H's monologue

動き始めた未来の地図は君の中にある

使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

7月 迷ったら患者に聞け

2021-07-31 | 内科医のカレンダー


<4日前からの持続的な右背部痛で受診した32歳男性>

正午もかなり過ぎて初診外来がようやく終わりそうになった頃,右背部痛を主訴に32歳の男性が受診した。看護師がとってくれた簡単な予診票のメモにはこうある。

「右背部痛あり。鈍痛あり。脂肪肝を指摘されている。先週土曜14時〜痛み持続。排便なし。食欲あり。」

歩いて診察室に入ってきた若い男性。やや上体を前屈みにした姿勢で歩いてくる。ただ見た目は全然重症感はない。

 症状の始まりは4日前の午後2時頃,自宅でテレビを見ているときに,徐々に右腰背部に痛みを自覚するようになった。突然という感じではなかった。当初,鈍痛だったが徐々に強くなってきた。翌日は普通に出勤した。排便も普通にあった。安静にしていると痛みは軽快するが,立ち上がったり,動いた瞬間に痛みが増強した。

 受診の前日は会社を休んだが,車を運転中に激痛となった。車を止めて休んでいると痛みが軽くなったが,動くと再び痛みが増強した。嘔気・嘔吐はなく,下肢のしびれ,脱力はなかった。また痛みは安静にしている限りはない。尿の色の変化には気づかなかった。週1回ゴルフをしているが,最後に行ったのは前週なので今回の痛みの発症には関連がなさそうだという。

職業は会社員。金属部品を扱う業種なので時に重いものを持つことがある。今回の痛みが始まる前に重いものを持った記憶はない。とにかく動くと痛みがある。待合室から診察室に歩いてきたときは少し腰が痛かったという。

診察を始める。BP 121/67,P 80, T 36.9℃,呼吸も見たところ普通で,バイタルサインに大きな乱れはない。全身状態は良好で,顔つきはそれほど痛そうにはしていない。診察室の椅子に座っているぶんには痛みはないという。胸部,腹部には異常なし。CVA tendernessはない。痛みは腰背部で鈍痛が持続しているという。皮膚には皮疹はない。診察台に横になってもらいSLR test行うが異常なし。下肢の感覚障害,筋力低下は認めない。

ここまで診て,やっぱり「普通の」腰痛症だなと思う。そこで患者さんにこう説明した。

「通常,いわゆる腰痛症といわれるものは,大部分が筋骨格筋系の痛みで,半分以上は原因がはっきりしないんですよ。大体は安静にしていれば良くなってきます。」
「一応,腰椎の方に問題がないか調べておきましょう。」
「夜に痛みで目が覚めたり,だんだん痛みがひどくなってきたり,知覚障害,筋力低下があるなどの症状,いわゆる赤旗徴候(red flag sign)って言うんですけど,これがなければ様子をみて大丈夫だと思います。」
「ま,あとは症状の経過からは尿管結石は考えにくいと思いますが,念のため尿検査もやっておきましょう。それと血液検査ですね。γ-GTPが高いそうですし・・・」

血算,生化学,尿沈渣,腰椎X線2方向を指示。

 

検査結果が返ってきた。腰椎は予想通り問題なさそう。

尿検査では,SG 1.024, PH 6.0, 尿蛋白や尿糖なし。尿沈渣で赤血球10-29/HPFの血尿がある。蓚酸カルシウム結晶も出ている。尿管結石でもいいか。BUN 15, Crは1.2mg/dlと少しだけ高め。う〜ん,血尿か・・。でも間欠的でないし,あんな痛みかたの尿管結石はないよなあ。動いた時だけに痛いなんて。CVA tendernessもないし・・。血算は・・あれ?WBC18000!何で??,CRP 2.63 mg/dl。微妙だなあ。何でだろう。どうしよう。WBCがこんなに増える理由がない。「普通の腰痛症」だと思うけどなあ。熱もないし。腎盂腎炎の線は考えにくいし,まして男性だし。他に何か持続的な腰痛でWBCが増えるようなまれな原因を考える必要があるのかな。たとえば化膿性脊椎炎とか・・・。赤沈はまだ出ないか。さらに検査をどうしようか・・・。

うだうだ迷ってもしようがないので,迷った時には「患者に聞く」の原則でもう一度診察室に呼び入れる話を聞く。

「どうですか。痛みは?」
「結構痛いです。」
「ただの腰痛にしてはWBCが凄く増えているのが原因がよく分かりません。もう少し検査をしたいと思います。」
「是非,そうしてください!」

(実は,相当痛かったのであろうと思われる。見たところはそれ程とは思わなかった)

エコーかCTがどちらにしようか・・・?まずは簡単なところから,エコーにしよう。もし痛みがあるとしたら,尿管結石,水腎症か?指示票に検査目的を記入する際,エコーをやるのだからと「水腎症,尿管結石疑い」とは記入したが,この時点で尿管結石は可能性はあまりないのではないかと思っていた。持続痛で,しかも動いた時だけに痛いと言うし・・・。むしろ皮下の膿瘍とか何か別のものが見つかるのではと考えていた。もしエコーで原因がはっきりしなかったらどうしよう。CTまで撮るしかないか。例えば脊椎病変とか?

