H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

5月 先生っぽいですよ・・・

2020-05-31 | 内科医のカレンダー

 

<首筋から両肩にかけての激痛で受診した73歳男性>

ある日の総合内科外来でのこと。隣のブースで診察していたA先生が新患患者の予診表を持ってきた。彼はちょっとずけずけとした物言いをするが,どこか憎めないキャラの後期レジデントである。

「この患者さん,先生っぽいですよ〜。73歳の男性。首筋,両肩の痛み。PMR(リウマチ性多発筋痛症)かも・・」

「先生っぽいってどういう意味だよ? 先生が自分で診ればいいじゃん。もしホントにPMRだったら薬が劇的に効いて,すごく感謝されて名医になれるぜ・・」

「でも診断は確実にしたほうがいいと思いますから,先生みてくださいよ〜」

やれやれコイツはしようがないない奴だなぁ・・と半ば呆れながら診察することに。

 

予診表には,次のように書かれていた。

「のど,首すじ,両肩,背骨上部の痛みが○月○日よりひどくなり,本日朝,右肩に激痛が走り耐えられない。」

既往症には4年前から高血圧のため降圧剤(ノルバスク,ブロプレス)内服中。65歳頃から時に背部痛がありNSAIDsを使用。昨年に循環器内科,整形外科で精査したが原因ははっきりせず。

 この男性は元高校の教員で70歳までは非常勤で仕事をしていたとのこと。趣味で仏像を彫っているので,背中や肩は以前から痛くなることがよくあって鎮痛薬(NSAID)を服用することもあったという。
 来院4日前の起床時から両肩の痛みを自覚した。3日前には首すじの痛み,嚥下痛,背部痛を自覚するようになった。受診前日には両肩痛,頚部痛が安静時にもあり,痛みで動かせないほどになったため来院した。激痛のため我慢できない様子で,診察室でじっとしても,ときどきイタタタッと顔をしかめる。

 73歳で首,肩,背中の痛みくるとPMRがすぐに思い浮かぶ。急性発症であるのは,まあ良いかなあと思う。でもまだ発症したばかりなのでわからないか。でも咽頭痛,嚥下痛はちょっとあわない。何だろうか?話を聞きながら,両上肢を上げてみてくださいとバンザイの格好をしてもらうと,さっと挙上できる。う~ん,やっぱりPMRではなさそうだなあ。

バイタルサインは,血圧182/97,脈拍94/分,体温36.4℃で発熱なし。頭頚部ははっきりした異常なし。(実は右頚部は圧痛があったが,最初は見逃していた。)リンパ節腫脹は認めず。呼吸音は清。心音は3-4LSBに収縮期雑音(2/6),心尖部でS4を聴取する。腹部にはアッペの手術痕のみ。四肢では小関節に腫脹,圧痛はない。手首,肘,肩関節にも腫脹,圧痛は全くない。頚部を前屈させたり横を向けさせると首に痛みがあるという。肩,大腿などの把握痛,筋痛はない。下肢に関しては自覚症状はなく,身体所見も異常を認めない。

他覚的に関節炎の所見がないのはPMRに合致するなあと思うが,それにしても痛がり方が普通ではない。急性発症というのはPMRとしてもよいかもしれないけれど,こんなに痛がるPMRってあるのかなあ・・それと症状が起こってからの期間が短いから,現時点ではまだPMRと決め打ちできないと思う。

患者には「ちょっと検査をしましょう」と説明して採血(血算,赤沈,生化学)と胸部および肩のX線写真をオーダーする。患者さんは「(検査もいいですが)とにかくこの痛みを何とかしてもらえませんか。痛くて我慢できません。夜も眠れませんでした。」と訴える。

「とにかく調べてみないと・・,診断がはっきりしないと治療もできませんからね」ともう一度説明。一緒に来ていた奥さんもなだめてくれたので,検査にまわってもらうことにした。

