エコでピースな市民のひろば

『ひとりの百歩より百人の一歩』をスローガンにライフスタイルやスピリチュアル系情報を交換するWebひろばです

罪と罰

2014年01月29日 | 映画日誌
スタジオジブリ制作「かぐや姫の物語」
が話題になっていますね。
先日、観賞してきました。
いろいろ感じ考えたことをシェア
させていただきますね。
ご覧になっていない方のために予告編を
貼り付けました。

「かぐや姫の物語」予告編
(YouTube 1:13)
↓↓↓


この作品は
紀元九世紀に書かれたとされる
「竹取物語」が原作です。
映画では
監督独自の解釈が加えられ
より秀逸に仕上がっています。
特にラストの
かぐや姫が昇天するシーンでは
洋風の音楽にのって
「仏様ご一行」
が現れます。
絵巻物のイメージとは
だいぶ違いました。

見終わったあと
千年以上前に書かれた作者不詳の
物語が今日アニメーションとして
蘇ったことに、とても
意味があると感じました。
監督の高畑さんはこの作品のため
新たなスタジオをつくったとか。
志の高さに敬服します。

ところで
予告編を見て気になること。
それは
「姫の犯した罪と罰」という一節。

姫は一体
どこで
どんな
罪と罰を受けたのでしょうか。
作品の見方
感じ方によって
解釈が異なるところでしょう。

映画後半
かぐや姫が涙を流しながら
叫ぶシーンがありました。
とても印象的です。

「私は思い出したんです。
ここに何をしにきたのかを・・・」


人は亡くなると
神様の前で
自らの使命をやり遂げたかと
問い質されると聞いたことがあります。
過去を振り返り
己の愚かしさ恥ずかしさに
気付かされる。
そこではじめて
本当の使命を知る者が少なくない
とも言われます。


かぐや姫は
フルコンシャス(意識体)の状態で
本当の自分を思い出しました。
その瞬間は
この上ない喜びに
包まれたのではないか。
同時に
過去への後悔の念が止めどなく
沸き起こってもきたでしょう。

しかし
思い出した時にはすでに
月に帰ることが
決まっていました。
案の定
フルコンシャスで
次元の異なる場所
(映画では月)に
アセンション
(次元上昇)
してしまいます。


エンリケ・バリオス著
「アミ小さな宇宙人」という
作品があります。

少年ペドゥリートは
祖母とのバカンス中
小さな宇宙人アミ
(アミーゴ:友人の意味)
に出会う。
アミはペドゥリートを
UFOに同乗させ、地球の上を飛び
月やオフィル星へと連れて行く。
そのかん
本来の人間の生き方を彼に教える。
というストーリーです。



この作品の中で
人生の目的について
このように表現されています。

『幸せな人生を生きるための
唯一の秘密、たった一つの方法
それは愛とともに生きることだ。
この人間のもっとも基本的なもの、
つまり愛の必要性は
何度繰り返しても、
いくら言いすぎるということはない。
中にはそれを知っている人もいる。
でも、仮に知っていたとしても
自分の人生で
それを実践しようとしないし
充分ではない。
それでは決して
幸せにはたどり着けない。』

ここで表現されている愛とは
すべてを許し手放すこと。
執着の愛はエゴでしかありません。

かぐや姫は
己のエゴに気付き
その愚かさを後悔したのではないか。
「かぐや姫の物語」は
今を生きるわたしたちへ
警鐘のメッセージを発信しています。


さて
かぐや姫のワンシーン

「私は思い出したんです。
ここに何をしにきたのかを・・・」


を自然の中で体感するイベントを
神の島、宮島で開催します。

海や風
森や磐座(いわくら)に触れ
祖先が大切にしてきた
自然との調和を
肌で体感する会です。
本来の
本当の自分を思い出す
きっかけになるでしょう。

◎申込み問合せは
こちらをクリック!!
 ↓↓↓
「本来の自分を思い出し
まことの日本にやわす会」


麦のはなし

2014年01月19日 | 食日誌
広島のソウルフードといえば
お好み焼き。
土曜日や日曜日のお昼は
百円玉を握ってお好み焼き屋さんへ
が小学生の頃の定番でした。
そのころの街中には
子供の足で歩いて5分以内の場所に
複数のお好み焼き屋さんが
ありました。

お好み焼きのメイン具材は
“そば”または“うどん”です。
ちなみに
注文の際には麺以外に
豚肉や玉子もチョイスできます。
「肉・たま・そば・いか天」が
定番の注文スタイルです。

