面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ハート・ロッカー」

2010年05月08日 | 映画
2004年、イラク・バグダッド。
駐留米軍のブラボー中隊・爆弾処理班は、様々な仕掛けの爆弾を処理する日々を送っていた。
その日も、うだるような暑さの中、処理作業中に爆発が起き、班長のトンプソン軍曹が爆死してしまう。

トンプソン軍曹の代わりに派遣されてきたのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹。
彼はこれまで、873個もの爆弾を処理してきたエキスパートだが、型破りで無謀な行動が目立った。
部下のサンボーン軍曹は彼に反発するが、不意に訪れた武装勢力との戦闘をきっかけに打ち解け…

のっけから観客は、爆弾処理現場のヒリヒリとした緊張感にのみこまれる。
そしてトンプソン軍曹の処理が無事に終わるかと思った矢先、思わぬ展開から爆弾が大爆発、逃げ切れずに軍曹は即死する。
防護服に身を包み、爆弾の配線を確認して信管を取り除くという、爆発物処理班の任務の過酷さが、いきなり脳ミソに強烈にインプットされてトラウマのようになる。
そのめ、この後様々な爆弾処理シーンがスクリーンに登場するが、その度に否が応でも緊張感が高められる。
この臨場感の与え方が抜群で、登場人物と共に爆弾を処理している気持ちになり、彼らが生きる戦場という名の地獄に引きずりこまれるのである。

作品の雰囲気は決して暗く重いものではない。
イラクの強い日差しによる単純な明るさもあるが、ジェームズ軍曹の肝っ玉がすわっている一方でアッケラカンとした行動や、軍隊組織のもつ“体育会系ノリ”的な雰囲気に因るものだろう。
全編にわたって兵士たちの緊張感や虚無感、高揚感といった心の動きが生き生きと伝わってくるところは、脚本家マーク・ボールが実際に何週間もイラクで爆発物処理班と行動を共にしたというだけのことがある。

それにしても、“生き地獄”といえる戦場だが、そこでは一種独特の強い高揚感が得られ、その感覚が快感となって麻薬のように兵士の心に染み込むというのだから人間の心というものは計り知れないものだと、今さらながら考えさせられる。
そしてふと、「地獄の黙示録」における戦闘ヘリによる爆撃シーンでの上官の異様なハイテンションを思い出した。
そんなハイテンションではないが、ジェームズ軍曹が無防備で爆弾を処理する姿は、正に戦争によって得られる高揚感という麻薬にとりつかれた男そのものだ。
873個もの爆弾を処理していれば、そんな世界に入り込んでしまうものなのだろうか。

しかし、この作品を女性監督であるキャスリン・ビグローが撮ったのはすごい。
いや、女性が撮ったからこそ、より“男臭い”仕上がりになったのかもしれない。
それは、ニューハーフのオネエさま方の仕草に男性が色気を感じてしまうのは、男が色気を感じる仕草をオネエさまは知っているから、というのと同様か。

2010年の第82回アカデミー賞で6部門を受賞した話題の作品。
戦争特派員クリス・ヘッジの著作「戦争の甘い誘惑」からインスピレーションを得たというビグロー監督が、ハンディカメラによって不安定な画面を作りだすことで、よりリアルな映像で兵士たちの姿を描ききった、新しいタイプの戦争映画の傑作。


ハート・ロッカー
2008年/アメリカ  監督・製作:キャスリン・ビグロー
脚本・製作:マーク・ボール
出演:ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズ、ガイ・ピアース、デヴィッド・モース