検査に行く前にもう一度CVA tendernessを確認したが,やはりはっきりしない。

オーダーを出した後,結果待ちの間に遅い昼食を済ませることにする。職員食堂に向かって歩いている時に,向こうの方に,さっきの患者さんが車いすを必死で自分で動かして,エコー室に向かうのが見えた。若い32歳の男性が,自分で車いすに乗っていくなんて,やはりこれは絶対に何かあると確信。こちらが思っていた以上に,相当痛たかったんだなあ,ホント申し訳ないことをした。そういえば,予診票の紙には,看護師が赤ボールペンで「車いす」と書いた文字を丸で囲ってあった。あれはどういう意味だったんだろうか。自分で動けないほど実は相当痛がってそうですよ・・・という意味だったのか?もしそうだったら,申し訳ないことをしたなあ。先入観をもってはいけない。患者さんが本当に痛そうにしていなくても,痛みが本当に強いことをこちらが分かってあげなければ。

腹部エコーの結果は「右水腎症,水尿管症,右尿管結石」であった。

やっぱり尿検査での血尿,蓚酸Caはちゃんと意味があった。持続的な痛みだったのは,水腎症で腎臓の腫大による皮膜の痛みで,歩くとそれが響いて痛みを起こしたのだと考えられた。

急いで泌尿器科の先生にコンサルトをして無事みていただけることになった。初診で患者を診察室で診てから,すでに数時間が経っていた。患者さんには痛い思いをさせて申し訳なかったと思う。もっと早くに気づいてあげればよかった。

 

<What is the key message from this patient?>

 持続的な腰背部痛というpresentationなので,典型的ではないけれど後から考えれば尿管結石と考えるのが自然だった。痛みが持続的だったので,尿管結石の可能性を低く見積もってしまったということか。事前確率を低く考えたため,尿沈渣の結果も軽く考えてしまった。尿所見の意味をもう少しちゃんと受け止めるべきであった。蓚酸Ca結晶があって血尿があるのだから,やはり尿管結石がある可能性が高い。その上で,持続的な鈍痛,わずかに上昇した血清Crからは尿路閉塞から水腎症をきたした痛み(→腎被膜の痛み→持続的痛み)と思い浮かべることが出来たはずだった。

 尿管結石の痛みは間欠的といわれているが,水腎症となったときには持続的な背部痛を呈することがある。これは実は閉塞が高位の位置にある場合には,痛みが発作性でなく持続痛になると『Cope』にもちゃんと書いてある。

腹痛の鑑別診断で非常に重要な間欠痛か持続痛かの区別,持続痛では1)血管系,2)胆石,3)膵炎,4)腹膜炎,と覚えていたが,このときから,水腎症もまれだが原因としてあり得ると覚えた。

 それともうひとつ。患者さんの様子は診察室の中だけではわからない。診察室を出た後の様子がどうなのかも気を配る必要がある。この患者さんは,診察室の中の様子ではそれ程痛がっているようには見えなかった。しかし,検査を受けるために廊下を車いすの乗っている様子を見た時に,それだけ痛みが強いというとことが理解できた。

尿管結石に限らず,症状のバリエーションは知れば知るほど奥が深い。

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6月 手足がぱんぱん

2021-06-29 | 内科医のカレンダー

<手足がぱんぱんになっていると訴えてきた78歳の男性>

78歳の男性が不思議な訴えで受診してきた。近隣の眼科の先生から「眼瞼の腫れ,身体のむくみ感,尿が出にくい」とのことで腎疾患の可能性を疑われて紹介されてきたが,患者の直接の訴えは「手足がぱんぱんになっている感じ」だという。

2ヶ月位前,背部に痒みがあり全体に細かい発疹が出現。もともとからある乾燥肌と違っていた。1ヶ月半前から,手足が全般的にむくんでいる感じを自覚。顔(目の周り)もむくんできた。そして体全体がかったるい感じがする。関節の痛みはないが,とにかく全体に「手足がぱんぱんになっている感じ」がつらいという。この方は初診なので以前の様子が分からないので,実際のところどう変化したかは不明である。ぱっと見た感じでは,そんなふうには見えなかった。

話を聴き始めた当初は「手足がぱんぱん」と言われても正直何だか全く思いつかなかった。途中からは(パルボかな?)と思ったが,少し違う気がする。筋酵素や炎症所見の有無など一般的な血液検査をまず出してみることにする。ただ高齢者のよくわからない訴えのときには,必ず甲状腺機能はチェックすることにしているのでTSH,FT4を提出した。

結果はTSH 277, FT4 0.26と明らかな甲状腺機能低下症。そういえばそうだ。あとから考えれば,いかにも・・のケースである。なぜ甲状腺機能低下症を最初に思い浮かべられなかったんだろう。

 

<What is the key message from this patient ?>

甲状腺機能低下症は,症状が多彩である。しかも患者さんが自分が感じている症状を「どのように言葉に表現するか」は,ときに我々の想像を超える。今回は「全体に腫れぼったい感じ,手足がパンパンになっている感じ」という表現だが,これを「浮腫」という言葉に脳内変換できたらすんなり甲状腺機能低下症を思いついただろう。医学の素人である患者さんがうまく説明できないのは当然である。それをどう医学的な意味にとらえ直すかは,言ってみれば病歴聴取の醍醐味みたいなところがある。以前,ある先生に「同じことを3回聞き方を変えて聞け」と教えてもらったことがあるが,まさに患者さんがうまく表現できないときは,こちらから何度も聞き方を変えてみることが必要で,いわば患者さんとの共同作業みたいなものである。