さて
メイン具材の麺ですが
原材料は小麦ですね。
ここからは少し小麦のお話しをします。


国内の小麦は
北海道が大産地です。
細々とですが
地元、広島県でも栽培している農家は
たくさんあります。
ダルマガエル米の産地では
機械を使わず
人力種まきにこだわっています。
◎広島県世羅町小麦種まき(YouTube)
↓↓↓


平成23年のデータでは
輸入された小麦5,568,000トン
国産小麦742,000トン
輸入量は実に7.5倍に上ります。



一様に小麦と言っても
硬質、中間質、軟質、デュラムなど
用途によって以下のように
分類されます。



ところで
全粒粉(ぜんりゅうふん)を
ご存知でしょうか。
一般的な小麦粉は
皮であるふすまと胚芽を取り除いて
胚乳だけを取り出し製粉します。
胚乳には
デンプン、たんぱく質が
含まれています。
お米でいうところの
「白米」の状態ですね。

植物のエネルギー源は
その芽にあります。
子孫を残し拡げるためのエネルギーが
たっぷりと詰まっています。

昨今、玄米食が見直されています。
それは
いわゆる栄養価の基準では測れない
芽の持つパワーやエネルギーの循環が
人体のなかで行われるため
体質改善や体温上昇等の
効果があるんですね。
したがって
小麦についても
まるごと全部いただく
全粒粉をおすすめしたいですね。


さて
広島市内にその名も「麦」という
お好み焼き屋さんがあります。


このお店では
「全粒麺」という名称のそばを
メニューの中に入れています。
全粒粉の麺はふすまの影響でしょうか
少し灰色がかっています。
一般的な麺と異なり
豊かな風味が特長ですね。

店主さんは笑顔のステキな女性です。
とても丁寧に焼き上げてくれます。

その昔
割烹着を着た
「オバちゃんのお好み焼き屋」に
親しみと癒しを頂いていましたが
ここ「麦」は
優しい味と笑顔に癒されます。
女性客への配慮も行き届いています。
全粒麺にこだわるステキなお店「麦」
オススメします。

「お好み焼き 麦」
〒734-0013 広島市南区出島1-2-15
<電話番号>082-259-3633 .
<営業時間>
月・水・金 11:00~14:00 17:00~20:00
火・木・土 11:00~14:00 .
<定休日>日曜日

水の惑星からのメッセージ

2014年01月07日 | いろいろ日誌
 
年明けまもなく
沿線の火災によって
新幹線が停まりましたね。
公共交通の大動脈ですから
その混乱振りは大変なものでした。

JR東海は
東海道新幹線の運休や遅れで
影響を受けた利用客は
約31万7千人にのぼり
運休は上下線で計106本
臨時列車は計27本運行した
と発表しています。

人的被害はなかった模様ですが
危機管理のあり方を今一度
見直す必要があるかも知れません。

なお
火災の原因はビルの
「水槽からの出火」
ということです。


さて
遡ること88年前。
地元、山陽本線では
安芸中野駅海田市駅間で
大正15年(1926年)に
「山陽線特急脱線事故」が
発生しています。


この事故を起こした
「特別急行第1列車」は
下関駅から関釜連絡船を介して
アジア及びヨーロッパを連絡する
国際連絡運輸の役割を担う
日本最高級の列車だったようです。
著名人も多数乗車していたため
世間に大きな衝撃を与えました。
また
木造車体の脆弱性を
指摘されることになり
以後日本で新造される客車が
鋼製に切り替わる契機にもなりました。

事故の原因は
「集中豪雨」により
築堤が崩壊し線路が浮き上がっていた
ためだといわれています。

前から
この脱線事故のことが
気になっており
現場近くに行ってきました。
昨年末の画像です。

JR山陽本線は上の画像の
右手を走っています。

中画像は線路側から瀬野川を
撮影したものです。

下画像は現在のJR山陽本線の
上りから撮影しました。




事故の犠牲者を悼む慰霊碑は
JR安芸中野駅そばの専念寺の
境内に建立されており
仏像の台座に犠牲者の氏名が
刻み込まれています。


画像から伝わるでしょうか?
慰霊碑のまわりには
少し重たい空気が流れています。


さらに
現場近くを歩いてみました。
すると
ちいさな祠があり
由来の立札がありました。
そこには
以下のように記載されています。

建立 昭和57年8月吉日
810年弘法大師が高野山に
金剛峰寺建立以前四世能庄、中野権現、
出張に立寄られた
五穀豊穣、厄除神として
祀られ永く村人に敬拝された
との伝説があり、1632年当地一体が
大洪水と化し共御霊が消失したと
伝えられたが1980年3月或る女人により
神のお告げで宍戸氏に此の御礼である
三石が図解で示された。
その後約1ヶ月余り10数人の手に
依って川底を探索の末
1981年9月2日に
引揚げられたものである。

