H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

6月 手足がぱんぱん

2021-06-29 | 内科医のカレンダー

<手足がぱんぱんになっていると訴えてきた78歳の男性>

78歳の男性が不思議な訴えで受診してきた。近隣の眼科の先生から「眼瞼の腫れ,身体のむくみ感,尿が出にくい」とのことで腎疾患の可能性を疑われて紹介されてきたが,患者の直接の訴えは「手足がぱんぱんになっている感じ」だという。

2ヶ月位前,背部に痒みがあり全体に細かい発疹が出現。もともとからある乾燥肌と違っていた。1ヶ月半前から,手足が全般的にむくんでいる感じを自覚。顔(目の周り)もむくんできた。そして体全体がかったるい感じがする。関節の痛みはないが,とにかく全体に「手足がぱんぱんになっている感じ」がつらいという。この方は初診なので以前の様子が分からないので,実際のところどう変化したかは不明である。ぱっと見た感じでは,そんなふうには見えなかった。

話を聴き始めた当初は「手足がぱんぱん」と言われても正直何だか全く思いつかなかった。途中からは(パルボかな?)と思ったが,少し違う気がする。筋酵素や炎症所見の有無など一般的な血液検査をまず出してみることにする。ただ高齢者のよくわからない訴えのときには,必ず甲状腺機能はチェックすることにしているのでTSH,FT4を提出した。

結果はTSH 277, FT4 0.26と明らかな甲状腺機能低下症。そういえばそうだ。あとから考えれば,いかにも・・のケースである。なぜ甲状腺機能低下症を最初に思い浮かべられなかったんだろう。

 

<What is the key message from this patient ?>

甲状腺機能低下症は,症状が多彩である。しかも患者さんが自分が感じている症状を「どのように言葉に表現するか」は,ときに我々の想像を超える。今回は「全体に腫れぼったい感じ,手足がパンパンになっている感じ」という表現だが,これを「浮腫」という言葉に脳内変換できたらすんなり甲状腺機能低下症を思いついただろう。医学の素人である患者さんがうまく説明できないのは当然である。それをどう医学的な意味にとらえ直すかは,言ってみれば病歴聴取の醍醐味みたいなところがある。以前,ある先生に「同じことを3回聞き方を変えて聞け」と教えてもらったことがあるが,まさに患者さんがうまく表現できないときは,こちらから何度も聞き方を変えてみることが必要で,いわば患者さんとの共同作業みたいなものである。

さて,同時に測定したCK 657,Cr 1.32だった。甲状腺機能低下症に伴うCK上昇は比較的よくみる所見で,UpToDateによればその上昇は軽度で正常の10倍以下くらいとされる。個人的には2000 U/L位まで上昇した症例の経験がある。Hypothyroid myopathyということになるが,自覚症状として筋症状はあまり経験ががない(あるcase seriesでは筋症状痛は40%位とUpToDateに記載があったがが,個人的にはそんなにあるかな〜と思う)。さらに興味深いことにCK上昇と同じ機序なのかもしれないが,Crもわずかに上昇している。この場合のCr上昇は腎機能低下とは関係がないと考えられる。この方の場合は治療の経過でCr値は1.10程度になった。わずかの変化なので見逃されているかもしれない。興味深いことに,甲状腺機能亢進症では逆の動きをする。治療開始前は,Cr値は低めで治療を開始するとわずかに上昇する。もし体格に比して血清Cr値が「正常以下」のときには甲状腺機能亢進症を考えるというのはちょっとしたパールである。

さて肝心の症状の経過だが,補充療法を始めて約2ヶ月後には甲状腺機能は正常化し,手のむくみや「パンパンに張った感じ」は消失した。自覚的な倦怠感も完全になくなったという。あとで判明したことだが,奥さんは声の変化を心配していたという。曰く「喋り方がなんとなく変で,この人,脳梗塞にでもなったのではないかと思っていた。それが治療を始めてから元に戻って安心した」とのこと。Hypothyroid speechも実はあったわけだ。初診時に声や喋り方を聞いてhypothyroid speechとまでは思い至らなかった。普段患者の声を聞き慣れている家族だからこそ気付ける変化だったのだろう。

機能低下症の原因に関してだが,橋本病だと予想したが抗TPO抗体は陰性で意外なことにTSAbが陽性だった。調べてみるとと,TSAbの中には阻害型抗体 Blocking antibodyというのがあるそうで,機能低下の原因になることがあるらしい。

