熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

林真理子著「六条御息所 源氏がたり 三、空の章」

2020年08月04日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   林真理子が、源氏物語を、六条御息所に成り代わって源氏がたりをする最終章「 三、空の章」
   この第3巻に収容されているのは、全54帖のうち、第22帖玉鬘から第41帖雲隠まで、夕顔の娘玉鬘と黒髭の話から、紫の上、源氏の死までで、宇治10帖は含まれていない。
   主人公光源氏の生涯の物語として完結しているのである。
   3年前に、前2巻は、ブックレビューしており、偶々、今回、読みそびれていた最終巻を読んでみたのである。

   六畳御息所の源氏語りであるから、源氏物語とは、帖のタイトルを継承せず、「夕顔」「女三の宮」「柏木」「宿命」「落日「終焉」と章分けされており、35歳から52歳までの老いらくの源氏の晩年で、色恋にも陰りが見えてくる」。
   源氏物語では、薄幸の夕顔の人気が高いのだが、その娘である玉鬘には、林真理子も相当の紙幅を割いて語っており、娘として引き取って2年間も密着して迫りながら果たせず、入内前の隙を狙って黒髭に掠われてしまう源氏の無念さを活写していて面白い。

   次の転機は、病弱になって死期を意識し始めた朱雀帝が、最も愛して慈しんでいた三の宮を、切羽詰まって源氏に託そうと決心して、頼み込む。
   死の床で頼まれれば、引き受けざるを得ないだろうと、あの方は密やかに歓喜の中で決意を致しました、と言う林真理子の筆の冴え。
   三の宮の美貌は評判で、藤壺の中宮の姪で朱雀帝の息女であり、紫の上より若くて、既に、源氏の食指は動いていたのだが、この歳で新しい女人は欲しくないのだが、僧形の朱雀帝に必死に託されれば、もうこれは不可抗力、紫の上に格好の口実ができたと言う心境、困惑が、次第に期待とときめきに変って行く。

   ところが、六条院に輿入れした三の宮は、皇女らしき気品高い小さな顔で、髪の長さと豊かさはまずまずとして、驚くのはあまりの細さで、戯れに体に触れることさえできそうになく、何もせずに、まんじりともせず夜を明かした。今日ほど悲しげな様子で、衣装に香を焚いて送り出してくれた紫の上を思って涙した。と言う。
   源氏は、長い間、何でもなかったと紫の上に匂わせながら、あの幼くてつまらない女性に比べて、何と優雅で慈悲に満ちて温かいのか、紫の上への思いで胸がはち切れそうになるのだが、紫の上にそっと手を外されてしまう。
   紫の上は、自分にはかけている高貴さ、皇女と言う身分の新妻であり、今までは嫉妬だったが、今度は違う、小さな棘は大きく育って、不信故に深い絶望の地獄に落ちてしまった、と、嫉妬のあまりの大きさに、成仏もできずに冥府を彷徨っている六条御息所に語らせている。

   和製ピグマリオンよろしく、幼い頃からぴったり添い寝して、慈しみながらひとつひとつ人の道を教えて、教養に溢れ、たしなみ深い魅力的な女性に育て上げた紫の上に比べて、如何に、三の宮が、可愛がりすぎて幼いのか、
   兄朱雀院の不完成品ながら、源氏は決して気に入っていないわけではない。と言う白けた描写が面白い。
   御帳台の中で、青白い、人形のような細い体を開いていくとき、実に意地の悪い快楽に浸っていた、兄の一番大切にしていたものを、こんな風になぶって行くとき、やはり暗い喜びに浸っていたのだ、と御息所に語らせているのである。
   朱雀帝に対して、妃に上がる予定であった朧月夜に手をつけて傷物にして、その咎で須磨に流された復讐心もあったのかも知れないが、老醜の嫌みが滲んでいて見苦しい自虐的心境である。

   さて、宿命と言うべきであろう、
   紫の上が病状に伏していたので二条院に見舞って留守の最中に、この三の宮を、頭中将の長男柏木に寝取られて、子供まで儲けられる。
   柏木から三の宮に与えられた文で事の次第が露見するのだが、源氏には、計算が合わないので薄々分かっていたこと、しかし、徹底的に柏木をいじめ抜き病死させる。
   しかし、因果応報、ドンファンの限りを尽くして女漁りをしてきた光源氏にとって、メガトン級の「盗み」は、父帝桐壺帝の寵妃藤壺の宮と密かに通じて、不義の子までなしたこと。
   冷泉帝となったその子が、父源氏の不実を知って、子を残さなかったのであろうと、妃に上がったわが娘秋好中宮に子が授からなかったことを、六条御息所が嘆いているのが興味深い。

   女君の近くにいる女房さえ手なずければ、どんな高貴な奥深い寝所でも忍び込める、相手がどんなに怯えて泣こうとも、懇願をしようとも、強引にことを終えればそれで済むと、知りすぎるほど知っていた光源氏、
   寂聴さんが、源氏物語は、殆ど強姦だと語っていたが、ダンテやゲーテのような至高の愛など皆無に皆無、
   准太上天皇にまで上り詰めた自分の妻を寝取られるという最高の屈辱、人生の黄昏を痛撃したダメ押しとも言うべきアッパーカット、 
   しかし、源氏にはそれさえも身に染みていなかったようで、髪を下ろしたものの魅力的になってきた三の宮に興味を示して迫ろうとし、
   紫の上が、願いに願っても最期まで出家を許さず逝かせてしまったのは、髪を下ろした女性を抱くことができないのがこの世の習いだからだと、御息所に言わせている。
   余談だが、流石の源氏も、三の宮と柏木の一件は、子供の夕霧が柏木の述懐で察知しただけで、紫の上にも誰にも言えなかったし、紫の上も知らずに逝ったと言うのが興味深い。

   最後まで来ると、紫式部は、容赦なく光源氏の人間を暴いており、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」よりも俗っぽく凄まじいのが面白い。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Go to トラベル・キャンペー... | トップ | 古典芸能・クラシックetc.チ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

書評(ブックレビュー)・読書」カテゴリの最新記事