 血液検査がもどってくると,WBC 10800, 血沈65mm/hr, CRP 10.61 mg/dl。白血球増多。血沈の著明亢進あり。CXRは異常なし。肩のレントゲンは・・はっきり自信ないけど何でもなさそう・・・。やっぱりPMRかなあ・・・。

 患者からは「とにかくこの痛みを何とかしてください,お願いですから・・」とまた迫られる。あまりに繰り返し言われるので,悪性疾患を除外するための検査はあとからやるとして,少量プレドニンは始めてみてもいいかなあ,なんて少し思い始める。いややっぱり,感染症は否定てきていないからちゃんとやろうと思い直す。そうだ!肩の痛み=C4領域の病変を否定しておいたほうがよいとその瞬間に思いつく。以前にある症例検討カンファレンスでdiscussantをやった時に,「肩の痛みを主訴とした透析患者の頚椎の骨髄炎」を外したのを思い出した。ようやくこの時点で,C4レベルの根症状などがないかどうか,ちゃんと診察する必要があることに思い至る。上肢の知覚異常はない。両手の握力低下はない。両上肢も簡単に挙上できる。明らかな頚椎症の症状はなさそうである。さらにMRIを緊急でとることにする。放射線科に電話して「頚椎病変ではなさそうだが頚部全体で撮ってほしい」と依頼。技師さんに訊ねると「どっちを見たいんですか?」と聞かれる。頚椎の脊髄をみるための検査だと軟部組織までは確認しにくいとのこと。診察上は頚椎症というよりは,その周りの病変を確認したいから,どちらかと言えば頚椎だけじゃなくて周りの軟部組織の方を優先して検査してくださいと頼む。

 患者には「PMRと感染症の両方の可能性があって,治療がまったく逆になるので,どうしても検査をして感染症は否定しておかなければいけません。ひょっとしたら,耳鼻科の先生にお願いするような病気かもしれません。」と説明する。この段階では,まだPMRの可能性も考えている。でも変な膿瘍なんかがあると嫌だし,ここで膿瘍なんかが否定できればプレドニンの試験投与も考えようと思う(よっぽどPSL 10mgを投与してしまおうかと迷ったが,何か・・ひっかかる)。感染症を完全に否定してからでないと,ステロイドは危険と自分に言い聞かせる。この時点では,実は(何となく膿瘍のようなものがあると嫌だななあ)という程度で具体的な診断名までは絞り込めていなかった。

その後,たまっていた新患患者を何人か診察した後で,MRI検査室に結果がどうなっているか見に行った。ちょうど撮像が終わって画面上で一部の結果が確認できた。技師さんに訊ねる。

「どんなもんですか?」

「首に炎症がありますね〜。この患者さんのどが痛いって言ってませんか?飲み込む時に痛がるでしょ?」

「それそれ!それだッ!!」

と思わず叫んでしまった。咽後膿瘍 Retropharyngeal abscessの可能性が一気に浮上。やっぱりPMRではなかった。あわててステロイドなんかを投与しなくてよかった~。

「でもこの患者さん,すごく痛がってじっとしていられなくて首を動かしてますねえ。膿瘍かどうかは,造影してみないとわかりませんけど。」

「一応頚椎もとってありますけど,こっちは大丈夫そうですね」

素晴らしい!追加で造影検査もお願いして,その後短時間でとれるCTも追加することにする。やっぱ,これは入院だわな。急いで耳鼻科にも相談しなくては。

観察室のベッドで横になっている患者と奥さんに,およその結果を説明して耳鼻科に転科になるかもしれないこともお話ししておく。魚の骨を飲み込んだことがないか確認してみたが,それはないとのこと。頚部を改めて診察し直してみると,右の頚部には圧痛がちゃんとあった。最初の診察では見逃していた。病棟にいる別のレジデントをコールして,CTの手配,入院手続き,血培などを頼んで残っている外来患者の診察にもどる。しばらくして放射線科診断医に詳しい所見を聞いたレジデントが