左側、観音菩薩
中央、不動明王、天神菩薩
右側、弘法大師
心交会

どうやら
脱線事故とは関係ないようです。

ただし
水に関わるところから
先の鉄道事故と同様
この地区は水害が多発していたことが
読み取れます。

新幹線
在来線
沿線

水に関する三考でした。

水の惑星地球。
地球は水を介して様々なメッセージを
発信します。
愛と平和で満たされた
地球になりますように。


◎現在のJR山陽本線を動画にしました。

↓↓↓
山陽本線EF67-103

三滝寺

2014年01月05日 | 平和日誌
広島市中心部から北西方向に
三滝寺(みたきでら)があります。

三滝寺は
標高356メートルの三滝山中腹に位置する
高野山真言宗の古寺です。
三滝の呼び名は
「駒ヶ滝」「梵音の滝」「幽明の滝」の
三滝に由来します。
広島市の中心部にありながら
木々におおわれた参道は静寂で
磨崖仏、石像、石塔、句碑が
約六百あるといわれます。



寺伝によれば大同4年(809年)
空海(弘法大師)による創建です。
三滝山に切れ込む谷の底に位置しており
それが幸いして
昭和20年(1945年)の広島市への
原子爆弾投下(爆心地から約3.18km)
の際にもほとんど無傷だったため
当寺が臨時救護所になりました。
三滝寺の水は平和記念式典の
献水にも使われています。

三滝寺は春は桜
秋は紅葉の名所でもあります。
昨年秋の境内の様子です。





境内の奥まった場所には
四聖人「弘法大師」「日蓮聖人」
「道元禅師」「親鸞聖人」の
銅像があります。




本堂でのお参りを済ませて
参道を下っていくと
少し気になる場所に
慰霊碑がありました。




碑文はほとんどが擦れていて
読み取ることができません。
ネットで検索してみると
賀屋興宣(かやおきのり)氏が建立した
ことが分かりました。
この方は明治22年広島市中区本川町出身
昭和23年の極東軍事裁判において
A級戦犯となりましたが
昭和33年に赦免され
同じ年に自民党議員として
初当選されています。

碑文は大まかですが
以下のような内容です。
↓↓↓
戦勝国によって一方的に
報復手段により裁かれた
私たちの兄弟や夫や子供
最后まで世界の平和と
国の安泰を念じつつ
散っていった霊を慰め
史上に再び悲惨な戦争と戦犯という
矛盾とを繰り返さぬよう
大慈悲の観音菩薩の法灯を
人類の一人ひとりの心に念じながら
悪夢を転じて幸いに導くという
夢たがえ観音を十三塔内に納め
永劫の平和を祈念いたしたく
御結縁をお願いする次第であります

また
賀屋興宣氏について
ウィキペディアには
以下のような記述があります。
↓↓↓
1941年(昭和16年)の
太平洋戦争開戦時の
東条内閣で再び大蔵大臣を務めて
戦時経済を担当したが、
東郷茂徳外務大臣と共に
米英に対する開戦には終始反対だった。
戦時下には戦時公債を濫発し、
増税による軍事費中心の予算を組み、
戦時体制を支えた。
その予算編成は、
華北における資源開発や
大東亜共栄圏を中心とした
ブロック経済を想定したものであり、
A級戦犯に指名された理由も
この予算編成の責任者だったことに
起因したものと考えられている。

碑文や経歴をみると
“戦犯って何だろう???”
と考えさせられてしまいます。
戦勝国からみれば明らかに
戦犯に値する人々かもしれませんが
家族や国を想い行った行為が
すべて“悪”であったとは
言い切れないのではないでしょうか。

昨今、日本の
「右傾化」が叫ばれています。
右傾化でも
左傾化でもない
バランスのよいタチイチ
ってないのだろうかと思います。
そもそもこの
“右左”って何なんでしょうか?