さて,同時に測定したCK 657,Cr 1.32だった。甲状腺機能低下症に伴うCK上昇は比較的よくみる所見で,UpToDateによればその上昇は軽度で正常の10倍以下くらいとされる。個人的には2000 U/L位まで上昇した症例の経験がある。Hypothyroid myopathyということになるが,自覚症状として筋症状はあまり経験ががない(あるcase seriesでは筋症状痛は40%位とUpToDateに記載があったがが,個人的にはそんなにあるかな〜と思う)。さらに興味深いことにCK上昇と同じ機序なのかもしれないが,Crもわずかに上昇している。この場合のCr上昇は腎機能低下とは関係がないと考えられる。この方の場合は治療の経過でCr値は1.10程度になった。わずかの変化なので見逃されているかもしれない。興味深いことに,甲状腺機能亢進症では逆の動きをする。治療開始前は,Cr値は低めで治療を開始するとわずかに上昇する。もし体格に比して血清Cr値が「正常以下」のときには甲状腺機能亢進症を考えるというのはちょっとしたパールである。

さて肝心の症状の経過だが,補充療法を始めて約2ヶ月後には甲状腺機能は正常化し,手のむくみや「パンパンに張った感じ」は消失した。自覚的な倦怠感も完全になくなったという。あとで判明したことだが,奥さんは声の変化を心配していたという。曰く「喋り方がなんとなく変で,この人,脳梗塞にでもなったのではないかと思っていた。それが治療を始めてから元に戻って安心した」とのこと。Hypothyroid speechも実はあったわけだ。初診時に声や喋り方を聞いてhypothyroid speechとまでは思い至らなかった。普段患者の声を聞き慣れている家族だからこそ気付ける変化だったのだろう。

機能低下症の原因に関してだが,橋本病だと予想したが抗TPO抗体は陰性で意外なことにTSAbが陽性だった。調べてみるとと,TSAbの中には阻害型抗体 Blocking antibodyというのがあるそうで,機能低下の原因になることがあるらしい。

SRLのHPを確認してみると,現在のところは次のような記載になっていた。

TSBAbはTSH受容体に作用し生理的濃度のTSHの作用を抑制し、甲状腺機能低下症の発現に重要な役割を果たしているものと考えられている。このTSBAbは甲状腺腫の腫れない原発性粘液水腫(萎縮性甲状腺炎)の患者やバセドウ病の治療経過中に甲状腺機能低下症となった患者に検出されることが報告されている。

ただし測定法や臨床意義の文献は準備中となっていて,通常の受託項目ではないとのことだった。

同僚の内分泌に詳しい先生に聞いてみても

・実臨床で,抗体陰性の甲状腺機能低下症はそこそこいる
・抗体に関してはよくわかっていない
・以前,超有名な甲状腺専門病院に抗体陰性の機能低下症を紹介したら,戻ってきた返事は「甲状腺機能低下症で補充療法をして下さい」ということだった。

ということでは,まだ分かっていないことも多い・・ということが分かったのであった。

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5月 原則は大事

2021-05-30 | 内科医のカレンダー


<抗菌薬が効かず持続する発熱のため遠方から転院となった70歳男性>


ある日の夕方,転院依頼の電話が入った。ある先生が出向先の病院で診ている患者だが,血小板減少とCRP著明高値などから重症感染症を疑って抗菌薬を投与しているが,発熱が持続しているとのこと。

「発熱,白血球増多,CRP高値で抗菌薬メロペン!?を使っているが全然良くならない。血小板がどんどん低下してきているので,このままではこちらでは診ていられない。今日からユナシンに抗菌薬を変えたけど変わらない。胸部・腹部CTでも原因が不明である。何とかお願いしたい。明らかな感染のfocusははっきりしない。」

何とか部屋の都合がついたので明日午前中に予約入院という予定にした。電話を受けた段階では,このパターンは感染症じゃない可能性を考えるかな〜と思う。

翌日,予約入院として受診してもらったが,外来診察室に入るなり付添いできた奥さんが開口一番,「まあなんて遠かったか。ここに来るまで4時間近くかかってへとへとです。私達がこんなことをいうのも何なんですが,本当はもっと近い病院をお願いしたかった。」と大きな声でまくしたてる。「別にこんな遠くまで来たかった訳ではない」というニュアンスで一方的に言われて,正直ちょっとむっとする(もちろん表にはおくびにも出しませんよ,プロですから・・笑)。

自分で歩いて診察室に入ってきた患者さんは,一見するとそれほどsickな感じではない。この時点では高熱はなさそう。ざっと診察してみたが,確かにはっきりした発熱のfocusを示す所見はない。咽頭,頚部,呼吸音,腹部,四肢,皮膚など明らかな異常なし。右手の示指に一瞬,Osler結節?と思うような小さな斑点があったので心内膜炎が頭をよぎり,心音をもう一度念入りに聞いても特に心雑音は聞かれず。ルーチン検査の採血,レントゲンに加えて,心エコーは今日中にやっておこう。

病棟に上がってから詳しく話を聞いてみると,もともとは週1-2回テニスをするくらい活動的であった。8日前にも夕方2時間位テニスを楽しんだ。その翌日には同業(税理士)の集まりに自分で車を運転して出かけた。その翌日から全身倦怠感があり。外出しようとして歩き方がおかしいのに妻が気づいたため夕方病院を受診した。その後発熱があり前医に入院した。腹部&骨盤CTでは著変なく,発熱が持続し血小板も低下してきたため転院依頼となったのは前述のとおり。

一通りみてやはり感染症ではない気がする。70歳という年齢とfocusがはっきりしない不明熱ということで,同じような症例が続くはずがないと思いつつもPMRやGCAをつい頭に浮かべてしまう。

