H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

7月 迷ったら患者に聞け

2021-07-31 | 内科医のカレンダー


<4日前からの持続的な右背部痛で受診した32歳男性>

正午もかなり過ぎて初診外来がようやく終わりそうになった頃,右背部痛を主訴に32歳の男性が受診した。看護師がとってくれた簡単な予診票のメモにはこうある。

「右背部痛あり。鈍痛あり。脂肪肝を指摘されている。先週土曜14時〜痛み持続。排便なし。食欲あり。」

歩いて診察室に入ってきた若い男性。やや上体を前屈みにした姿勢で歩いてくる。ただ見た目は全然重症感はない。

 症状の始まりは4日前の午後2時頃,自宅でテレビを見ているときに,徐々に右腰背部に痛みを自覚するようになった。突然という感じではなかった。当初,鈍痛だったが徐々に強くなってきた。翌日は普通に出勤した。排便も普通にあった。安静にしていると痛みは軽快するが,立ち上がったり,動いた瞬間に痛みが増強した。

 受診の前日は会社を休んだが,車を運転中に激痛となった。車を止めて休んでいると痛みが軽くなったが,動くと再び痛みが増強した。嘔気・嘔吐はなく,下肢のしびれ,脱力はなかった。また痛みは安静にしている限りはない。尿の色の変化には気づかなかった。週1回ゴルフをしているが,最後に行ったのは前週なので今回の痛みの発症には関連がなさそうだという。

職業は会社員。金属部品を扱う業種なので時に重いものを持つことがある。今回の痛みが始まる前に重いものを持った記憶はない。とにかく動くと痛みがある。待合室から診察室に歩いてきたときは少し腰が痛かったという。

診察を始める。BP 121/67,P 80, T 36.9℃,呼吸も見たところ普通で,バイタルサインに大きな乱れはない。全身状態は良好で,顔つきはそれほど痛そうにはしていない。診察室の椅子に座っているぶんには痛みはないという。胸部,腹部には異常なし。CVA tendernessはない。痛みは腰背部で鈍痛が持続しているという。皮膚には皮疹はない。診察台に横になってもらいSLR test行うが異常なし。下肢の感覚障害,筋力低下は認めない。

ここまで診て,やっぱり「普通の」腰痛症だなと思う。そこで患者さんにこう説明した。

「通常,いわゆる腰痛症といわれるものは,大部分が筋骨格筋系の痛みで,半分以上は原因がはっきりしないんですよ。大体は安静にしていれば良くなってきます。」
「一応,腰椎の方に問題がないか調べておきましょう。」
「夜に痛みで目が覚めたり,だんだん痛みがひどくなってきたり,知覚障害,筋力低下があるなどの症状,いわゆる赤旗徴候(red flag sign)って言うんですけど,これがなければ様子をみて大丈夫だと思います。」
「ま,あとは症状の経過からは尿管結石は考えにくいと思いますが,念のため尿検査もやっておきましょう。それと血液検査ですね。γ-GTPが高いそうですし・・・」

血算,生化学,尿沈渣,腰椎X線2方向を指示。

 

検査結果が返ってきた。腰椎は予想通り問題なさそう。

尿検査では,SG 1.024, PH 6.0, 尿蛋白や尿糖なし。尿沈渣で赤血球10-29/HPFの血尿がある。蓚酸カルシウム結晶も出ている。尿管結石でもいいか。BUN 15, Crは1.2mg/dlと少しだけ高め。う〜ん,血尿か・・。でも間欠的でないし,あんな痛みかたの尿管結石はないよなあ。動いた時だけに痛いなんて。CVA tendernessもないし・・。血算は・・あれ?WBC18000!何で??,CRP 2.63 mg/dl。微妙だなあ。何でだろう。どうしよう。WBCがこんなに増える理由がない。「普通の腰痛症」だと思うけどなあ。熱もないし。腎盂腎炎の線は考えにくいし,まして男性だし。他に何か持続的な腰痛でWBCが増えるようなまれな原因を考える必要があるのかな。たとえば化膿性脊椎炎とか・・・。赤沈はまだ出ないか。さらに検査をどうしようか・・・。

うだうだ迷ってもしようがないので,迷った時には「患者に聞く」の原則でもう一度診察室に呼び入れる話を聞く。

「どうですか。痛みは?」
「結構痛いです。」
「ただの腰痛にしてはWBCが凄く増えているのが原因がよく分かりません。もう少し検査をしたいと思います。」
「是非,そうしてください!」

(実は,相当痛かったのであろうと思われる。見たところはそれ程とは思わなかった)

エコーかCTがどちらにしようか・・・?まずは簡単なところから,エコーにしよう。もし痛みがあるとしたら,尿管結石,水腎症か?指示票に検査目的を記入する際,エコーをやるのだからと「水腎症,尿管結石疑い」とは記入したが,この時点で尿管結石は可能性はあまりないのではないかと思っていた。持続痛で,しかも動いた時だけに痛いと言うし・・・。むしろ皮下の膿瘍とか何か別のものが見つかるのではと考えていた。もしエコーで原因がはっきりしなかったらどうしよう。CTまで撮るしかないか。例えば脊椎病変とか?