実は
この「右左」「善悪」という
二元論的発想そのものが
平和な世界を望む人類の
大きな壁になっていると
最近とくに感じます。
あわせて
二元論に落ち着いてしまうことによる
思考停止が起きているのではないか。
そんなことを感じながら
日本国憲法前文を
改めて読み直してみると
その素晴らしさに感嘆します。

日本国憲法前文(抜粋)
↓↓↓
日本国民は、恒久の平和を念願し、
人間相互の関係を支配する
崇高な理想を深く自覚するのであって、
平和を愛する諸国民の
公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を
保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、
圧迫と偏狭を地上から
永遠に除去しようと
努めている国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、
ひとしく恐怖と欠乏から免れ、
平和のうちに生存する権利を
有することを確認する。
↓↓↓
日本国憲法全文


三滝寺の碑文から
いろいろと考えさせられました。
先の画像にある
「戦犯慰霊十三塔」は
広島出身の56名の戦犯を祀っています。
犯した罪の詳細は不明ですが
こころをこめて
祈りを捧げました。
すると
何かを訴えるような
不思議な光が注いできました。



愛と平和で満たされた
地球になりますように。

広島市夕景












アオギリにたくして

2014年01月02日 | 平和日誌

平成26年が明けました。
本年もどうぞ
よろしくお願いしますm(_ _)m

数日前
「祈り」
というキーワードを
頂きました。

大晦日の夜は
「家で紅白」
が恒例でしたが
このたびは
広島市西区古江の高台にある
天台宗太光寺の年越し行事に
参加しようと思いました。
何か
じっとしていることに
違和感を感じたんですよ。



除夜の鐘にあわせ
「新春初護摩供」を開催。
護摩供(ごまくよう)は
3000年前より
インドで行われていた呪術です。
大日如来や不動明王などの
さまざまな神仏の降臨を念じて
人の願いを捧げる
祈りの儀礼です。
寒風吹きすさぶ中でしたが
たくさんの参詣の方々とともに
しっかりと
祈らせて頂きました。




護摩供に先立ち
寺院内では映画会が開催されました。
平成25年夏に完成した映画
「アオギリにたくして」です。



この作品は自主上映で
全国公開されています。
↓↓↓
「アオギリにたくして」公式HP


「アオギリにたくして」は
福島県を取材していた雑誌記者が
アオギリを植樹する
中年の女性たちと
出会うことがきっかけとなって
ストーリーが展開していきます。
興味を持ち始め
広島へ向かう雑誌記者。
彼女が知る田中節子の人生とは……。
1945年8月6日。
3日後に結婚式を控えていた
21才の田中節子は
広島に投下された原爆により被爆。
麻酔薬もないまま
ノコギリで片足を切断され
3日後には婚約者の戦死を知らされる。
自暴自棄になり
自殺することばかり考えていたある日。
幹の真ん中が抉れて片側が焼け焦げた
アオギリの小枝に生えた
小さな芽を発見。
それを目にし
“どんなことがあっても生きていこう”と
決意する。。。。。。

↓↓↓
アオギリのうた(YouTube)

主人公の田中節子さんは
平成23年7月12日に
87歳で亡くなられた
沼田鈴子さんがモデルになっています。


かつてNHKテレビで
10フィート運動を取り扱った
番組がありました。
放送された番組内で
綺麗な着物をきて
片足を失った姿で廃墟の広島市を
背景に撮影されたその姿に
たいへんなショックをうけました。
廃墟の広島市と
着物の美しさが
あまりにもアンバランスで。。。。。

しかし
当たり前の暮らしが
そこにあったことを
その着物が強く訴えていました。


映画のなかで節子さんは
アオギリの
焼かれた姿のまま立ち活き続け
あらたないのちを育むその姿に
力強い愛をみつけます。

被爆者のひとりひとりに
いかり
かなしみ
あきらめなど
言葉にはできない様々な
想いがあり
生き抜いてきた歴史があります。
いかりやかなしみを
簡単に手放すことはできないでしょう。

しかし
それを手放した先に
私たちが生かされている
本当の意味があるのではないか。

この映画は
本当の愛
本当の平和
とは何かを
強く訴えていると感じます。

ところで
12月31日の地元紙
中国新聞の朝刊に
「怒りではなく愛を選ぶ」
というコラムがありましたので
ここに紹介します。
“思いやりのメッセージが
世界の子どもたちに伝われば
戦争だって防げるはず”
という一節がとても印象的です。

◎中国新聞「この人」


平成26年
西暦2014年
皇紀2674年

愛と平和で満たされた
地球になりますように。