十分間俳句

発見・感動・創造! 子どもたちの感性を培い日本語力を高める十分間俳句

句会の意味について

2009-05-27 | ジュニア俳句
十分間俳句で俳句とつくることと句会を行うことは、セットにして考えてよい。丁寧な句会ができればよいが、句会も「十分間句会」でもよいのではないかと考える。

1、知的な遊び
 →自分の句が選ばれるうれしさ、選ばれない悲しさ 点数を競う 
 (遊びになった時成立する)

2、友達の俳句に触れる
 →異なる表現、異なる視点、異なる発見があることを知る
    他者理解に通じる
    共感

3、友達の句を選ぶ
 → 「選は創なり」 選ぶことによって、句の良さを考える
      共感、言葉のおもしろさ、発想の新鮮さ、

4、句の情景を想像する
 → 想像を広げる 
     「どこがよいか」→「どんな情景か」を問う

10分間俳句とは


今日の中学生句会

2009-05-24 | ジュニア俳句
俳人の北大路翼さんと出会ってから、中学生句会は著しく発展した。
つまり、北大路さんのグループと統合・合併したと言うことだが、若手俳人の会になりつつあるということだ。
今日は、深川七中で句会を行った。
毎月の第四日曜日に句会を行い、会の名前も正式に決めようという所まで来ている。
今日は、東大俳句会や早稲田の方も参加され、面白い句会になった。
中学生も自分の意見をずいぶん述べるようになり、すごい成長だと感じた。 

 今日の会での高点句を挙げてみる。

 五月雨のバスおほむねの駅とばす

 紫陽花に向けて撃ちたり空気銃

 水玉の傘をたたんで梅雨あがる

 長廊下ゆっくり歩く虹が出る

 雨垂れや急に天道虫は翔ぶ


 空、雨、フリー、それぞれが三句その場で作った作品である。

 次は、6月28日 午後1時30分~ 深川七中


 十分間俳句とは



 

茂木健一郎氏の記念講演の演題

2009-05-19 | ジュニア俳句

 11月27日は、「発見・感動・創造の俳句教育」の研究発表会の日だ。

 記念講演は、かの茂木健一郎氏。

 その演題が決まった。

  「ひらめきは世界を変える」

 である。茂木氏に講演の件を取り次いでくれたNHKの

「プロフェッショナル-仕事の流儀」のプロデューサーの有吉氏から

 茂木氏にかわって連絡がきた。

 今日は研究推進委員会があり、次回の研究授業の授業案検討などが行われた。

 私は、明日から六年生と一緒に日光移動教室に行っくてきます。

 東京に新型インフルエンザが来る前に実施できてほっとしている。

 これについても養護教諭の先生を中心に対策を進めている。

   虎が雨新型インフル忍び寄る


中学生句会

2009-05-17 | ジュニア俳句
今月の中学生句会は、

 5月24日(日)午後1時半から

 場所 深川七中   です。

 深川七中ですのでお間違えのないように

若手俳人の北大路 翼氏がくわわり 非常に充実した句会になってきました。中学生句会というよりも高校生・大学生・さらに上の方も加わって、若者句会という様相です。

話は変わりますが、今日、わんぱく相撲の江東区大会が行われました。

八名川小学校からは、80名近い子ども達が出場し、入賞者も大勢。

それから 「これは快挙」というできごとが起こりました。

 学校対抗戦で、なんと八名川小学校が優勝したのです。

 勝負はいつも時の運ですが、ちょっとうれしいので報告します。

   薫風やわんぱく力士の突き放し

 もう一つうれしかったことは、私のかつての教え子の子どもが
 やはり、このわんぱく相撲で優勝したこと。



  十分間俳句とは最初に定式化したのは、2007年6月7日

  その時のブログhttp://blog.goo.ne.jp/haiku_2007/d/20070607

  