検査に行く前にもう一度CVA tendernessを確認したが,やはりはっきりしない。

オーダーを出した後,結果待ちの間に遅い昼食を済ませることにする。職員食堂に向かって歩いている時に,向こうの方に,さっきの患者さんが車いすを必死で自分で動かして,エコー室に向かうのが見えた。若い32歳の男性が,自分で車いすに乗っていくなんて,やはりこれは絶対に何かあると確信。こちらが思っていた以上に,相当痛たかったんだなあ,ホント申し訳ないことをした。そういえば,予診票の紙には,看護師が赤ボールペンで「車いす」と書いた文字を丸で囲ってあった。あれはどういう意味だったんだろうか。自分で動けないほど実は相当痛がってそうですよ・・・という意味だったのか?もしそうだったら,申し訳ないことをしたなあ。先入観をもってはいけない。患者さんが本当に痛そうにしていなくても,痛みが本当に強いことをこちらが分かってあげなければ。

腹部エコーの結果は「右水腎症,水尿管症,右尿管結石」であった。

やっぱり尿検査での血尿,蓚酸Caはちゃんと意味があった。持続的な痛みだったのは,水腎症で腎臓の腫大による皮膜の痛みで,歩くとそれが響いて痛みを起こしたのだと考えられた。

急いで泌尿器科の先生にコンサルトをして無事みていただけることになった。初診で患者を診察室で診てから,すでに数時間が経っていた。患者さんには痛い思いをさせて申し訳なかったと思う。もっと早くに気づいてあげればよかった。

 

<What is the key message from this patient?>

 持続的な腰背部痛というpresentationなので,典型的ではないけれど後から考えれば尿管結石と考えるのが自然だった。痛みが持続的だったので,尿管結石の可能性を低く見積もってしまったということか。事前確率を低く考えたため,尿沈渣の結果も軽く考えてしまった。尿所見の意味をもう少しちゃんと受け止めるべきであった。蓚酸Ca結晶があって血尿があるのだから,やはり尿管結石がある可能性が高い。その上で,持続的な鈍痛,わずかに上昇した血清Crからは尿路閉塞から水腎症をきたした痛み(→腎被膜の痛み→持続的痛み)と思い浮かべることが出来たはずだった。

 尿管結石の痛みは間欠的といわれているが,水腎症となったときには持続的な背部痛を呈することがある。これは実は閉塞が高位の位置にある場合には,痛みが発作性でなく持続痛になると『Cope』にもちゃんと書いてある。

腹痛の鑑別診断で非常に重要な間欠痛か持続痛かの区別,持続痛では1)血管系,2)胆石,3)膵炎,4)腹膜炎,と覚えていたが,このときから,水腎症もまれだが原因としてあり得ると覚えた。

 それともうひとつ。患者さんの様子は診察室の中だけではわからない。診察室を出た後の様子がどうなのかも気を配る必要がある。この患者さんは,診察室の中の様子ではそれ程痛がっているようには見えなかった。しかし,検査を受けるために廊下を車いすの乗っている様子を見た時に,それだけ痛みが強いというとことが理解できた。

尿管結石に限らず,症状のバリエーションは知れば知るほど奥が深い。

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亀井三博先生の新刊本!

2021-07-28 | 臨床研修

献本いただきました。ありがとうございます。

思い起こせば,亀井先生とはいつからのお付き合いなんだろう。「亀井道場」にお招きいただいたのが最初のような・・。たしかその時にケアネットの方も参加されて「SpPinな身体所見」のテスト撮りをやったので2007年ですね。そうか,もう14年も経つんですね。

 

「その1 外来呼吸器診療の心得」には,おもわず頷いてメモを取りたくなるような文章が沢山でてきます。私が下手な感想を書くよりも,素晴らしいと感じた文章をそのまま紹介したいと思います。詳細は是非,本を直接手にしてくださいね。

・肺がんが怪しいと思ったら,そこで患者さんは,私達のもとを,一旦離れます。その後,患者さん達が,最早,治療の手段がないと言われる時期が訪れ,病院から離れ,最後の時を迎えようとする時に,再び私達の役割がやってくるのは,ほかの悪性腫瘍診療の時と同じです。

・(間質性肺炎について)肺がんと同じく,患者さんが酸素を携えて帰ってきたら,その人生の終焉まで,そっと寄り添うのが私達の役割です。

・病歴を生成するとは,患者さんがどのようにその主訴に苦しめられてきて,私の元にたどり着くに至ったか,その姿が,その過程が,まるで一本のドキュメンタリー映画を観ているかのように,映像化すること,これにつきます。

・その患者さんに,あるいは症状に,興味を持つことが大切です。その人を知りたいと思うと,どうして今悩んでおられるのだろうと,細かいところが気になって,ぼんやりした所をはっきりさせたいと,そのための質問をしたくなります。その気持ちが,キリッとフォーカスの結んだ良い映像を,そして良い病歴を生みます。「神は細部に宿る」です。

