面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ひかりのおと」

2012年04月08日 | 映画
岡山で酪農に従事する雄介は、かつて音楽を志して東京で暮らしていた。
しかし、父親が怪我をしたのをきっかけに、家業を手伝うために故郷に戻ってきたのだが、音楽への思いは捨てきれず、また酪農を取り巻く厳しい現実の中、このまま酪農家として生きていく“覚悟”は定まらない。
恋人の陽子とも、何となくしっくりとこない。
彼女には、亡くなった夫・夏生との間に生まれた息子の亮太がいた。
夏生は、雄介の叔父である義行を慕い、酪農家としての成功を目指していたのだが、志半ばにして若くして亡くなったのだった。
また、夏生の母親は亮太を家の跡取りにと考えていて、息子と一緒に暮らすためには、陽子は夏生の実家から離れることはできなかった。
地域独特の人間関係による“しがらみ”が、時に雄介の心を煩わせ、迷いを抱かせる。

年末、妹の春子が東京から彼氏を連れて帰ってきた。
雄介の家では毎年初日の出を家族で見るのがならわしで、妹の彼氏もそこに加わる予定になっていた。
いつもとは少しだけ違う年明けを迎えようとしてた時、義行の牛舎で火事が起こった。
自分に酪農の手ほどきをしてくれた義行の窮地を目の当たりにし、雄介の心の中で何かが静かに動き出した…


産まれた土地でありながら、そこで生きていくことに迷いを抱えていた雄介。
自分は音楽で生きていこうと思っていたが、父親が怪我をしたことから漫然と家業を継いだに過ぎない。
そのまま酪農家として時が経つうち、かつて自分が暮らしてきた地域社会の中に再び溶け込んでいく中で恋人もでき、少しずつその土地に根を下ろしていくことになる。
しかし、苦しい状況が続く家業としての酪農の現実は、かつて志した音楽に対する未練を雄介に与え続ける。
音楽家として成功できなかった彼は酪農家として生きていくしかないはずだが、厳しく、煩わしい現実に直面して地に足がつかずにいた。
そんな彼に義行が言う。
「お前には家族がいるから、できるかもしれん。」
挫折の中から吐き出された言葉に、雄介は背中を押される。
家族で初日の出を見ることで、雄介の父親は家族の絆を確かめていたのかもしれない。
家族の絆こそが厳しい酪農経営を支えることになるということを、父は肌で感じていたのかもしれない。
そして、大切な人と初日の出を見る決心がついたとき、雄介の“足”はしっかりと“地”についたことだろう…


自身もトマト農家として、岡山で農業を営む山崎樹一郎監督の、初の長編作品。
地元岡山県内で、51ヵ所・100回にものぼる上映を果たし、大阪・九条の「シネ・ヌーヴォ」にて4月7日より上映が始まった。
2011年の東京国際映画祭、2012年にロッテルダム国際映画祭にそれぞれ正式出品され、第7回アジアン映画祭でも上映された本作は、ドイツのフランクフルト日本映画祭での上映も控えている。

地元で生まれた作品を、地元にしっかりと根差すことによって、作品自体に更なる力強さを持たせることができるのではないだろうか。
そんなローカル性が作品をより魅力的にし、その力は万国に共通して認められるものになるに違いない。
厳しい現実に直面しながらも力強い一歩を踏み出そうとする主人公の姿は、そのまま映画の新しい可能性と方向性を示す本作のあり様を表している。


希望の「ひかりのおと」が聞こえて心に明かりが灯る、ハートウォーミングな佳作。


ひかりのおと
2011年/日本  監督:山崎樹一郎
出演:藤久善友、森衣里、真砂豪


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