我が家からは片道8キロほどになるだろうか、とある理由で竜泉寺の湯まで自転車で行ってみることにした。天気もよいし海岸のサイクリングロードを走るだけなので簡単だが、ただのママチャリで走るには少し骨が折れる距離だ。海岸に出てひたすら西へ向かう。謎のTバーや烏帽子岩を横目に先日「湘南際」が開催された茅ヶ崎サザンビーチを過ぎはるか彼方まで走ることになる。(その辺の光景はもう書いた)
サイクリングロードと言っても本格的なバイシクルは車道を風のように走るので、最近はランナーの方が多いように思える。ぶつかってはいけないし、彼らはよくイヤホンをして音楽を聴いているから、ちりんちりん鳴らしても気が付かないことが多い。昨今はあまりチャリで走りやすいとは言えなくなってきている。さらにその日はかなりの西風が拭いていて、往路の茅ヶ崎柳島へ着くだけでへとへとになってしまった。
時間は約30分。。。どうということはない運動量だが、この後スーパー銭湯で1時間過ごしてさらに復路となるとかなり厳しい。風呂に入った後汗でべとべとになるのも妙な話だ。すぐそばまで来たのだが、そのまま帰宅することにした。来た道をそのまま戻るのは嫌いなので、(と言っても1本道には変わらないのだが)何の変哲もないが鉄砲道を走ることにした。昔幕府が鎌倉の方から柳島まで鉄砲が行き交っていたことにちなむと習った。
その昔は雄三通りより西は無かったように思うが、一応134号と合流する後付ルートを起点にスタートしてみよう。まずはテレビで放映されたこともある茅ヶ崎の網本料理「萬蔵丸」である。生シラスはもちろん旬の魚介料理も美味しいらしいが、何故か妻はあまり興味を示さず近くの「あさまる」のほうが好みらしい。。。
私が子供の頃からあった、浜見平団地。。。少年野球のライバルチームがあった。(今でも「シーホークス」あるかなー)
入り口に以前、柳島海岸で投げ釣りした際に駐車禁止のステッカーを貼られ出頭した派出所がある。ちょっとインテリ風の巡査さんが細い眼鏡で上目遣いに「んで?何が釣れたの?」「イシモチが1匹だけ・・・型は結構いいんですけど」「ふーん、高いイシモチになったもんだねー」「・・・・」(2度と来るもんか!)
ちなみに持ち帰ったイシモチは私が疲れて昼寝している間に妻が煮付けにして息子と食べてしまった。。。
向いはお馴染みの「えぼし」・・・この店の輸送車に書いてある文字は「怖い」。全国的にもかなり有名になっており、茅ヶ崎駅南口前にも「赤い魚」という系列のお店があったのだが、5年前くらいに潰れてしまった・・・何度か訪れたことがあるが、すごいメニューの種類だった。我が家からは普段車でしか行けないのでだんだん足が遠のいて行った。有名になり過ぎて評判としては賛否両論あるようだ。
小夏師匠に教えて頂いたパンの店「こなひき洞」・・・よく見ないとベーカリーとはわからない小さな店で、こんな隠れ名店をご存知とはやはり師匠はすごい!うろ覚えで「ホラ吹き洞はどこですか?」とさっきの派出所で聞いた。。。
雄三通りを渡って少し走ると左側にその昔「あたりや釣具店」というのがあった。今は自然工房になってしまったが、子供の頃からよくエサや道具を買いに来たところだ。駐車場がないので道路を渡って正面にあるローソンに置かせてもらうのだが、いつか甘辛と釣りに行ったときUターンしようとして真ん中に突き出ている鉄製のピラーに気が付かず、「どかん」とぶつけてしまった。。。24時間営業の店で何の為にあるのか分からぬが、ピラーは何とも無かったものの当時乗っていたステップワゴンには丸分かりの柱のめり込んだ跡ができてしまった。あまりにも綺麗にめり込んだので、大きく歪んでいるのに後部ドアの開閉は何の問題もなくできたほどだ。息子はそれ以来「あたりや」のことを「ぶっつけや」と言うようになった・・・
一中通りに向かって進むと部活の時からサッカーのグッズを買い求めたコワダスポーツがまだ健在だった。1年上の世代のキャプテンのお兄さんが経営していて、中々可愛がってくれたものだ。スパイクにトレーニングウェア、ストッキングなどお年玉をためては買い求めていた。アディダスの「カンガルー皮」のシューズが憧れで、3年最後の大会の前にようやく手に入れた(当時1万6千円くらいした)が、骨折のため本格稼働は高校に進学してからのサッカー部までお預けとなった。(しかしすぐに小さくなってしまい、WWⅡ末期ドイツのキングタイガーのように、十分活躍するには至らなかった)