入院後,抗菌薬は一旦中止にして慎重に経過をみる。発熱は38℃以上が持続。連日3日間血液培養を合計3セット提出。入院してからの様子は,発熱が続いてややぐったりした感じになってくる。もともとあまり話さない人かもしれないが,こちらから何度も確認するようにして訊ねないと症状を話してくれない。ずっと寝ているような印象。自分で起き上がろうとしない。何だか高齢者の不明熱で,focusがはっきりしない。まるで少し前に苦労して診断したGCAの患者(○△さん)のようなパターンである。筋肉痛について訊ねると,下肢(大腿)には痛みがあるという。自分ではまったく歩かない。頭痛は訴えない。顎跛行もない。浅側頭動脈は両側ともによく触れる。眼科依頼では著変なし。糖尿病性網膜症の変化もなし。

入院4日目。やっと来ましたという家族(奥さんと息子さん)に病状説明。再度ここでも「前日の夜にいきなり,明日転院してもらいます。」といわれ訳も分からず車で長時間かかって連れてきて大変だったという話をされる。さらに「入院してから悪くなってますよね・・」と言われてホントにやれやれという気持ちになる。まずは「こちらとしてはお願いして来てもらった訳ではないし紹介を受ける立場なので」と切り出す。加えて「しばしば他院から不明熱の患者さんを紹介でお受けすることが多いが,大抵は前医である程度検査をして,それでも分からない患者さんであるため一筋縄ではいかないことが多い」という説明をする。3週間位はかかることもあると,あらかじめ言い訳のようにいっておく(実際そのようなことは多いのだから)詳しく病歴も聞いたため,1時間を超える面接になった。最後にはラポールは形成されたと思いたい。

病室にもどった奥さんが,その後ナースステーションに引き返してきて私を呼んで一言,

「主人は自分であまり何も言わないと思いますが,尿を出しにくくて尿をするときにすごく痛がっています。よろしくお願いします。」

とのこと(痛恨だったのは,このとき直腸診をしなかった)。さらにその日の夜,排尿困難,排尿痛の訴えがあり当直の研修医がコールされたという。かなり痛がっていたので鎮痛剤を処方して,排尿困難もあったのでフォーリーカテーテルを挿入した,と翌朝申し送りを受ける。

朝の回診時に訊ねると「尿道のあたりが痛い」というが痛みの部位をはっきりと言ってくれない。というよりも自分でも場所をうまく表現できないのかもしれない。これは前立腺炎はあると確信。直腸診では前立腺はかなり大きく,前立腺そのものに圧痛あり。まわりの腹膜には圧痛がないため腹膜刺激症状ななさそうである。少なくとも前立腺炎はあるとわかった。尿培養をもう一度提出してCPFXを開始する。

念のためエコーもやって泌尿器科外来にコンサルト。しかし前立腺炎ではないとのコメント。(え〜?そんなはずないやろ?たぶんエコーの所見しか診てないんじゃないか?)否定されようが,臨床的には前立腺炎はあるものと判断し抗菌薬は続行する。さらに詳細に確認すると,実は1-2年前から排尿困難,prostatismの症状はあったことが判明した。

このころほとんど患者はベッドで臥床しているだけで,まったく食事もとらない。自分で座位になることもできない。寝返りもできないという。近位筋優位の筋力低下に見える。痛みとしては訴えないが,自分で動けないということからやはり痛いのではないかと疑う。とにかく自分ではあまり訴えない人なので,なおのこと○△さんのことが頭をよぎる。前立腺炎は確かにありそうだが,近位筋優位の筋力低下は普通こないと思う。加えて回診の時に気づいたのだが,話しかけると聞き直すことが多くなった。どうも聴力障害が疑われた。

尿培養でEnterococcus faecalisが検出された。『熱病』で調べると,グラム陰性桿菌だけでなく腸球菌も前立腺炎の原因菌になりうることがわかった。CPFXだとカバーしきれないかもしれない。でもペニシリンは移行が悪いだろうし,考えた揚げ句に経口でも注射と同等の血中濃度が得られるキノロンで腸球菌もカバーするLVFXを内服で500mg投与することにした。この段階で,やや解熱傾向みられる気がする。また検査データもWBC,CRPも何となく低下してきている気がする。やはり前立腺炎だけでいいのか?でも筋力低下はこないと思う。何かまだ診断できていない何かがあるはず。

入院10日目。家族(娘さんと息子さん)の面談あり。筋力低下の原因はまだはっきりしない。

「前立腺炎はありそうだが,どうもそれだけでは近位筋優位の筋力低下は説明がつかない。やはり除外的には膠原病,とくに血管炎(側頭動脈炎,PMR)のあたりを考えている。こんな場合にはどこかの組織をとるしか診断にたどりつけないことが多い。ただ現時点ではどこの組織をとるのかが分からないので,前立腺炎の治療を行いつつ慎重に経過をみているところです」と説明。

息子さんから「急に耳が遠くなっています。入院する前と全然違う。これは何故でしょうか?側頭動脈炎というので,耳が聞こえにくくなるんでしょうか?」と訊ねられる。しかしその場ではすぐに答えられず。

「まあ血管の場所は近いですが,あまり症状としては知られていないと思います・・・。聴力については耳鼻科に相談します。」と答えながらも,この聴力障害が意味するところを考えねばと思う。本人にしつこく訊ねて確認すると,当院に入院した頃から耳が遠くなったと自覚していた。どうも聴力障害は新しく起こってきた症状である。何故か?

