁が設置され

ロシアの租借地があった関東州に

日本の関東都督府が設置されました。

歴史の教科書では

この戦争がロシア帝国の崩壊と

共産主義を加速させた原因になった

とも記載されています。



▼日露戦争後の日本領





ところで

5月27日から5月29日にまでわたった

日本海海戦では

ロシアはバルチック艦隊の艦艇の

ほとんどを失ったのみならず

司令長官が捕虜になるなど

壊滅的な打撃を受けました。





これに対して

日本の連合艦隊は喪失艦がわずかに

水雷艇3隻という

近代海戦史上においても例のない

一方的な圧勝に終わりました。





この事実は

トルコのようにロシアの脅威にさらされた国

ポーランドやフィンランドのように

ロシアに編入された地域のみならず

イギリスやフランス

アメリカやオランダなどの

白人国家による植民地支配に甘んじていた

アジア各地の民衆を熱狂させました。





さて

日本海海戦において

連合艦隊司令長官が座乗した

フラッグシップ(旗艦)「三笠」は

現在、横須賀市の三笠公園において

記念艦として保存されています。





1月2日の皇居一般参賀終了後

三笠公園まで足をのばし

乗艦してきましたので

以下に画像をご紹介します。







まずは

JR横須賀駅に隣接した

海上自衛艦の様子です。

波が穏やかで

広島県呉市の海上自衛隊基地を臨む

「アレイからすこじま」と

同じ印象を受けました。



▼海上自衛隊ヘリ空母「いずも」



▼海上自衛隊イージス艦






さて

JR横須賀駅から

「三笠」が保存されている三笠公園までは

京浜急行バスで約10分。(180円)

ただ

バス停から公園までは

徒歩10分以上かかるので

時間に余裕がない方は

タクシーの利用をおすすめします。


▼三笠公園正面の東郷元帥銅像




▼「三笠」全景




▼見学コース案内図


▼最上艦橋から艦首を臨む


艦首から最上艦橋を臨む


▼東郷司令長官の指揮所に埋まる最上艦橋の記念プレート


▼青天に浮かぶ「Z旗」


▼「Z旗」案内



下の画像は

日本海海戦後、凱旋帰国した際に

撮影されたとされる有名な写真です。




中央の東郷司令長官の胸には

長官位のバッジのみで

背中を少し丸め

意図的にカメラから

視線を外しています。





この写真から

多くのことが伝わってきますね。








見学当日

「三笠」の上空には

太陽の光を受けてキラキラと輝く

キレイな雲が浮かんでいるのが

とても印象的でした。





年初にあたり

偉大な先人の息吹に

触れることができました。






◎感謝
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