ラチエン通りを渡って少し進むと・・・はははー。懐かしいねー。さらに小学校の時に仲良しだったお友達(ちなみに女子)とよく遊んだ小さな公園を過ぎ、動物病院の向かいあたりに妻が探しだしたという一見何の店かわからない「ボージャン」というインド料理店がある。平日のランチ時でも結構混んでいるのだが、味とボリューム共にかなりハイレベルだと思う。
私の記憶では鉄砲道は松波小学校の前の道、平和学園までで行き止まりだったような気がする。道路が突き抜けたこのエリアは新しくて明るく、住みやすそうなところで我が家の社宅からの移転候補地にもなったところである。突きあたり近くになると「メノンズ」というもう一つのインド料理店があるが、以前はこの場所ではなかったはずなのにどうしても元の場所が思い出せない・・・その昔はブッフェ形式にもしていたと聞くが、妻に言わせるとボージャンの方が味はよいらしい。。。
私的には鉄砲道の終点にあるのが「マルデナポリ」というイタリアン店、その昔は「アフタヌーン・ティ」という店だった。1品注文するとできたてのパンが60円で食べ放題になり、チーズパンが息子の大好物だった。新江ノ島水族館を舞台にしたドラマのロケが行われたらしい・・・「ヤンキー君とメガネちゃん」のロケはすぐ近所の小学校だったと言うし、「最後から2番目の恋」も江ノ島でロケを行っていたとか、そういう話題をよく聞くのだがどうもタイミングよく情報をGETできない。(できても行けないと思うけど)
鉄砲道編はこれで終わりだが、番外編で帰り道の海浜公園では祭りが開催されていて、小さな池ではバルーンアトラクションが面白そうだった。(昔、甘辛がフナを手掴みで捕まえてきた人工池である)
実は別日の早朝、実家に向かう途中で撮っておいたのだが少年野球時代、打ち上げなどで指導者のご用達だった酒店・・・毎日ここを横目に通学していた。すぐそばに駄菓子屋があって生活指導教師の厳しい目を盗んで部活の帰り暗くなるまで10円ゲームに夢中になっていた。その店を「ナカジマ」という。。。
酒店は尊敬する某師匠ゆかりの店かもしれないのだが、もしそうだとしたら信じられない奇跡的な偶然だー。
サイクリングロードと言っても本格的なバイシクルは車道を風のように走るので、最近はランナーの方が多いように思える。ぶつかってはいけないし、彼らはよくイヤホンをして音楽を聴いているから、ちりんちりん鳴らしても気が付かないことが多い。昨今はあまりチャリで走りやすいとは言えなくなってきている。さらにその日はかなりの西風が拭いていて、往路の茅ヶ崎柳島へ着くだけでへとへとになってしまった。
時間は約30分。。。どうということはない運動量だが、この後スーパー銭湯で1時間過ごしてさらに復路となるとかなり厳しい。風呂に入った後汗でべとべとになるのも妙な話だ。すぐそばまで来たのだが、そのまま帰宅することにした。来た道をそのまま戻るのは嫌いなので、(と言っても1本道には変わらないのだが)何の変哲もないが鉄砲道を走ることにした。昔幕府が鎌倉の方から柳島まで鉄砲が行き交っていたことにちなむと習った。
その昔は雄三通りより西は無かったように思うが、一応134号と合流する後付ルートを起点にスタートしてみよう。まずはテレビで放映されたこともある茅ヶ崎の網本料理「萬蔵丸」である。生シラスはもちろん旬の魚介料理も美味しいらしいが、何故か妻はあまり興味を示さず近くの「あさまる」のほうが好みらしい。。。
私が子供の頃からあった、浜見平団地。。。少年野球のライバルチームがあった。(今でも「シーホークス」あるかなー)
入り口に以前、柳島海岸で投げ釣りした際に駐車禁止のステッカーを貼られ出頭した派出所がある。ちょっとインテリ風の巡査さんが細い眼鏡で上目遣いに「んで?何が釣れたの?」「イシモチが1匹だけ・・・型は結構いいんですけど」「ふーん、高いイシモチになったもんだねー」「・・・・」(2度と来るもんか!)