ここでふと,息子さんがいうように側頭動脈炎でまさか聴力障害がくるんだろうか?と疑問に思う。夕方の回診の前に,調べてみることにする。

PubMedで”giant cell arteritis AND hearing impairment" で検索すると7件ほど論文が見つかった。図書館にいって入手可能な論文が5つばかりあった。

それによると稀な症状だが,感音性難聴が側頭動脈炎でくることがあり,ステロイドで劇的に改善したという報告がある一方,不可逆的のこともあるとの報告あり。感音性難聴がみられたときには診断を急ぐ必要がある。

これは明日,朝一番に外科の先生に連絡して早々に側頭動脈生検をお願いしよう。家族にも電話で連絡が必要か・・・。

翌日の朝,ナースより報告。前夜より腹痛を訴えている。普段あまり自分からは訴えない患者なので本当に痛いのだろう。これは側頭動脈生検どころじゃないなあと思う。患者に聴くと昨日の夕方から下腹部を中心に腹痛を自覚していた。左下腹部に強いような気もするが,下腹部全体なのか今一つ部位がはっきりしない。直腸診では腫大した前立腺に圧痛を認める。腹痛もこの痛みに近いとのこと。これはまた何か新しいことが起こったのか,それとも前立腺炎だけでいいのか?もう一度泌尿器科(のちゃんとわかる先生)に相談しようと考えていたところ,ちょうど信頼するU先生が通りがかったので,お願いしてみてもらう。先生によれば(触診による圧痛はやや分かりにくいが前立腺炎でいいでしょう)とのこと。感染のコントロールのためにはFoleyカテーテルは抜いたほうがよいが,臨床的に改善傾向であれば,そのままでも治療は可能かも知れない。しかし膿瘍形成していた場合にはただちに膀胱瘻をおいたほうがよいとのこと。またα-ブロッカーはカテーテルを抜く前から投与しておいた方がよい。アドバイスが有り難い。それでも,腹痛の原因がはっきりしないため腹部CTはとることにした。CTでは前立腺は腫大して,内部は不均一なring enhancementがみられた。前立腺膿瘍として矛盾しなかった。聴力障害に関しては耳鼻科にコンサルト。側頭動脈生検は見合わせることにした。耳鼻科コンサルトの結果は耳管狭窄。聴力検査では感音性難聴は認めず。

入院11日目。泌尿器科で膀胱瘻挿入,フォーリーカテーテル抜去。排尿時痛は訴えるが解熱している。

入院13日目。食事は8割摂取可能となり,全身状態も一見して元気になった。聴力障害も改善している。排尿痛も改善傾向あり。膀胱瘻からの尿はまだ血液を混じている。

入院3週間目,時に排尿痛は訴えることがありフォーリーカテーテル抜去は困難と考えた。カテーテル留置のまま退院として,紹介先の泌尿器科で経過を見てもらう方針になった。入院してちょうど1ヶ月で退院となった。退院後は自宅近くの○○医療センターに通院する予定で紹介とした。

 

<What is the key message from this patient ?>

こうしてみると,やはり前立腺炎,前立腺膿瘍ですべて一元的に説明がつきそうである。

最初の「感染症らしくないな〜」という印象は間違っていたと思う。感染症に対してあやうくステロイドを始めたり,側頭動脈生検を行うところであった。その少し前に「訴えがほとんどなかった側頭動脈炎の男性」を経験したため完全なリコール・バイアス(recall bias)である。もし患者が腹痛を訴えなければ,外科の先生に連絡をして側頭動脈生検をお願いしたところだった。正直危なかった。聴力障害についても感音性難聴ではないことを確認しないでステロイドを始めていたら大変なことになっていたかもしれない。

当たり前のことだが,ひとつひとつきちんと否定していくことが大切である。特にステロイド投与を考えている時には,細心の注意を払って感染症を否定しなければならない。高齢男性の不明熱では,前立腺炎を否定することが基本中の基本である。鍵となった患者さんの訴え(後から出てきた)は排尿痛であり,これが手がかりになった。しかも家族(奥さん)からの訴えがきっかけになった。訴えとしてなくても前立腺炎を念頭におくべきだった。実は,直腸診を「入院時に省かずに」やったかの記憶が,今となってはさだかでない。これが一番の反省点かもしれない。

さらに前立腺炎は当初から念頭においていたのに,何故それを確定診断としてできなかったのか?

 ・前立腺と特定するだけの症状を患者から聞き出せなかった。
 ・患者があまり訴えてくれなかったのもあるか。奥さんからの訴えが役に立った。
 ・近位筋の筋力低下,聴力障害といった前立腺以外の症状を伴った。(red herring)
 ・最初の泌尿器科コンサルトで否定された(2回目はお墨付きをもらった)。
 ・前医でのCTや転院してからのエコーで当初ははっきり膿瘍の所見を認めなかった。


一旦検査やコンサルトで否定されても,再度時間を追ってから再検するなり,再度意見を聞くことが大切。そのためには,疾患の経過の「どのタイミング」をみているのを常に意識しなければならない。

 

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 このカテゴリーで示す症例記録は,私の実際の経験(過去のある時期)に基づいていますが患者さんの個人情報が分からないように,一部変更を加えています。また記載した治療などは当時の医療であり,最新の正しい医療であることは保証しません。あくまでも思考過程を振り返る目的であることをご理解の上お読み下さい。(一般の方を読者の対象とは考えておりません)

 

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4月 見てるようで見ていない

2021-04-30 | 内科医のカレンダー


<咽頭異常感と体重減少で紹介されてきた54歳の女性>

耳鼻科の先生から対診依頼が来た。

「咽頭異常感を主訴に近医(耳鼻科)より当科紹介となりました。ここ3ヶ月で6kgほどの体重減少を認めるようです。食欲不振もあるそうですが,内科的に何か異常ありますでしょうか?」とのこと。