俳句集 こすげの子

2009-05-11 | ジュニア俳句
前任のこすげ小学校から俳句集が届いた。

「俳句集こすげの子 第八集」である。

うれしい。A先生の努力で始めた 俳句 が脈々と続いている。

私も、それに刺激された一人だ。こすげでの俳句体験が今につながっている。

ページを開けると、最初は、特別支援学級の若草学級子どもたちの俳句だ。

 しろいゆげきねでペッタンおもちつき

 いついくのはやくいこうよいちごがり

 さむいからコーンスープをのみました

 すてきな句が並んでいる。

一茶まつりやNHKの俳句大会でもたくさんの句が入選している。

 せみの声すだれの目からふりそそぐ  梨央

 おかあさんクーラーつけてエコやめた  ゆり

 岩のかげかにがひそひそかくれんぼ   侑弥

 日が暮れるコウモリがいた早く帰る   将和

教職員の句もある。

なにしろ続いているということが素晴らしい。

続くということは文化だからだ。


「現代俳句」四月号 

2009-05-09 | ジュニア俳句

昨年の夏から秋に書いた原稿を「現代俳句」(現代俳句協会発行)
が今年の四月号に掲載してくれた。
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小学校で継続的・系統的な俳句指導を!
                  江東区立八名川小学校 小山 正見

一、はじめに
 俳句は、ブームである。例えば、「伊藤園お~いお茶新俳句大賞」の応募作品は、百六十万句を超えたそうだ。各地の自治体も町おこしのために、相次いで俳句コンクールを始めている。
 ここに参加した子どもたちが継続的に俳句に取り組むようになったら素晴らしいと思う。質的にも俳句は飛躍的に向上するに違いない。
二、「発見・感動・創造の俳句教育」
 江東区立八名川小学校では、今年度から「発見・感動・創造の俳句教育」を目指して研究を始めた。目的は、俳句の継続的・系統的な指導法を確立することであり、教育という側面から俳句に取り組む意義を明確にすることである。
①子どもの発見や感動を促す
 俳句の基になっている発見や気付き、そこから生まれる感動は学習の推進力になるばかりか、それ自体が教育の目標になると考える。俳句に継続的に取り組むことは、子どもたちの発見や気付きの力をを伸ばし、鍛えることに繋がる。
 子どもたちの作品を見て欲しい。
  若葉にも数え切れない緑色        翼
 教室から外を見る。若葉がぐんぐんと育っている。その緑の一つ一つが異なった色であることに彼は気が付いたのだ。
  トマトの葉さわればトマトのにおいする  恭輔
 発見したことは、言葉に書き留めることによって初めて認識となる。
  空見たらラクダみたいな雲がある    知来
  ゆうやけ空オレンジ色にはじけてる   羽留
 中には、空の雲ををじっとながめる子も出てくる。自然に対する関心が高まり、季節に敏感になる。関心は自然だけに止まらない。
  ピザ作り口いっぱいにトマト味     真之介
  ラジオ体操いつも同じ人に会う     珠代
日常生活の中の発見も俳句になっていく。
ここで表現されているものは、発見であると同時に感動である。「句会」などを通して、子どもたち同士がこれらの感動を共有することによって、情操も豊かになるに違いない。
②創造力・発想力を高める
 学校教育の中心は、「学ぶ」ことである。先生の話を良く聞き、くり返し練習したり覚えたりすることである。「創造」や「発想」が求められるのは図工や作文など限られた授業にすぎない。それも一つの内容を何時間もかけて作品にするのだから、新しい発想をどんどん産み出すわけにはいかない。その点、俳句は「創造」や「発想」に特化した教材となる。一つの俳句を作る度に新しい発想が求められるからだ。
 二十一世紀の世界において、日本と日本人が生きていくために優れた発想力が求められるとしたら、「俳句」は、絶好の教材になるに違いない。
③日本語力を高める
 日本語力の涵養という観点からも「俳句」は優れた教材である。俗に「俳句をひねる」というが、言葉をいろいろに言い換えたり、工夫したりする。この過程で、どういう場面でどういう言葉がぴったりとあうのか、だんだん見つけていくというわけである。こうした活動を繰り返すことによって、子どもは、発想も感性も言葉も成長する。
三、今取り組んでいること
 最後に、この四ヶ月間で各学年が取り組んできた事柄を簡単に記す。手探りであるが、ぜひ皆様のご意見を賜り、発展させていきたい。
◇行事などの印象的な共通体験に基づいて俳句作りを行う。
二年生が町探検をした。
  町たんけんあせをかいたよはぁはぁはぁ   珠鈴
  はっけんだはっぱがいっぱい町たんけん   開斗
 (町は、建物ばかりだと思っていた。こんなにたくさん緑があるとはびっくりだ。)
◇授業での観察学習も俳句の種になる。
 三年生では、かいこがまゆを作り、チョウチョに羽化するまでを観察した。 
  サナギのね中はどろどろしょうかえき    航史
  アゲハチョウはねをかわかしとんでいく   萌
  大空にとんでくチョウをじっと見る     優
◇図工や音楽とも関連させて
 四年生は、「サモア島」の歌を聴いて、そのイメージを俳句にした。
  水色のすきとおる海サモア島        馨子
  真夏の日ゆめに出てきたサモア島      優歩
◇伝統行事を取り入れて
 五年生は「七夕」を題にして俳句を作った。
  デネブ飛ぶ二人の幸せ羽ばたかせ      あゆみ
  天の川二人のなみだがたきになる      洸瑠
◇日本語の使い方を学習しながら
 六年生は、比喩を使うとか倒置法などの技法を学習し、俳句作りに応用した。
  じゃがいもは土中の宇宙さまよって    真成
   グッピーも人間みたいに母になる     亜美
 年間を通しての指導計画を作成し、どこの学校でも俳句指導に役立てるハンドブックを作りたい。そして、日本中の多くの教室で子どもたちが日常的に俳句に親しむ日が来ることを夢想している。