「先生~!咽後膿瘍でしたあ・・」と読影結果と教科書のコピーをもって駆け込んできた。

いやあ,危なかった.「一見,PMR」という症例はやっぱり怖い。

入院後,血液培養2セット採取後にCLDM900mg q8hが開始された。ペンタゾシンの点滴静注で痛みは軽減。耳鼻科コンサルトにて,喉頭ファイバーでは食道が後方から圧排されており,一部膿が流れ出ているのが観察されたとのこと。入院当日の夜になって38℃の発熱が見られた。気管挿管の上で切開排膿を行うことになる可能性があるため,翌日から耳鼻科転科。浮腫の軽減のためにステロイドが開始された。

入院翌日の朝に回診すると「痛みが軽くなり楽になりました」と笑顔が見られた。

「昨日は朝からずっと痛みがひどくてへとへとになりました。今は昨日と較べると痛みは10分の2くらいです。昨夜は久しぶりにぐっすり眠れました。一昨日は痛みのため一睡もできませんでした。元来,痛みには強い方なんですが,昨日は耐えられませんでした。」

いつ発症したかを再度訊ねると,起床時というよりも前日から痛くて寝てられなくなったようであった。体を起こしたり,寝返りを打つのも大変だったとのこと。

「一番痛かったのはどこですか?」
「首すじから肩の後ろの方(肩甲骨の上内方あたり)です。」
「飲み込んだ時はすごく痛くて飲めなかった。」

回診で床頭台にオロ○ミンCの空き瓶があるのをみつけた。飲んでも大丈夫なんですかと聞いてみると,痛みが楽になったので飲み込むことができるようになったとのこと。やれやれ・・・まあとにかく良かった。

 

<What is the key message from this patient?>

やはり簡単にPMRと診断してはいけない。PMRでは咽頭痛,嚥下痛はこない。この症状が説明つかないということは,やはりPMRと考えるには無理があったと思う。何とか踏みとどまることができた。

肩の痛みから「C4領域に何かあるのではないか?」と想起できたのは大きかった。関連痛という概念はいつでも大切である。脊髄の病変ではないということが診察所見から判断出来れば,やっぱりあの痛みが膿瘍であるということは思いつくことができたはず。

簡単にPMRと診断してはいけないと自分に言い聞かせていたものの,あとから考えるとやはり最初の印象に引っ張られていたと思う。「何となく違う」という感覚はやはり大事にするべきである。

予診表に書いてあった順序は「のど,首すじ,両肩,背骨上部の痛み」である。「のどの痛み」が最初の記載であったことは実は重要だったのだ。これを無視してPMRと診断していたらとんでもない間違いを冒すところであった。

この症例に限らず,「一見,PMR」症例には常に注意が必要である。確かティアニー先生の言葉だったと思うが「PMRの診断は1ヶ月かけろ」とおっしゃっていたような気がする。PMRは一度自分で診断すると,次からは診断しやすくなる。非常に単純化すれば「高齢者が身体中が痛い」と訴えてきたらまず考える。具体的には「首・肩・腰・足(大腿)」の痛みである。しかし気をつけないと,このあたりの訴えの症例をみるとなんでもPMRに見えてくる。私は「一見,PMR」の患者をみたら,まずPMRじゃない可能性を先に考えることにしている。Positive diagnosisはすべきではない。丁寧に他の疾患を除外する必要がある。そのための検査は手順を踏んで必ず行う。見方によっては,PMRと診断することには臆病でぐずぐず時間をかけているように見えるかもしれない。痛がっている患者には申し訳ないが,その点に関してはかなり保守的に動く。私にとってのPMRの診療は,臨床的に疑ってPSLを開始してみて劇的に効くこと,そして1ヶ月ほど経過をみて炎症反応もちゃんと陰性化,さらにほかに悪いことが起きないことが確認できて初めて「PMRと診断してよかったんだ・・」と安堵するイメージである。それはこの症例のように,すんでのところで反対の治療をしなくて済んだ経験を何度かしているからである(下記)。