「咽頭異常感+体重減少」の組み合わせは何だろう?患者を呼び入れる。50代の一見元気そうな女性。話を聴き始める。

4ヶ月位前から喉の違和感,物が落ちにくい感じを自覚するようになった。近くの耳鼻科に通院している。喉に違和感が続く感じが続いており,固形物の方が落ちにくい感じ。水分もゴックンと飲まないといけない感じがする。2ヶ月くらい前から体重が減ってきた。食欲はあるが食べても気持ち悪い感じがして,あまり沢山食べられなくなった。腹痛,腰痛,背部痛などはない。特に汗かきや暑がりにはなっていない。便通も特に問題ない。

福祉関係の仕事をされており,趣味でフラダンスを長年やっていて楽しめている。気分が沈むこともないという。ご主人と子供一人と同居。内服薬は前月まで近医(耳鼻科)からの処方を服用していたが,現在は服用していない(モンテルカスト,柴朴湯,ザイザルなど)。病歴からは,これといった具体的な疾患は思いつかなかった。

身体診察を始める。血圧 130/80,脈拍は86/分で整,全身状態は良好。体重 51kg(56−57kgから減少)見た感じは普通に元気そうな中年女性で,まったくsickな状態ではない。

手から診察を始める。特に爪に異常は認めず。手指関節の腫脹や圧痛なし。手掌の発汗なし。手の振戦もない。眼瞼結膜に貧血黄疸なし。頸部リンパ節は触れない。正面からみてちょっと甲状腺が見えるかなと思ったが,甲状腺腫というほどではないと思う。口腔咽頭には見える範囲では特に異常なし。まあ,耳鼻科の先生がすでにファイバーでも見ておられるだろうから,何もないだろうなあと思う。体重減少なので,鎖骨上窩,腋窩のリンパ節は念入りに触診したがはっきりとは触れるリンパ節はない。呼吸音は特に問題なし。心音はS1S2は正常。胸骨左縁で収縮期雑音(2/6)を聴取。ついでに頸動脈の雑音は聴取せず。甲状腺の上を聴診する。膜型をおいて聴いたときに心音(S1S2)がよく聴こえた。一瞬,おや?と思ったが,明らかな血管雑音はない。腹部は平坦・軟で圧痛なし。肝脾腫は触れない。CVA叩打痛なし。下肢浮腫や皮疹なし。脊椎に叩打痛なし。四肢には,浮腫なし。手の振戦は認めず。

さて,ここまでのところでは,これといった所見は見当たらない。咽頭異常感については以前に近医から半夏厚朴湯が処方されていたが,あまり有効ではなかったとのこと。

もう一つの問題は,明らかな体重減少(unintentional weight loss)である。一応「食欲はある」とのことなので「weight loss with appetite」ということになる。そうすると鑑別診断は2つしかない。甲状腺機能亢進と糖尿病だが,どちらもらしくないなあ・・。

ただ食欲があるが「食べようとしても結局は食べられない」というので,食欲低下ととるべきなのか。そうなると悪性腫瘍も一応考える必要がある。(まあ積極的には疑わないな〜と思うが,やってみないとわからないし精査は必要だな)「うつ」のスクリーニングにはひっかからない。やっぱり悪性腫瘍は否定しないといけないな・・・。

まず一般採血(血算・生化学),甲状腺機能検査,血糖,HbA1cを提出することに。何もなければ,腹部エコーと消化管の内視鏡くらいはやろうかなと考える。

 

一般採血の結果がもどってきた。肝・腎機能などは特に問題なし。血糖は105,HbA1c 5.5%で糖尿病は否定的。

甲状腺機能は・・・あれ?TSH < 0.010と感度以下, FT4は1.70 と明らかに上昇。甲状腺機能亢進! え〜っ?全然らしくないと思ったんだけどな。

 

患者さんを呼び入れて,症状がないかもう一度確認する。

「最近,汗かきや暑がりになったり,動悸とかありませんでした?」
「別にありません」
「イライラしたりすることは?」
「別に・・」

自覚症状はやっぱり甲状腺機能亢進症らしくない。もう一度診察してみる。甲状腺は真横からみても前方に凸ではない。あまり大きいとは思えなかった。聴診器をもう一度,甲状腺の上においてみる。やはり心音の1音2音がよく聴こえる。これはやはり意味があるのかな。両手を手掌を下にして拡げてもらって確認したが,振戦はないと思った。念のため,その上にA4紙をおいてみると,用紙の端っこが細かく揺れている。軽い振戦はあったんだ!診察ベッドの上に膝立ての姿勢になってもらいアキレス腱反射をみる。これは少し早いか!

見直すと結局,甲状腺機能亢進症の所見ととれるものがいくつかはあると判断できた。

追加でTRAb,抗TPO抗体を追加して,甲状腺のエコーもやってもらうと,左葉,右葉ともに腫大して不均一があり,カラードプラ法で実質の著明な血流信号増強を認めてバセドウ病に矛盾しないとのコメントだった。TRAbを確認してから治療開始の方針とした。

 

<What is the key message from this patient ?>

今回も「疑って探しにいかない」と身体所見は見逃すことがあると,あらためて思い知らされた。検査結果を知ってから,再度診察してみて所見があると確認できたことはこれまでに何度もあった。そもそも自分自身の診察の再現性はどんなもんだろうか。おそらく病歴に大きく左右されてκ値はあまり良くないかもしれない。