「脳はもっと遊んでくれる」

2009-05-05 | ジュニア俳句
「脳はもっと遊んでくれる」茂木健一郎著を読んでいる。
本を読んでいると、はっと思いつくことがある。

こんなフレーズがあった。

物理学者のアルベルト・アインシュタインは、
「感動するのをやめた人は、生きるのをやめたのと同じである」
という言葉を残している。
ここで、アインシュタインが言っているところの「感動」は気付きや発見と深く結びついている。

さあ、ここでだ。
一つは、気付きや発見は、十分間俳句のねらいそのもので、「発見・感動」のネーミングはokであるということ。

もう一つは、こちらがメインなのだが、 さすがはアインシュタインはすごいことを言う。
しかし、多くの人は、感動しているか否かがわからない。すごい発見や気付きをしているのに、そのことに気がつかないということがあるのではないだろうか。問題は、感動していることを自覚できるかどうかなのではないか。

子どもの句でもそうだ。

 はっけんだはっぱがいっぱいまちたんけん

二年生が町探検をしたときの句である。
最初読んだときは、意味がよくわからなかった。

町には緑がないと思っていたが、町探検をしたら、町に緑が多いことを発見したというものだ。

こうした子どもの発見を「発見」として読み手が感動できるか、ここが問題だと思う。

読み手の感動が作り手に反射して、「ああ、僕はすごい発見をしたんだ」と作り手自身の感動を導き出す。この事の繰り返しが感動を自覚できる人間を育ていることにつながるのではないか。
そう考えると指導者の役割は大きい。








俳句理解の心理学

2009-05-04 | ジュニア俳句
「俳句理解の心理学」皆川直凡著 という本がある。
著者は、鳴門教育大学の先生で、俳人でもある。
俳句教育の意義について、色々な方面から述べていて興味深い。

1、知性と感性をバランス良く育てる
2、対話・共同型学習の可能性→他者への共感と思いやりを育てる
3、文化の伝達

等が強調されている。
「人の心を育て癒す素材としての俳句」という言い方もされている。

互いの句を理解する授業過程で他者への共感を育てる と言う観点については新しい発見であった。

これを実現するためには、句会型の授業を重視し、句に示された情景を豊かに再現し、創造する事が必要である。

これまでの私の認識では、俳句を作るヒントを得るための句会という面にのみ重点があった。他者(自然を含む)理解という観点を加えなければならないと思った。

もう一つ、この本を読みながら感じたことは、子どもの句の分析が必要だということだ。
一つは、個人や集団の発展史として。
もう一つは、子どもの句の作風について。

学んだことも多くあった。

◎日本語は、子音が必ず母音と一体であるため、リズムが単調になりやすい。それが、五音・七音のリズムをうんだ。

◎俳句には、意味の二重性がある。つまり表層に描かれた情景的意味と、その深層に潜む作者の心情的な意味である。

◎サルトル「詩人とは言葉をオブジェとして創造する人間である」

◎西脇順三郎  詩の本質はそれまで全く関係のなかった、物の間に新しい関係をむすぶこだ。

◎荻原井泉水 「俳句は一つの段落を持っている一行の詩である」

連休もあと半分である。皆さんはいかがお過ごしですか。