面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「Peace」

2011年08月20日 | 映画
岡山に住む柏木寿夫は、自宅の庭で野良猫たちに餌をやり続けていた。
ところが最近、餌をやる時刻になると現われる“泥棒猫”によって、彼が餌を与えている“猫グループ”達の間に妙な緊張感が漂うようになっているのだった。

彼は、養護学校を定年退職した後、障害者や高齢者を乗せる福祉車両の運転手をしていた。
しかし彼の行動は、車での送迎にとどまらない。
車椅子を押して一緒に散歩したり、買い物に付き合ったり、時には食事を共にしたり。
何気ない会話を交わして、まるで親兄弟のように相手を見守っている。

妻の廣子は、ヘルパーを派遣するNPOを運営している。
彼女自身も週に一度、91歳の独居老人、橋本さんの生活を助けるため、ヘルパーとして出かけていく。
橋本さんは末期癌に侵されており、ホスピスとして狭いアパートでひっそりと暮らしているのだった。
近所の知り合いがフラッと立ち寄るような気軽で気さくな雰囲気で訪れ、身の周りの世話をするのだが、ある日橋本さんの口から、今まで聞くことのなかった戦争体験の話が語られる…


柏木夫妻の家に住み着いた野良猫たち、夫妻がNPOを通してケアしている障害者や独居老人の日常、そして夫妻の厳しい現実が、ありのままスクリーンに映し出される。
事前リサーチや台本は無く、一切のナレーションやBGM、効果音、説明のテロップといった演出を廃して描かれるドキュメンタリー作品。
想田和弘監督が「観察映画」と呼ぶこの独特のスタイルは、監督の“目”を通して観客も同じように事象を観察することになる。
監督が“発見”したものを共有するだけでなく、観客は自分自身の感性に応じた発見があり、ひとりひとりにとって全く異なる意味合いをもつ作品に昇華させることができる点が面白い。

「選挙」「精神」と観察映画を撮り続けている想田監督だが、“観察”の対象が何らかの“事件”を引き起こす、あるいは対象の中に埋もれている何かを呼び起こす能力のようなものに、磨きがかかってきたのではないだろうか。
本作もこれまで同様、ありのまま何ら加工することなく(当然映画作品として編集という加工はするものの)、カメラの前の事象を撮影しているだけなのに、まるで演出して作ったかのような場面が収められているのである。
福祉政策の縮小による介護サービス維持の苦労を嘆いていると、当時の鳩山首相が福祉充実を訴える演説が聞こえてくるシーンなど秀逸。
あまりのタイミングの素晴らしさに、見ていて思わず鳥肌が立った。

本作はもともと、釜山国際映画祭から「平和と共存をテーマに作品を作ってほしい」という要請を受けて撮り始めたものだとか。
構想に頭を悩ませながら何気なく向けたカメラが、正に「平和と共存」を考えさせられるシーンを撮り、拒絶と和解、戦争と平和、そして生と死について感じさせられる映像ができあがったのだから神がかっている。


神を演出家として作られた奇跡のドキュメンタリー。


Peace
2010年/日本・アメリカ・韓国
監督・製作・撮影・編集:想田和弘