ちなみに持ち帰ったイシモチは私が疲れて昼寝している間に妻が煮付けにして息子と食べてしまった。。。
向いはお馴染みの「えぼし」・・・この店の輸送車に書いてある文字は「怖い」。全国的にもかなり有名になっており、茅ヶ崎駅南口前にも「赤い魚」という系列のお店があったのだが、5年前くらいに潰れてしまった・・・何度か訪れたことがあるが、すごいメニューの種類だった。我が家からは普段車でしか行けないのでだんだん足が遠のいて行った。有名になり過ぎて評判としては賛否両論あるようだ。
小夏師匠に教えて頂いたパンの店「こなひき洞」・・・よく見ないとベーカリーとはわからない小さな店で、こんな隠れ名店をご存知とはやはり師匠はすごい!うろ覚えで「ホラ吹き洞はどこですか?」とさっきの派出所で聞いた。。。
雄三通りを渡って少し走ると左側にその昔「あたりや釣具店」というのがあった。今は自然工房になってしまったが、子供の頃からよくエサや道具を買いに来たところだ。駐車場がないので道路を渡って正面にあるローソンに置かせてもらうのだが、いつか甘辛と釣りに行ったときUターンしようとして真ん中に突き出ている鉄製のピラーに気が付かず、「どかん」とぶつけてしまった。。。24時間営業の店で何の為にあるのか分からぬが、ピラーは何とも無かったものの当時乗っていたステップワゴンには丸分かりの柱のめり込んだ跡ができてしまった。あまりにも綺麗にめり込んだので、大きく歪んでいるのに後部ドアの開閉は何の問題もなくできたほどだ。息子はそれ以来「あたりや」のことを「ぶっつけや」と言うようになった・・・
一中通りに向かって進むと部活の時からサッカーのグッズを買い求めたコワダスポーツがまだ健在だった。1年上の世代のキャプテンのお兄さんが経営していて、中々可愛がってくれたものだ。スパイクにトレーニングウェア、ストッキングなどお年玉をためては買い求めていた。アディダスの「カンガルー皮」のシューズが憧れで、3年最後の大会の前にようやく手に入れた(当時1万6千円くらいした)が、骨折のため本格稼働は高校に進学してからのサッカー部までお預けとなった。(しかしすぐに小さくなってしまい、WWⅡ末期ドイツのキングタイガーのように、十分活躍するには至らなかった)
ラチエン通りを渡って少し進むと・・・はははー。懐かしいねー。さらに小学校の時に仲良しだったお友達(ちなみに女子)とよく遊んだ小さな公園を過ぎ、動物病院の向かいあたりに妻が探しだしたという一見何の店かわからない「ボージャン」というインド料理店がある。平日のランチ時でも結構混んでいるのだが、味とボリューム共にかなりハイレベルだと思う。
私の記憶では鉄砲道は松波小学校の前の道、平和学園までで行き止まりだったような気がする。道路が突き抜けたこのエリアは新しくて明るく、住みやすそうなところで我が家の社宅からの移転候補地にもなったところである。突きあたり近くになると「メノンズ」というもう一つのインド料理店があるが、以前はこの場所ではなかったはずなのにどうしても元の場所が思い出せない・・・その昔はブッフェ形式にもしていたと聞くが、妻に言わせるとボージャンの方が味はよいらしい。。。
私的には鉄砲道の終点にあるのが「マルデナポリ」というイタリアン店、その昔は「アフタヌーン・ティ」という店だった。1品注文するとできたてのパンが60円で食べ放題になり、チーズパンが息子の大好物だった。新江ノ島水族館を舞台にしたドラマのロケが行われたらしい・・・「ヤンキー君とメガネちゃん」のロケはすぐ近所の小学校だったと言うし、「最後から2番目の恋」も江ノ島でロケを行っていたとか、そういう話題をよく聞くのだがどうもタイミングよく情報をGETできない。(できても行けないと思うけど)
鉄砲道編はこれで終わりだが、番外編で帰り道の海浜公園では祭りが開催されていて、小さな池ではバルーンアトラクションが面白そうだった。(昔、甘辛がフナを手掴みで捕まえてきた人工池である)
実は別日の早朝、実家に向かう途中で撮っておいたのだが少年野球時代、打ち上げなどで指導者のご用達だった酒店・・・毎日ここを横目に通学していた。すぐそばに駄菓子屋があって生活指導教師の厳しい目を盗んで部活の帰り暗くなるまで10円ゲームに夢中になっていた。その店を「ナカジマ」という。。。
酒店は尊敬する某師匠ゆかりの店かもしれないのだが、もしそうだとしたら信じられない奇跡的な偶然だー。