甲状腺機能異常にはしばしば騙される。特に高齢者では反対に見えることもよくあるが,50代でもこんなことがあるんだと思う。

体重減少に関しては,いつもこのように考えることにしている。

・weight loss without appetite    食欲がなくなって体重減少
・weight loss with appetite    食欲があるのに体重減少

食欲があるのに体重が減る疾患は,原則として糖尿病と甲状腺機能亢進の2つである。まれな原因として,吸収障害があるが普通下痢を伴うので(そもそも頻度も低いし)たいていは分かるはず。大部分の悪性腫瘍などによる体重減少は食欲低下を伴う。もう一つついでに,体重減少と食欲について言えば「体重減少を伴わない食欲低下はあまり有意とは言えない」というのをティアニー先生がおっしゃっていた気がする。ただ出典が思い出せない。

手指振戦は,最初見たときにはないと思った。しかしTSHが感度以下だったのを知って,今度は紙を両手の上において確認するとちゃんと確認できた。最初からやってみれば気づいたかもしれない。アキレス腱反射についてもしかりである。

この患者でも甲状腺上で心音(1音,2音)を明瞭に聴取した。以前ブログで書いたことがあるが,必ずしも甲状腺機能亢進に特徴的とはいえず高拍出状態を反映しているだけかもしれない。今度から甲状腺機能に問題がない患者で甲状腺上で心音が聴こえないことを確認してみようと思う。少なくとも頻度が低いことを確認してみよう。

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3月 どこへいっても○○が・・・

2021-03-30 | 内科医のカレンダー


<9年前からCRP高値を指摘されていた69歳の女性>

 69歳の女性が総合内科外来に院内依頼で紹介されてきた。依頼状には,担当医が月末に退職するに伴い「膠原病疾患は考えにくいのでfollow upをお願い」とのこと。「う〜む,何だかな〜・・」とちらっと思ったが気を取り直してカルテを見直す。

問診票に患者が書いた主訴には「元気がなくて病名が不明」とある。

「どこが具合悪いですか?」

「べつにどこが悪いわけではないです。でも,どこへ行ってもし〜あ〜るぴ〜が高いと言われます」

「ほほう・・」じっくり話を聴きはじめた。

 

 9年前(60歳頃)のこと,以前の居住地近くの病院を受診した時に初めてCRP高値を指摘された。入院して検査を受けたが原因は不明だった。自覚症状はほとんどなし。定期的には通院せず。その後,別の病院でもCRP高値を指摘されたが原因不明であった。「何となく調子が悪い」くらいの症状しかなかった。

 4年前に当院の近くに転居。その年に急性虫垂炎で他の病院に入院した。それ以後,その病院に通院するようになったが,やはりCRP高値を指摘されていた。

 2年前の夏から咳嗽のため近くのクリニックを受診。ここでもCRP上昇(20mg/dl台)と貧血があると言われた。また咳が出るため鎮咳剤が投与されていた。昨年9月同クリニックから当院のリウマチ内科に「SLEの疑い」で紹介となった。SLEを疑う症状なく,抗核抗体等も陰性。カルテをみる限り担当医は,リウマチ性多発筋痛症(PMR)を疑っていた様子が伺える。しかし症状は咳嗽のみで,筋痛を全く訴えないため経過観察のみとされていた。また外来で腹部エコー,胸腹部CT,ガリウムシンチ等が行われていたがすべて異常なし。3月末に外来担当医の退職に伴い「膠原病疾患」とは考えにくいとの理由から私に外来に紹介されてきたという次第。

既往歴では10年近く前に右膝関節痛があり関節鏡等の検査を総合病院整形外科に入院して検査した(詳細不明だが話の内容からはたぶん変形性膝関節症)。以後右膝痛は持続。自覚的には,食欲は普通にあり消化器症状なし。発熱や発汗なし。右膝関節痛以外に関節の痛みなし。筋肉痛・頭痛なし。1年前より軽い乾性咳嗽が持続しているが,症状に大きな変化はない。

初診時身体所見では150cm,31.5kgと小柄な痩せ型の女性。血圧 120/76mmHg,脈拍104/分,T 37.2℃。このときは微熱だが,その後の経過では発熱なし。

全身状態は痩せているが,sickな印象はまったくない。眼球結膜 軽度貧血。黄疸なし。咽頭発赤なし。甲状腺左葉に結節。頚部リンパ節腫脹なし。肺野 清。心音 純。過剰心音。心雑音なし。腹部 平坦,軟。肝脾腫なし。臍下部正中に手術痕。四肢 亀背を認める以外に関節の腫脹や発赤なし。四肢や体幹の筋肉に圧痛は認めず。皮疹なし。

検査所見では,WBC 6000, Hb 9.8g/dl,Ht31.9%,血小板34.0,MCV91.1,TP 9.2, Alb 3.4,総蛋白が高いが蛋白分画ではM蛋白認めず。CRP 20.04mg/dl,赤沈 139mm/hr。

 

確かに炎症反応が著明に亢進した状態がずっと続いている。しかしこれと言っためぼしい症状がなく,診断の見当がつかない。しかし,どう考えても緊急性はなさそうと判断して,まずは月1回の経過観察にしてみた。正直に白状すると,まずは「泳がせてみる」しかなかったのだ。未治療で経過をみていたが,気づくとあっという間に約3ヶ月が過ぎてしまった。この間,CRP18〜20mg/dl,赤沈130〜140mm/hr前後で続いている。自覚症状は患者に何度訊ねても