<自験例でびっくりした ”なんちゃってPMR” のリスト>

・環軸関節偽痛風
・乳癌の全身骨転移
・膵癌骨転移
・腸球菌菌血症(ペースメーカーリード感染)
・前立腺膿瘍
・咽後膿瘍(本症例)
・亜急性甲状腺炎

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Burton Rose先生 追悼の後日談

2020-05-09 | 臨床研修


Burton Rose先生が自分に大きな影響を与えた存在であったことを,先日追悼文としてこのブログに書きました。何と驚くことにRose先生のご家族が私の文章を読んで,連絡を下さいました!  教科書の謝辞にもお名前がある,Rose先生の娘さんのEmilyさんから,「拙文を読んで嬉しかった」というお礼の連絡でした。わざわざ東海大学のHPに問い合わせのメールまで下さっていたようで大感激です。


どういう経緯で発見されたかは不明ですが私のブログの文章が目に止まって,在米の日本人の先生にお願いして英訳した内容を読んで下さったようです。その先生にも感謝したいと思います。

自分がずっと尊敬してきた先生に関して,このようなことが起こるとは本当に奇跡のような出来事です。不思議な人の縁に感謝するとともに,あらためてRose先生にも感謝です。

 

I recently wrote a tribute on this blog about how Dr. Burton Rose had much influence on me. Surprisingly, Dr. Rose's family read my text and contacted me!  Ms. Emily Rose, whose name was on the acknowledgment of the Dr.Rose's textbook, sent me a thanks mail that she was happy to read it.  

I don't know how she found my blog, but she happened to find it, and she asked the English translation of it to a Japanese physician. I would like to thank her as well.

It seems to be a miracle that like this could have happened. I am grateful for such a mysterious connection, and I am thankful again to Dr. Rose.

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マクロっぽい使い方できます - HD PENTAX-D FA 70-210 mm F4

2020-05-06 | 写真

 

K-1に装着すると大きさも手頃でバランスがいいですが,最短撮影距離が短い(0.95m)のでマクロレンズのような使い方ができます。特にクロップモードだと300mm以上相当になるので,さらにいい感じです。最近お気に入りの1本になっています。

 

 

 

 

K-1 mk II, HD PENTAX-D FA  70-210 mm F4 [最後の1枚以外はすべて開放 F4で撮影]

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浜昼顔

2020-05-03 | 写真


STAY HOMEの気晴しに,少しだけ近所の海岸に散歩。一面の浜昼顔がきれいでした。

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激アツ論文! @ 『総合診療』5月号

2020-05-01 | 臨床研修

 

先日5月号が届きました。このところ『総合診療』は絶好調ですね!! 今回は企画の矢吹拓先生・青島周一先生のアイデア勝利だと思います。とにかくどの論文も面白いです。編集のS本さん,GJです!!

それぞれの著者の先生方の論文セレクトもさることながら,ビジュアル・アブストラクトが秀逸です。何より分かりやすい。私はこんな感じのデザインは大好きです。内容よりもむしろデザインの方に目が行ってしまいます(もちろん内容が素晴らしいのは言うまでもありません)。イラストとか色使いとか,かなり考えられているな〜と感心します。

 

 

実は,私もちょこっと執筆しています。でもビジュアル・アブストラクトはありません。ご依頼いただいたときに,臨床論文じゃなくてエッセイなんですが,いいでしょうか・・・と伺って,お許しをいただいて書いたものです。

題材はLaCombe先生のいわずと知れた「On Bedside Teaching」です。私がまだ駆け出し指導医だった頃に,読んで衝撃を受けた文章です。もしまだ読んだことがなければ,このブログの左にあるブックマークのリンク(←)から全文翻訳を読んでみて下さい。そうすれば『総合診療』の私の文章は読む必要がありません。あ,それじゃダメか(笑)。他の先生方の論文がどれも面白いので,絶対に買う価値はあります!!

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