面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「プレシャス」

2010年05月11日 | 映画
ニューヨーク・ハーレムに暮らす16歳の黒人少女クレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、二人目の子どもを妊娠していた。
二人とも、実の父親に性的虐待を受けてできた子どもで、一人目を産んだときはまだ12歳だったために引き取ることもできず、子供と別れて暮らしている。

父親が行方をくらましてしまった家庭では、母親のメアリー(モニーク)から肉体的、精神的に虐待を受ける毎日。
台所で食事の用意をすれば、背後からモノを投げつけられ、
「学校なんて行くのはムダ!お前のような能無しは何の役にも立たない!」
と毒づかれる。

ある日妊娠の事実が学校に知れ、プレシャスは退学になるが、彼女を心配する校長から代替学校(オルタナティブ・スクール)を紹介される。
始めは反発していたプレシャスだったが、とりあえず行ってみたことから、人生が大きく動き始めた。
自分と同じように、何らかの問題を抱えて通常の学校に通えないような、辛い境遇にある仲間達とともに、愛情をもって粘り強く、プレシャスとしっかり向き合って作文を教えてくれるレイン先生(ポーラ・パットン)。
今までできなかった読み書きも次第にできるようになり、文字で自分の思いを伝えることを知ったプレシャスは、感じたことのなかった確かな思いを巡らせ始めるようになる。

こうしてようやく、劣悪な環境から抜け出すための希望の光が見えてきたプレシャスだったが、更に過酷な運命が待ち構えていた…

「愛しい、貴い」という意味のミドルネームを持つプレシャスだが、愛情溢れる名前とはうらはらに、彼女が生きている現実は過酷極まりないものだった。
実の父親にはレイプされ、母親からは罵られ、太った黒人である彼女は学校でもいじめの対象となる。
彼女はいつも、辛い現実から逃避するために空想の世界に浸る。
そこでは、自信に満ち溢れ、人々から喝采を浴び、イケメンに愛される自分がいるのだ。

そうすることで精神的なバランスを保っている彼女は、ある意味まだ力強い生命力を持っていると言えよう。
そしてそれこそが、オルタナティブ・スクールで彼女が生まれ変わっていく原動力となるのである。
自分のように辛い境遇にあるスクールの仲間達との、クラスメートとしての連帯感。
レイン先生から注がれる、厳しくも温かい愛情。
今まで感じたことのなかった感情を受け、プレシャスのささくれ立った心が丸みを帯びていくと、あとはレッスンを通じて教わることが、スポンジが水を吸収するように彼女の中へとしみこんでいく。

愛されることで愛することを知り、読み書きを教わることで自分を表現する術を知ると、プレシャスの人格が確立していく。
愛情と教育が、いかに一人の人間を前向きに大きく育てていくものであるかを、改めて教えてくれる。
親から自立しつつ、周りからの支えもしっかり受け止めて子供を自らの手で育てていこうと歩き出すプレシャス。
その勇気と希望に溢れた姿に心を打たれる。

プレシャスだけでなく、彼女を虐待する母親メアリーの、物語終盤に見せる凄まじい独白も心に刺さる。
自分の夫がわが子を妊娠させるという残酷な現実に心を蝕まれたメアリー。
そのセリフは当事者にはとても口にできないものであろう。
役として演じるモニークの口を通すことで、我々はその事実に触れることができる。

ハル・ベリーに黒人女性初のアカデミー主演女優賞をもたらした映画『チョコレート』でプロデューサーを務めたリー・ダニエルズの初監督作品にして、ヒューマンドラマの傑作。


プレシャス
2009年/アメリカ  監督・脚本:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