・重要なことは,最初の診察の時に,次も又,来よう,治療が効かなくても,また相談に来ようと,思っていただくことです。


どの文章も,初めてお会いした時からずっと変わらない,物静かな亀井先生の語り口が目に浮かぶようです。

 

「その2」からは15症例について,経時的な診療に沿って解説が加えてありますが,すべて初めて患者さんに出会ってから,亀井先生の頭の中をなぞるように思考過程が書かれています。まさに「脳みその中を」見せていただくことになります。自分も同じようなことをやっているので,参考になります。とくに呼吸器内科は得意ではないので,今後少しづつでも拝見して勉強させてもらうつもりです。


イケナイことなんですが,実は私,前から順に読むよりも途中で挟んであるコラムを拾い読みするのが好きなんです。「日々の診療を通して考えること」というタイトルでまとめられたコーナーが楽しいです。

本書を手にして最初にぱっと開いたページが,たまたまここ(「だから,病歴はやめられない」)でした。先生には失礼かと思いますが,私がいつも考えていることと,先生の考え方が不思議なくらいに重なるので,何度も「そうそう!」と思いながら読みすすめます。また「診察室は劇場」というのも上手い表現だと思いました。「おそらく,私は,医師という役割を,意識せず,ずっと演じてきているのだと思います」という言葉からは,以前どこかで聞いた "Act like a doctor." という言葉を思い出しました。

昨年来のCOVID-19の蔓延によって診療内容が大きく変わってしまったことも言及されています。特に,聴診に関しては大きく制限を受ける事になり,自分の耳が鈍ったことを嘆かれているのはほんとに身につまされます。

一見薄くてもこの本は中身がギュッと詰まっています。でも最近よくある若手向きのマニュアルの類とは対極のような本です。「万年研修医」のための本であり,文字通りの研修医のための本ではないと亀井先生はまえがきにも書かれています。ある程度経験を積んだ先生ほど,心に響くと思います。

 

P.S.
イラストが一見シンプルでどこにでもありそうなんだけど,何気に「先生に激似」なのにはちょっと感動しました。

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雨上がりのお約束

2021-07-27 | 写真


 

 

 

雨上がりにはマクロレンズをもっていそいそ出かけます。毎回同じような写真になりますが・・・
それでも小さなクモの巣を見つけると嬉しくなります。クモの巣と水滴の組み合わせはホントに面白いです。

 

K-1 mk II 改,smc PENTAX-D FA Macro 100mm F2.8 WR [ISO 800, f5.6-8, 1/500~640, -1.0~0 ev]

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ヌスビトハギ(盗人萩)

2021-07-26 | 写真


 

 

前に撮ったことがある小さな花。やっと名前が分かりました。ヌスビトハギ(盗人萩)という名前でした。実の形が”盗人の忍び足の足跡” に似ていて,花が萩に似ているところから 「盗人萩」という名前になったそうです。

 

P.S.
マクロレンズで撮影するときは,ちょっとした風でもピントがずれてしまいます。手持ちだとそうなのですが,三脚を使っていてもつい息を止めてシャッターのタイミングを取るので息苦しくなってしまいます。

 

K-1 mk II 改,smc PENTAX-D FA Macro 100mm F2.8 WR

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自転車ロードレース

2021-07-25 | 写真


五輪の男子自転車ロードレースを途中からネット観戦しました。あまりに面白かったので,女子の方は最初から最後までネット観戦してしまいました。たまたま通過するところを間近に見る機会がありましたが,早い早い!

 

 

箱根駅伝と同じように,選手たちが近づいてくるのは上空にヘリが飛んでいるので分かります。最初は選手を待ち構えて映していたはずの中継ヘリでしたが・・・

 

途中から観光遊覧船「白鳥の湖号」がやたら気に入ったみたいです。ネットでも話題になっていましたが,しきりに真上を旋回していました。


ひとしきり「巨大な白鳥」を撮ったあとは慌ててまた選手団を追っかけていくという・・・。ネットの英語中継では「Cool!」と言われていたみたいです。自分などは見慣れているので,何とも思いませんでしたが,初めて見るとびっくりするかもしれませんね。

 

”Fukushima is under control" という大嘘から始まって,電○やパ○ナに中抜きされまくり,このコロナ禍でも強行された五輪開催はずっと私は反対の立場です。IOCやら組織委員会のぐだぐたを見てきて基本的に今もそれは変わりありません。ただ個々の選手は悪い訳ではないし,今回の自転車競技は単純にスポーツとして感動しました。しかもコースとなった道志みちは,以前にさんざんキャンプに出かけたところです。Twitterで自転車マニアのコメントを「解説代わり」ネットのLIVE配信の映像(英語の実況付き)を眺めていると,見慣れた道も新鮮に感じられました。視聴したことがなかったですが「ツール・ド・フランス」にも俄然興味が湧いてきました。

まあ当面はコロナ激増でそれどころではなくなりそうですが・・・。

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