原稿書きのためにいくつか以前の記録を見直していて,掘り出したある高齢男性の腹部所見です。臍から下の下腹部が膨隆している典型的な尿閉の所見です。閉塞性腎症による急性腎障害では,BUN, Crの値が非常に高い値であっても,閉塞解除後にはあっという間に正常に戻るのはよく経験します。この患者さんは,まさにその極端な例。
101歳の男性,
3日前から腹痛を訴え,食事が取れなくなってきたため。救急車で来院。腹部を見ると,全体に膨隆が著明,打診上は鼓音でしたが,よく見ると下腹部(臍から下)の膨隆があり,聴性打診を行うと,恥骨結合から8cm以上頭側で音の変化を認めました。
あ,尿閉だ。
すぐに導尿してもらうと直ちに700mlの尿排泄がありました。
さて血液検査の結果が戻ってきてびっくり! BUN 119 mg/dl,Cr 10.37 mg/dl。
いや,驚きました。閉塞性腎症だけで,ここまで増加するかなあ。
で,Foleyカテーテル挿入後,入院にて経過観察しました。
入院翌日までに尿が4700mlが排泄されて,BUN,Crともに翌々日には正常値に戻りました。
これまでも何例か同様の経験がありますが,結構長い期間が経過した閉塞性腎症でも,こんな感じで閉塞が解除されるとすみやかに腎機能が回復するような印象があります。閉塞解除後にみられる利尿(post-obstructive diuresis)では,尿路閉塞の間に貯留した溶質が排泄されるため,原則としていくら利尿があっても補充して輸液は必要ないとされています。この患者さんでも,そのように考えてよさそうでした。
とにかく急性の腎機能障害をみたら,まず閉塞性腎症を否定すること 。そのためにはまず「お腹を真横からみること」です!!
この患者さんに関して,入院翌日にご家族から聞いた話では2-3か月前から尿が出にくいという訴えはあったようです。しかも少量づつの排尿があり「溢流性尿失禁」があったことも確認できました。
お腹を真横から見て,下腹部が盛り上がっていたら尿閉を除外すること!
<尿閉の診断に役に立つ膀胱の聴性打診>
腹部を真横から見て下腹部が膨隆していれば,この手技が役に立ちます。恥骨結合の上縁に聴診器の膜を置き,指で腹部を軽く打診してゆきます。もし拡張した膀胱があれば,叩いた下に貯留した液体があるため音が伝導しやすくなります。すなわち膀胱の上縁の辺りから打診の音が急に大きく聞こえるようになります。音が変化した部位が恥骨結合から何cmの距離かを計測します。およそ8cm以上あれば,まず拡張した膀胱があるという訳です。
実際に自分で何例が経験していますが,結構分かります。以前に医師会の講演会でこのことをお話したことがありました。その後,ある訪問診療をされている先生からすごく感謝されました。曰く,看護師さんがこれで尿閉を見つけることができるようになったとのことでした。
腹部の真横からの視診とこの手技を使うと,簡単に治せる急性腎障害の原因である尿閉を見逃さなくなります。