豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三のつれづれ日記

2022年02月19日 09時09分15秒 | 日記
 ( Vol 3012 ) 冬季北京オリンピック 女子フィギュア選手の 処遇問題から考えなければならない問題 が噴出している すべて原点に立ち返って 考えるべきではないか

選手の健康を第一に考えた 健康管理あり方が浮き彫りになった のではないか

選手の運動能力の向上を 目指すあまり 過度な薬に頼ることになっていることだ

その状況を アンチドーピングという 言葉が生まれている

しかし 選手育成の 指導者 組織は 結果至上主義から 健康を害する 健康のバランスを崩す ような 薬の投与 サプリメントの摂取 を選手に強要してきている のが現状

アンチドーピングという見地から 禁止薬物に該当していなければ 何でも投与摂取してもいい という節操のない 状況をつくっている

選手の健康の立場に立って 指導者 組織は 選手の健康管理における指導をしていくか がここにきて 浮き彫りにされているのではないか

ドーピング違反問題で揺れるカミラ・ワリエワ(15歳、ロシア)選手の 問題になっている検査内容は

禁止薬物「トリメタジジン」心臓病治療薬
禁止されていない薬物「L-カルニチン」、「ハイポキセン」という2種類の心臓治療

が検出されている ということである

どれも 心臓治療薬

なぜ心臓治療薬が 選手の体力向上に使われるのか

本来の薬の目的外の使用がなされるのか

この疑問が 浮かぶ

調べてみると

3つを混合して使用する利点は 持久力の向上 疲労軽減 酸素使用の効率を高める という効果があるようだ

女子フィギュア選手の 演技には 技の難易度が上がり  非常な体力とエネルギーが 要求されている

その要求に応えるべく 薬物投与が 当然のごとく 日常的行われてきている

このことに対して 警鐘を促す ということも オリンピック委員会は行わなければならないのではないか

その警鐘せずに 陽性反応の出た選手を 出場させるという 処置は無謀


女子フィギュアの結果は シングルで首位に立っていながら フリーでは 失敗連続により 4位になった

この結果 3位以内入っていれば メダルの授与式は 行わないところだったが 4位だったので 表彰式が行われた

これは 陽性になりながらも出場を許可された選手にとっても ダメージは大きかったのではないか

温情という処置は 本当に 選手本人のために行われたのか 疑問である

温情処置は 組織のために行われた としかとれない

フリーの演技状況から見ても それは もう演技になっていなかった

恥ずべきは ロシアの組織 指導者であり 冬季北京オリンピック委員会 IOC IOC会長  裁定委員会である

ここには 政治的な悪意が動いているとしか言いようがない

今回の 冬季北京オリンピックは いろいろな意味において 本来の選手による 選手のための 大会になっていない

特に IOC会長 バッハ氏の 商業主義丸出しの行動が 生んだともいえる


今一度 本来の原点に立ち返って

選手本位の 大会を考えてほしいものである

選手健康管理ついても 選手の将来健康を考えた 管理が求められる

今 好成績を上げれば良しとする ような 健康管理指導 は 選手の健康を無視していて 異常である

観衆は 選手の極限を見たい 新記録が出ることを 期待するが

選手の健康を害してまでも 大会を開催すべきなのか 疑問


選手は 見世物ではない

大会は 興業ではない

という立ち位置に戻るべきではないか






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豊前善三のつれづれ日記

2022年02月15日 07時04分20秒 | 日記
 ( Vol 3011 ) 冬季北京オリンピックにおける ロシアの選手に対する ドーピング規定の適用回避は ドーピング規定そのものの根幹を揺るがすものである

16才未満ということだけで ドーピング違反にはならない

これは どう考えても おかしい

この判断は 冬季北京オリンピックという ローカルルール がもたらしているのか

JADA 日本アンチドーピング機構のホームページより定義を抜粋すると

ドーピングとは「スポーツにおいて禁止されている物質や方法によって競技能力を高め、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為」のことです。禁止薬物を意図的に使用することだけをドーピングと呼びがちですが、それだけではありません。意図的であるかどうかに関わらず、ルールに反する様々な競技能力を高める「方法」や、それらの行為を「隠すこと」も含めて、ドーピングと呼びます。