SRLのHPを確認してみると,現在のところは次のような記載になっていた。

TSBAbはTSH受容体に作用し生理的濃度のTSHの作用を抑制し、甲状腺機能低下症の発現に重要な役割を果たしているものと考えられている。このTSBAbは甲状腺腫の腫れない原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)の患者やバセドウ病の治療経過中に甲状腺機能低下症となった患者に検出されることが報告されている。

ただし測定法や臨床意義の文献は準備中となっていて,通常の受託項目ではないとのことだった。

同僚の内分泌に詳しい先生に聞いてみても

・実臨床で,抗体陰性の甲状腺機能低下症はそこそこいる
・抗体に関してはよくわかっていない
・以前,超有名な甲状腺専門病院に抗体陰性の機能低下症を紹介したら,戻ってきた返事は「甲状腺機能低下症で補充療法をして下さい」ということだった。

ということでは,まだ分かっていないことも多い・・ということが分かったのであった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Clinical Picture @ACP日本支部総会

2021-06-27 | 臨床研修


ACP日本支部総会でResident Fellow Comitteeの先生方(鈴木真紀先生,平井先生)の企画によるセッションのお手伝いをしました(もちろんオンラインです)。『観察眼を養うClinical Picuture』と題して,臨床写真の楽しさを皆さんと共有しようという楽しい企画で,山本祐先生とのセッションでした。

若手の先生方が応募してくれた臨床写真を,山本祐先生と私がそれぞれ3例づつ選びコメントをするというものです。イントロとして,その前に私と山本先生がそれぞれ手持ちの写真を提示してそれにまつわる話をしました。

私は「湿布徴候」を取り上げました。山本祐先生はNEJMに掲載された「Achenbach症候群」を取り上げられました。その後,選んだ3例にそれぞれがコメントを加える形で行われました。選んだ写真のどこが興味深かったか,また見栄え良くするための撮り方のコツなどをチャットのコメントも拾いながらの楽しい進行でした。

気楽なランチョン・セミナーでしたが,最大で70名位の参加があり大盛況でした。また次回以降も何かできるといいな〜と思える面白い会でした。ホントみんなClinical Picture好きですね〜。

 

P.S.
写真は京都に行くと必ず出撃するお気に入りの路地です。ココしばらく行けなくて本当に残念。オンラインは楽でいいんですが出かけたいこともありますね。コロナが少しでも収束して,来年こそはACPも京都で開催されるといいですね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冠動脈瘻

2021-06-24 | 身体診察


少し前に夢で聴診して鑑別診断に上がった冠動脈瘻についての覚え書き。10数年前の経験です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

50歳の男性が4.5日前からの鼻汁・鼻閉感で受診した。もともとは妻が乳癌で半年に一度当院に通院中あしており,その付き添いで来院したが感冒症状のためたまたま内科外来を受診した。咽頭痛,発熱,咳嗽などの症状はない。またこれまで動悸,胸部症状などはまったくなかった。人間ドックを毎年受診しているが,特に異常を指摘されたこともなかった。

診察上は,発熱なく咽頭にも著変なし。呼吸音も清。心音ではS1S2は正常。3-4LSBでわずかな(1-2/6)拡張期雑音を聴取した。

ここで,わずかな拡張期雑音があるので患者さんには

「心雑音をこれまで指摘されたことはありますか?」

と聞いたが,ないという返事。

「わずかな雑音なので,少しざわざわしたところだと聞き逃されるかもしれませんねえ。たぶん,軽い大動脈弁閉鎖不全だと思いますが・・・」
「もしこれまで一度も検査をしたことがないのなら,一度は心エコーを受けておいてもいいと思いますがどうしましょうか・・」

と説明したところ,まあ時間もありますから受けたいとのことで検査。

心エコーの結果)
左室壁運動に異常なし(EF 64%)。拡張期に右冠尖付近から左室方向へ短絡血流を認め,右冠動脈と考えられる血管走行が描出。大動脈弁逆流にしては,血流速度が高く右冠動脈左室瘻が疑われる。精査が必要。それ以外には軽度僧帽弁閉鎖不全,中等度肺動脈弁閉鎖不全。