「まあ,何ともないです。強いて言えばちょっと元気が出ないかしら・・」

という程度ではっきりした訴えはない。もう一つの訴えは「軽い咳は続いている」というものであった。もちろんCXRなどに異常はない。

通院開始から4ヶ月目の外来でのこと。自分では相変わらず「元気が出ない」とのこと。体重は32kgでいつもと変わらず。ご主人も一緒に来院されているので,もう一度本当に無症状なのか確認してみた。そうすると「日中はそれほどではないが,起床時にベッドから降りる時には,ベッドの背もたれを起こしてから降りる。その時にご主人が手助けをしないとベッドから起きて降りることができない」ことが判明した。「それ以外は何ともない」という。どこにも痛みはない。

検査所見では,WBC 5600, Hb 8.6g/dl,Ht 28.9%,赤沈143mm/hr,CRP17.6mg/dlと相変わらず貧血と,著明な炎症反応亢進が続いている。

 

ここで,ふと思いつく。

ひょっとして,患者は「痛み」は訴えていないが,患者自身が「それと自覚していない」だけで,他覚的にはADLの低下があると考えるべきではないか? つまり「症状があるのではないか?」と思い至る。

 

ちょうど少し前に「本人の訴えは無症状の巨細胞性動脈炎」と診断できた症例があったのである。その患者でも,繰り返し聞いても否定していた顎跛行が,PSLの試験投与で「実は当初からあった」ということが判明したのだった。(内科医のカレンダー2019年2月)。まさにそのことを思い出したのである。

これまでのところPMR mimicとしての疾患はほぼ否定されたと判断した。そこでリウマチ性多発筋痛症(PMR)として(本当に良いのかどうか自信がないけれど),低容量ステロイドPSL10mg/dayを試験的に開始してみてはどうかと考えた。1週間だけ投与してみて,反応がなければさっさとやめればいいし。

「○○さん,実はちょっと可能性を考えている病気があるんですけど・・・。試しにあるお薬を試してみたらどうかと思うんですが,どうでしょうか? もし私が考えている病気なら,1週間ほど薬を飲んでもらったら劇的に症状がよくなるはずなんです。効かなかったらすぐに中止にしようと思いますが,どうですか?」

患者が同意してくれたので,PSL10mg/日を開始することにした。体格がかなり小さな方だったので,15mgにしないで10mgとした。

1週間後の再診。体重は33.4kgで以前31.5kgより明らかに体重が増えている。ご主人によれば明らかに元気になった気がするという。「元気が出てきた」というのは,具体的にはベッドから起き上がる時に,ベッドを上げた状態にしなくても起き上がることが出来るようになったらしい。トイレに行くのもご主人の手を借りなくても良くなった。とにかく起き上がる動作が良くなった。しかもずっと続いていた咳も少なくなった。食欲が出てきて何を食べてもおいしいという。検査では,Hb 9.2g/dl,Ht30.0%,CRP 2.26mg/dlと,貧血の改善傾向があり,何よりCRPは劇的に低下している。

さらにPSL開始3週間後。体重はさらに増えている。夫の話では以前より元気になっており食欲も非常に良く以前は全く体重が増えなかったののが増加している。貧血も改善,赤沈46mm/hrと著明に改善した。

PSL開始して5週間目。
自覚症状はよい。「前より元気になったと自覚あり」
赤沈19mm/hr,Hb 10.9 g/dl. Alb 3.7と炎症反応,低アルブミン,貧血など以前からあったほとんどの検査所見は著明に改善した。体重は36kgまで増えた。もうしばらくPSL10mgを継続することにした。


まあ何はともあれヨカッタ・・と思いつつ,患者さんに「随分よくなりましたね〜!」と話しかけた。ところが,帰ってきた返事にガクッ・・・。

「どこも,何とも変わりはありません」

 

<What is the key message from this patient ?>

この症例は,本当に印象に残っている。いまも診断「確定」だったか自信はない。

当時,いつも相談にのってもらっていた高名なリウマチ専門医の先生にこの経過を話したところ「筋痛症というくらいだからな〜。筋肉痛がなければ言いにくいのでは,ないかな・・・」という返事だった。しかし,別の専門医は「そりゃ,PMRに決まってますよ。」とのこと。

診断は,ともかく少量PSLが劇的に有効で「少なくとも貧血や炎症反応は」正常化している。その後の経過も漸減してきても,PSLの副作用もなく良好な経過をとっている。

実はこの方は後日談があり,経過中にちょっとCRPの再上昇と頭痛があったことや,口腔内の潰瘍(実は義歯が当たっているところだったが)などがあったので,浅側頭動脈生検まで行ったのである。結果は陰性で,臨床的にはPMRということにして治療を継続したのであった。

PMRの診断は,いつも頭を悩ませる。これで本当に診断確定として良いのだろうかと逡巡する。そして大抵は,ステロイドを開始して1−2ヶ月が経過して,他になにも起こらなければ「よかった〜,PMRの経過として矛盾しないようだ」と安堵する。

この方は,9年にも渡ってCRP,血沈の著明亢進が続くが「病名不明」だった。PMRという疾患名を当てはめたが,確信を持つことは最後までできなかった。三た論法の批判を受けるかもしれないが,この患者に関してはまさに劇的に有効と判断した。PMRと咳に関しては,文献検索をしてもまったく出てこなかった。巨細胞性動脈炎にまれな症状として空咳があることは知られている。実際,自験例も2例ある。しかしこの方ではその証拠は得られなかった。何より,PSL10mgで異常所見がほとんどなくなってしまったので巨細胞性動脈炎はまずは否定してよかっただろうと判断している。

高齢者の「どこもなんともありません。」はやっぱり疑ってかかること,そして想像力が必要である。

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