と記されている

この定義からすると

15歳のロシアの女子フィギュア選手 ワリエワ選手への スポーツ仲裁裁判所の判断は 15歳という年齢の将来を考えて という これは偏った見解であるといえる

なぜ ここで 年齢の問題が持ち出されるのか 理解できない

JADAは、アンチ・ドーピング活動によって、すべての人がフェアであることを支え、アスリートの健康を保護するために、ドーピングの撲滅を目指しています。

とも述べている

選手の健康を考えるならば 陽性反応が出た段階で 出場資格なし とすべきだったのではないか

今回の 冬季北京オリンピックは いろいろな競技で ローカルルールが飛びかっている

異常ともいえる オリンピックである

国際ルール を尊重し 誰でもが 納得できる 規定を適用してもらいたい




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2022年02月11日 16時30分21秒 | 日記
  ( Vol 3010 )  人間は 共存ではなく 支配を望むがゆえに 多くの問題を生んでいる

他の人 他の民族 他の国の人 との共存をいつも考えていたら 争いは起きない

しかし 共存ではなく競争 そして争い 支配 が起きる

今 世界中が 支配への動きをしている

ロシアのウクライナへの 圧力も 共存ではなく 支配への行動

クリミア半島とロシア本国に挟まれた 黒海への出入り海峡はロシアによって 強引に封鎖と同じ状況つくっている

日本の青森と北海道間の津軽海峡は 公海ということにして 自由に他国の船が往来できている

支配しようとすれば 実力行使

これでは 共存ではない


自然との対応でも 人間は 共存ではなく 支配の行動に出ている

巨大な防波堤をつくって 自然の驚異である 津波から逃れるのではなく 巨大な津波を防ぐ という 力で押さえる ねじ伏せる という行動にでている

人間の行動は 共存ではなく 力で 押さえる ねじ伏せる 支配へと 安易に動いている

この思考は やめるべきである

共存こそが 争いをなくすことになる のではないか













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2022年02月07日 09時15分11秒 | 日記
  ( Vol 3009 ) ローカル線のあり方は 有識者たちで考えるのではなく これからの社会を築く若者たちに考えさせるべきではないか

有識者は 常識に基づいた知識でしか 考えられない

若者には 常識を破る発想がある

すべてにおいて 新しいものをつくるには 常識を破る力が 必要であり

この力が 新しい社会を 築いてきた といえる

ローカル線のあり方については 国家の財産 地域の財産 として捉えて考える必要があるのではないか

単純に バスに代替えすれば良い という発想は 地域の発展には寄与しない

鉄道を 観光資源 国家 自治体の資産 として捉える 

環境対策として 捉える

という視点が必要なのではないか

有識者には そのような 常識を破るという 発想はできない 安全の範囲内でしか 考えない

赤字路線の運営には 国費を投入してもいいくらいの 発想があっても良いのではないか


また 全国の鉄道会社の 協力関係にまで 深く切り込んだ 考えも必要ではないか

優良路線の鉄道と赤字路線の鉄道との コラボレーション ということも考えてもいいのではないか

赤字路線の鉄道 即ち 利益を産まない とする 常識的な 利益至上主義の経営に立つのではなく 

鉄道としての 財産価値の 再確認を することではないか

その価値を 見いだす力は 若者たちの発想にかかっているのではないか






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豊前善三のつれづれ日記

2022年02月01日 23時39分09秒 | 日記
 ( Vol 3008 ) 世界情勢は 指導者のさじ加減ひとつで どうにでもなる

ロシアの NATOとの緊張は プーチン氏の さじ加減ひとつ

NATOとの 敵対関係を解消すべく 行動すれば 緊張はなくなる

いっそのこと ロシアがNATOに加盟する という姿勢を示す勇気をもっても良いのではないか

地上から300km上空の宇宙ステーション「きぼう」 では ロシア、ヨーロッパ、アメリカ、日本 が共同で稼働している

なぜ 地上では できないのか

トップの考え方一つで 世界情勢は 変わるのではないか

是非とも いがみ合うのではなく 認め合う という行動をしてもらいたい

ここでこそ 面接技法の基本を トップは持つべきではないか

世界を 不安に陥れているのは トップの行動である

そのことを 自覚してもらいたい





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