とのことで,このときは冠動脈瘻なんて聞いたことがないので,循環器内科の先生に相談。

ほとんどの場合には問題がないが,虚血を起こすことがあるので運動負荷まではやっておいた方がいいとのことで,その後は診ていただくこととなった。

心雑音ひとつでこんな病気がみつかることがあるんだ。

------------------------------

<冠動脈瘻について> UpToDteを参考に

・多くは先天性におこる冠動脈と心室または他の血管との間の連絡である。外傷やペースメーカー植え込み,心内膜生検,冠動脈造影などの合併症としても起こりうる。
・主な発生部位は,右冠状動脈(55%),左冠状動脈(35%),両冠状動脈(5%)であり,主な終末部位は右心室(40%),右心房(26%)および肺動脈(17%)で,瘻孔が上大静脈や冠状動脈洞,左心系に連絡することは少ない。
・ほとんどの場合は無症状だが,冠動脈盗血により心筋虚血を起こすことがある
・今回は拡張期雑音がきっかけとなったが,典型的には傍胸骨中央から下部で連続性雑音を聴取する(瘻孔の部位によって変わる)らしい。私が経験した症例は,かなり軽いもので典型例ではなかったみたい。
(これ以上の細かいことはいいかな・・・)
・瘻孔が大きかったり,虚血,不整脈などの合併があれば治療の対象になる。外科的あるいは経皮的な治療。
・ちなみに連続性雑音を左の高い位置(左第2肋間)で聴取したら動脈管開存(PDA)を考える。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

季節の宝石

2021-06-23 | 写真


美味しくいただきました。

 

P.S. K-3 mark IIIは赤の再現性がいいです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

利尿薬のスライディングスケール

2021-06-22 | 臨床研修


以前に少し書いたことがあったかもしれませんが,利尿薬を体重によって調節するやり方についてまとめておきます。呼吸困難はまだないけれど下肢浮腫や胸水貯留など溢水のある高齢者で,どうしても入院治療が困難なときに何とかやり過ごす方法です。(もちろんそれ以外の心不全の治療は併用してのことです)

これまで何人もこれでしのいだ経験があります。おおむね上手くいくことが多かったです。(こんなこと教科書やマニュアルには書いていません。あくまでも個人の印象ですので,すべての患者さんには勧められません)

もともとは研修医時代に,ベテランの循環器内科の先生に教えていただいた考え方です。
簡単に言ってしまうと,尿が普通に出る方であっても透析患者の「ドライ・ウェイト」のような考え方をするのです。

・現在の体重をスタートにして,およその目標体重(いわばドライ・ウェイト:DW)を見積もる
・そのDWを中心に体重の増減で,利尿薬の投与量を設定してみる
・一旦それで始めてみて,再診時に再調整する

例えば,下肢浮腫が著明で明らかに体液量が過剰な心不全の方がいるとします。
受診時の体重53kgだったとして,本来の体重(DW)は50kgくらいと見積もったとします。
目標とする体重から,増えていればラシックス服用。DWあたりであれば,およそ維持量に。
目標体重を下回ればラシックスは一旦中止,という原則にします。

例えば,
・Wt >52kg なら  ラシックス 40mg 朝・夕
・52>Wt>50kgなら ラシックス 40mg 朝のみ
・Wt<50kg なら  ラシックス 中止

といった感じでまずは服用してもらいます。そして体重,ラシックスの服用状況(可能なら尿量も)を記録してもらい1週間後に再診にします。これでどうなったか,その患者さんの至適体重がわかればそれを中心にして利尿薬の服用,中止を変動させます。ナースや施設の職員の方は原理を説明すると理解してくれます。そしてきちんと記録を持ってきてくれるので助かります(よく理解されたご家族でも大丈夫です)。
これで一旦その患者さんの「DW」が設定できると,その後の外来でも比較的安定して経過をみることができます。

最初の体重や服用量をどうやって決めるかって? それは・・カンというか適当です(笑)
まあ「著明な下肢浮腫があれば3−4kgの体重増加がある」のが基本原則なので,受診時の体重から3−4kg(体格によって適当に増減)引いた体重を暫定のDWと考えるわけですが。

症例数は多くないものの,以前からこのやり方で何度も助けられました。何よりも入院するだけで廃用や認知症が進んだり,せん妄になる可能性が高い高齢者の心不全患者には,プランBとしては意外に使えます。(もちろんちゃんと入院加療するのが第一選択です)

あくまでも私個人の経験なので,皆さんの役に立つかどうかは分かりません。ただ,どうしても他に方法がないときには試してみる価値はあります。もちろん「少しでも状態が悪ければ入院なので,すぐ連れてきてくださいね」と念を押しておくことは忘れずに。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする